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6.内田家の面接 Lv.1


 2時半頃、店長の半澤さんに見送られてJUJUを出た。一足先にパーキングに行ってお兄さまがバンを回してくる。週明けの法廷の準備で事務所に戻るというルカさんと、夜勤明けで帰って休むというコトネさんと付き添うカケル君の3人とは、お店の前で別れることになった。残りの7人が乗り込むとお兄さまがバンを発進する。

「このバンで、ミクッツメンバーはいつも会場に運んでもらっていたんだよ」とヨッシーさん。

「頼りになるロジ担当」とミカさん。

「つーか、アニキの場合、ヨッシーの追っかけ、だよね」とタエコ。

「ま、まあ、否定はせんけれど」とお兄さま。


 高速道路をくぐって南に15分ほど向かうと目的地に着く。大小様々な漁船が停泊する天歌あまうた漁港。バンを駐車場に置いて、隣接する観光施設フィッシャーマンズワーフに入る。最大の目玉施設は灯台をモチーフにした展望台。建物の高さが条例で厳しく規制されている天歌市で、一番高い建造物がこの高さ40メートルの展望台なのだそうだ。

 最上階の展望フロアにみんなで上る。南側は、よく晴れた青空と溶け合うような大きく広がる海。今日は波も穏やか。

 そして北側の奥のほうには、落ち着いた風情の天歌市の街並みが広がる。

「こちら側は夜景がきれいなんだよね」とヨッシーさん。

「この次来るときは、ぜひ楽しんでくださいね」とお兄さま。


 展望フロアの一つ下の階がレストランフロアで、そこから下は、縦長の円柱型の水槽を見ながららせん状に下る通路。あるものはゆったりと、あるものは敏捷に、そしてあるものはひらひらと泳ぐ魚たちを眺めながら、8人は時間をかけて進む。地上階に下りた頃には4時を過ぎていた。

 西へ続く砂浜のほうへ行く。海風は冷たいけれど、日の光は春が近いことを感じさせる。波打ち際で寄せては返す波に引き返したり追っかけたりしたあと、ボクはタエコに囁く。

「ほんとに、素敵な街で育ったんだね」

「あした朝、城址公園と学校のあたりを散歩しようか」

「そうだね」


 日暮れが近づいて冷え込んできた。一行は5時頃に駐車場に戻り、バンに再び乗り込む。まずは天歌駅に向かい、駅から歩いて帰るミカさんとタイシさん、電車で十海とおみ市へ帰るマーちゃんとクーちゃんを下ろす。

「じゃあ、また明日、だよね?」とミカさん。

「うん。みんなよろしくね」とタエコ。

 お兄さまが運転するバンは、ヨッシーさんとタエコ、ボクを乗せて、来た方向へ少し戻るような形で進む。高速道路より少し手前、産業道路側に大きな倉庫がある。

 その手前の邸宅、タエコが生まれ育った実家に到着する。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 玄関で出迎えてくださったのは、若いけれど風格を感じさせるご夫婦。

「ようこそおいでになられました」と男性が笑みを浮かべながら手を出して、ボクと握手する。

「お世話になります」とボク。

「タエコちゃん、眠くない?」と女性。

「ええ。細切れですけど睡眠はとりましたんで」とタエコ。

「さあ、中に入って」とお兄さま。

 お兄さまに続いて、ボク、タエコ、ヨッシーさんの順番で中に入る。


 お兄さまとヨッシーさんのご案内で、ボクは今夜使わせていただく客間に入った。荷物を置くと、応接間に向かう。ほどなく2階の自分の部屋から下りてきたタエコが合流する。

 広々とした応接間。奥に一人掛けのソファーが二つ。そこから横向けの3人掛けのソファーが左右に二つ。そしてボクたちは、手前側に並んだ一人掛けのソファーに、壁にかけられた大きなディスプレイを背にして座っている。ボクたちから見て右側に、先ほどお出迎くださったご夫婦が、そして左側にお兄さまとヨッシーさんが座る。

 しばらくして、タエコの面影が感じられるロマンスグレーの男性と、口元がタエコにそっくりの女性が入ってきて、奥の椅子に腰かけた。


「今日のところは、これで全員だね」とロマンスグレーの男性。

「内田家へようこそ。ツバサ君」

「初めてお目にかかります。城之内 翼と申します。よろしくお願いします」

「私がタエコの父親の内田うちだ 恵治けいじです。こちらが妻の愛優あゆ

「遠路はるばる、ありがとうございます。お寛ぎくださいね」

 タエコのご両親は、家業の栄優食品流通グループを車の両輪のように牽引されている。お父さまは長く社長を務められた後、2年前、還暦を機に会長に就任された。お母さまは同じタイミングで取締役から常務取締役に昇格。

 東京駅で買ったお菓子を「つまらないものですが」と言ってボクはお父さまに渡す。

「これはこれは。ありがたく頂戴します」とお父さま。


「改めまして。タエコの上の兄の内田うちだ 恵務めぐむです」と、先ほど出迎えてくださった男性。

「こちらは家内の真弓美まゆみ

「タエコちゃんとツバサさん、ほんとお似合いですこと」

 恵務お兄さまは、取締役営業本部長としてご両親を支えておられ、カケルくんのずっと上の上司にあたる。真弓美さんは、内田家の家事を一手に引き受けておられる。


 真弓美さんとヨッシーさんがいったん部屋の外へ出る。背筋を伸ばしているボクを見て、お父さまが声をかける。

「そんな、しゃちほこ張らなくていいから。どうぞ楽にしてください」

 しばらくして真弓美さんとヨッシーさんが8人分のお茶とお茶菓子を持って戻ってくる。各自の前に置いて、元の席に戻る。

 誰からともなくお茶に口をつける。一息ついてお父さまが再び話し始める。

「まず、タエコのことだが。本当に中退でいいんだね?」

「はい。今はゲーム制作の現場で、さらに経験を積んでスキルを磨きたいと思う」

「SH大の先輩として恵務はどう思うかね?」

「タエコの思う通り、やらせてやっていいと思います。たしか復学の制度もあったよね?」

「ええ。退学後5年以内なら」

「社会人入学も普通になってきてますから、後になって学位をとる方法はいくらでもありますしね。今は熱中できることを思う存分やったらいいかと」

「私は勿体無いとは思うけれど。まあ、もう一人前に自分で稼いでいるわけですから...」とお母さま。


「それからツバサ君とのことだが、こうしてご本人を前にして、この青年なら大丈夫、と私は思った」とお父さま。

「ヒット作のグラフィックデザインの責任者なんだよね。大したことだよ」と恵務お兄さま。

「ありがとうございます。光栄です」

「けれど、同じ会社というのはねえ。厳しい業界なんでしょう。なにかあったときに...」とお母さま。

「実力があれば、いくらでも働き口はある業界さ。フリーランスで活躍している人もいっぱいいるし」とタエコ。


「ではタエコのこと、二人のことは、ここにいる私たちは異存なし、ということでいいね」とお父さま。

 お母さま、お兄さま、真弓美さんがうなずく。

「あとは、明日、二人がどう言うかだね」とお父さま。

「もしも『許さん』と言ったらどうする?」と恵務お兄さま。

「おじいさま、おばあさまにも、認めていただく形にしたい。でも、どうしてもダメなときには...」そう言うとタエコはボクのほうを向いた。

「...自分たちの決めた道を行こうと思います」

「わかった」とお父さま。

「どういう形であれ、私たちは応援しますよ」とお母さま。

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