08 はじめてのオムライス
08 はじめてのオムライス
料理をしている最中に、意外な事実が判明した。
「ミカンは人間の方とおなじものが食べることができるのです! 味見もお任せくださいです!」
魔導装置は魔力を原動力にして動く。
ミカンは魔力のほかに、食べ物でも動力を供給することができるというのだ。
味覚もあるそうで、俺は魔導装置の進歩に舌を巻いた。
「すごいな、もうほとんど人間と同じじゃないか」
「えっへん、ミカンはパーフェクトソルジャーなのです!」
「じゃあミカンのぶんも作らなくちゃな」
「えっ、よろしいのです?」
「ああ。食材はたくさんあるからな。ふたり分くらいは余裕で作れる」
「わぁい! ミカン、食べ物を食べるのは初めてなのです!」
「初めてなら、とびっきりのものを作らなくちゃな。そうだ、久々にアレを作ってみるとするか」
俺は実家で料理担当だったんだが、へんな制約を課せられていた。
それは『軟弱な料理はNG』というもの。
軟弱かどうかの判定はオヤジが行ない、軟弱だと判定されたらテーブルをひっくり返されて作り直しをさせられた。
俺のメニュー選択のミスとされ、ハラペコな兄弟たちから袋叩きにあう、ということが度々あった。
これから作るのは、軟弱とみなされて禁止されたメニューのひとつ。
いずれ料理にも魔術を取り入れてみようと思っているのだが、今日のところはミカンがじーっと見ているので普通に作ることにする。
そして俺たちは小一時間後、ロウソクの明かりに囲まれた食卓にいた。
今日は記念すべきミカンの初めての食事ということで、彼女にはゲストとして食卓についてもらう。
子供用の椅子に座った彼女は、待ちきれない様子で足をパタパタさせていた。
そこに、銀のクローシュを被せたトレイを置く。
「じゃーん!」とフタを開くと湯気があふれ、ミカンの笑顔もあふれる。
「ふ……ふわぁぁ……! お日様とお月様がいっしょになったみたいな、不思議な食べ物なのです!? これはいったいなんなのです!?」
「これはオムライスっていうんだ」
ミカンの前にあったのは、紡錘状のオムレツが乗ったチキンライス。
燭台の明かりを受け、ミカンの瞳に負けないくらいキラキラと輝いている。
「オムライスはな、食べる前にトマトソースで文字を書くんだ。なんて書いてほしい?」
ミカンは即答する「チャーハンです!」。
なんで別の料理の名前なんだよと思ったが、一点の曇りなき瞳でそう言われたので、言うとおりにしてやった。
『チャーハン』と書かれたオムライスを前に、ナイフとフォークを構えるミカン。
「どうぞ、めしあがれ」
「い……いただきますです!」
ミカンは初めての食事に緊張しているのか、震える手でナイフをオムライスにあてがう。
ナイフでゆっくりと卵を切り開くと、中でトロトロになった半熟卵がとろりと溢れる。
ミカンはそれだけで夢見心地の表情になったが、フォークで卵といっしょにすくったオムライスを食べて、昇天しそうになっていた。
「ふ……ふわぁぁぁぁ……! こ……これが……オムライス……!」
たったひと口で目の焦点があわなくなり、すっかり呆けきった表情になるミカン。
もしかしたら魔導人形に食べさせたらダメなんじゃないかと心配になったが、そこから先は瞳孔を開きっぱなしにしてパクパク食べていた。
「こっ……こんなにおいしいもの、初めて食べたのです!
おっ……おいしすぎますです! 宴もたけなわすぎます!」
口のまわりをケチャップでベタベタにしながら、オムライスを頬張るミカン。
その食べ盛りの子供のような姿を見て、俺はある女の子を想起する。
……そういえばアイツも……オムライスが大好きだったな……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
学院のほうでは新入生歓迎のパーティが続いていたが、ひとりの少女がその会場から抜け出していた。
少女は料理の詰まった大きなバスケットを肩にかけ、森の中を歩いている。
――へへ、デュランはいまごろお腹を空かせてへばってる頃だし。
そこにあーしがこの料理を持ってってやれば、泣いて喜ぶはずだし。
料理をずっと差し入れてあげれば、デュランはあーしなしではいられない身体になるし……!
泣きすがるデュランを思い浮かべるだけで、少女のニヤニヤは止まらない。
「たしかこのあたりに、デュランのいるバッド寮があるはずだし」
森は薄暗かったが、バッド寮からの明かりがあったおかげですぐに見つけることができた。
少女はバッド寮の門をくぐり、家に近づこうとしたのだが、ふと窓から部屋の様子が見えてしまう。
そして思わず、息を呑んでいた。
「……なっ!?」
少女は想像していた。
デュランはひとり寂しく、ヒザと空腹を抱えて泣いているだろうと。
しかしそこにあった光景は真逆。
デュランは見知らぬ幼女と食卓を囲み、実家では見たこともないような最高の笑顔を浮かべていたのだ。
少女は全身の毛が逆立つような感覚を覚えていた。
「なっ……なに、あのガキんちょ!?
しかも食べてるのは、デュランの手作りオムライス!?」
やり場のない怒りがとめどなく溢れてくる。
少女は持ってきていたバスケットを地面に叩きつけ、中の料理ごとグシャグシャに踏み抜いていた。
「あっ、あの! あのオムライスをっ! 食べて、いいのはっ! あーしっ、だけなのに!
それなのに! それなのにっ! なんで! なんでなんでなんでっ!
なんでデュランはっ! あんなガキんちょにっ! あーしのっ! あーしのオムライスをっ!」
激情を吐き出すように、夜空に向かって吠えた。
「デュランの……バカヤロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
どうやら森の中にはオオカミがいるようで、昨晩はずっと吠える声が聞こえていた。
それでも俺はよく眠れた。
なぜかというと、実家ではずっと外の犬小屋で寝ていたところを、何年かぶりに家の中でベッドの上で寝たからだ。
気持ちの良い朝を迎えた俺は、パンと目玉焼きとサラダという、これまた人間らしい朝食を取る。
実家にいた頃は、朝飯なんて食べさせてもらえなかったからな。
そして今日からはいよいよ始業だ。
授業となれば筆記用具くらいは必要になるかもしれないと思い、俺は寮のなかを探す。
すると、書斎らしき部屋でペンとノートを見つける。
さらに、革製のリュックサックもあったので、これを通学カバンにすることにした。
これで通学準備は完了、さっそうと寮を出ようとしたら、玄関で俺以上にウッキウキのミカンが待ち構えていた。
彼女は俺の姿を見ると大喜びで駆け寄ろうとしてきたが、淑やかなメイドを装っているつもりなのか、居住まいを正してぺこりと頭を下げる。
「ご主人さま、途中までお見送りいたしますです」
見送りなんてべつにいいのにと思ったが、ミカンはやる気いっぱいのようだった。
「じゃあ、校門のところまで頼むよ」
「かしこまりなのです。お荷物をお持ちしますのです」
こんな小さな子供に荷物を持たせるのは気が進まないが、当人はなんでもかんでも持ちたがる小さな子供のように両手をにゅっと伸ばしてきているので、任せることにする。
俺はミカンを従えて、寮を出た。