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3.タエコの決断


 十海とおみ駅の新幹線ホームに降りたったボクたち。普段と変わらないカジュアルな装いのタエコは、明日着るためのセミフォーマルのワンピースを、キャリーバッグに入れている。ボクは、慣れないスーツ上下に薄手のコートを羽織っている。着替えのシャツと下着、寝間着代わりのジャージ上下は、肩掛けのビジネスケースの中。もちろん二人ともノートPCを携行している。

 県庁所在地だけあって降りる人も多く、少し列ができた新幹線の改札を通り、天歌あまうた方面の在来線のホームに行く。11時10分発の列車はちょうど出たところで、次は11時25分発。

「懐かしい?」とボクがタエコに聞く。

「そこそこ。たいていの用は天歌で足りたから、家族に連れられて買い物に来たり、たまに大きなゲーム店を覗きに来たくらいかな」

 4両編成の列車が入ってきた。乗り込んでボックス席に並んで腰かける。新幹線の車内でボクが買ったコーヒーの蓋を開けて、タエコが飲み始めた。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 タエコは、2年間をアルバイト待遇のインターンで過ごしたのち、3年目には契約社員待遇になっていた。

 ボクの正社員としてのキャリアも順調だった。1年目にメインキャラクターのデザインを任され、作品はヒットした。2年目はグラフィックデザインのサブリーダー、そして3年目に企画職と兼任でグラフィックデザインのリーダーになっていた。

 そして4年目、タエコはプログラミングのサブリーダーに任命された。契約社員待遇のインターンとしては異例の抜擢だったが、職場のだれからも異論は出なかった。


 タエコは、決断しなければならない時期に差し掛かっていた。

 大学の休学期限は4年。学士号を取るなら翌年度に学校に戻らなければならない。単位は2年間で目一杯取っていたし成績も良かったので、最短あと1年で卒業できる。けれどもそれまでの間、会社で働くならパートタイムのアルバイト。そして卒業後については、改めて正社員採用されるけれど、ゲーム制作グループではなく事業開発グループに配属されることになる。そのように技術担当の副社長から言い渡されていた。

 このままゲーム制作を続ければ、正社員登用のうえ、ゆくゆくはプログラミングリーダーへの昇格も見込まれる。ただし、大学のほうは中退しなければならない。


 タエコの出した結論は、大学を中退してこのままゲーム制作の現場に留まることだった。

「本当にそれでいいの?」

「今はゲーム作りのほうに専念したい。大学は復学の制度があるし、他にも3年次編入とか、あとから学位をとる方法はあるから」


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


 こうして彼女の故郷、天歌市へと向かっているのは、彼女の家族、とりわけおじいさまのお許しを得るためだった。

 ひとつは、彼女が大学を中退してAGLで働き続けること。

 そしてもうひとつは、タエコとボクが入籍すること。


 ゆったりと流れる大きな川を渡ると天歌市に入る。

 新幹線は当初の計画では、天歌駅に乗り入れることになっていた。しかし、旧天歌藩十万石の城下町の落ち着いた佇まいが損なわれる、との強い反対論が出て、市の北部をトンネルで通り過ぎることになった。

 開業後「やはり市内に新幹線の駅を」という声が上がり、十海駅を出て川を渡って天歌市に入ってすぐ、トンネルに入る手前のところに、新天歌駅が作られた。


 今回タエコは、新幹線の駅を使わずに、わざわざ在来線に乗り換えて天歌駅に降り立つことにした。ランチをともにしてくれる懐かしい面々のお出迎えを、懐かしい地元の駅で受けたかったからだという。しかもランチのお店が天歌駅前商店街にあり、歩いて行ける距離。


--------- ◇ ------------------ ◇ ---------


「懐かしい面々」と言えば、ちょうど一週間前に、東京にいるタエコの高校時代の仲間とそのゆかりの人と食事をした。集まったのはタエコとボクを入れて全部で6人。SH大の近くのカジュアルなイタリアンのお店で7時からの約束だったけれど、肝心なボクたちがなかなか仕事を抜けられなくて1時間遅刻。駆けつけたときには、他の4人はすっかりいい感じにできあがっていた。


 タエコがボクに4人を紹介する。


 最初は、マイこと坂上さかうえ 麻衣まいさん。タエコが私立ルミナス女子高校、通称「ルミるみじょ」時代にドラムスで加入していたバンド「ミクッツ」のリーダーでギタープレイヤー。SH大と並ぶ私学の雄のM大で図書館情報学を学び、修士号を取って4月からは首都圏のB市に司書職として勤務することが決まっている。

 次は、マイさんのパートナーでタイこと円城寺えんじょうじ たいさん。マイさんの3つ年上でM大の修士を出て、今は国立国会図書館の職員。

 マイさんとタイさんは去年入籍した。

「図書館カップルですね」とボク。

「そんな小説があったね。シチュエーションは違うけど」とタイさん。


 その次は、ミクこと鷹司たかつかさ 美紅みくさん。ミクッツの初代ベーシスト兼メインボーカル。名門私大の教育学部を出て、今は系列校で音楽の先生をしている。

「でね、私は転校の身の上になって2年の夏に脱退したんだけど、後任がとんでもない逸材で、それがなんと...」と喋り出したら止まらなそうなミクさんを、マイさんが制して言う。

「来週天歌で現物見るんだから、それくらいでいいんじゃない?」

「そうそう、忘れてた」と言うと、握った右手をおでこの斜め上に当てて「エヘ」とミクさん。


 そして最後に、リツコこと富山とみやま 律子りつこさん。ルミ女時代のミクさんのクラスメイトで、マイさんやタエコとは東京に出てきてから懇意になった。名門女子大卒で英語が堪能。十海市に本社がある商社に就職し、今年から再び東京に出てきて貿易関係の仕事をしている。


「それにしてもみなさん、学歴が半端ないですね。専門学校卒の自分には、眩し過ぎて」と言うボクの腕を手の甲でノックしながら、タエコが言う。

「心配無用。わたしも『最終学歴専門学校卒』の予定だから。とりあえず」

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