73 インフィニットマジック
73 インフィニットマジック
寮の屋根の上に引っかかっていた紙切れは、原初魔法の本の1ページだった。
なぜひと目見てわかったかというと、原初魔法の本はそれ自体に魔力が込められているのか、暗いところで開くとページがうっすらと光るんだ。
おかげで実家にいた頃は、星明りだけでも読み進めることができた。
俺にとってその光は、便利なだけのものじゃない。
ワクワクと、そして未来への希望が詰まった輝きだったんだ。
俺は空にいることも忘れて手を伸ばす。
しかし当然のように届かなかったので、ひとまず庭へと着地した。
抱っこしていたミカンを降ろすと、庭の片隅にある納屋から、ハシゴを引っ張りだす。
「ご主人さま、あの紙を取るのですか? なら、このミカンにお任せください!」
ミカンの申し出よりも早く俺はハシゴを駆け上がり、ページを手にしていた。
そのくらい、俺にとっては待ちきれないものだったんだ。
ハシゴから降りるのももどかしく、屋根の上でなにが書いてあるのか確認する。
新しい術式が増えると考えただけで、今日一日の疲れなんてどこかに吹っ飛んでいた。
しかしページは朝露や夜露で濡れてしまったのか、文字が滲んでいて読めなくなっていた。
それは俺にとってはショックすぎて、雷に打たれた避雷針のごとく、屋根に同化したまま動けなくなってしまう。
「せ……せっかく見つけたのに、読めないだなんて……!」
「ご主人さま、どうかしたのです!? いま、ミカンが助けにまいるのです!」
途中で落ちられでもしたら困るので、俺は無理やり立ち直って、自分からハシゴから降りた。
ミカンは心配そうだった。
「ご主人さま、どうしたのです? 紙を見つけたときは、あんなに嬉しそうだったのに……もしかして、ミカンのせいなのです……?」
「いや、ミカンのせいじゃないよ、むしろ感謝してくるらいだ。お前が穴を掘ってくれなかったら、屋根の上のページにも気づかなかったところだ」
頭を撫でてやると、ミカンは「わあい!」と両手を上げた。
「なんだかよくわからないんですけど、ご主人さまにほめられたのです! ちょうちょが羽ばたいたら、ミカンもちょうちょになっていた気分なのです!」
上げた両手をヒラヒラさせて、全身で喜びを表すミカン。
「穴から出られなくなったときは、ご主人さまに役立たずだと罵られ、そのまま埋められてしまう思ったのです! でもまさか、こんな素敵な未来が待っていただなんて、思いもしなかったのです!」
「おおげさだな」と笑う俺のなかに、ある単語がかすめた。
「未来……? そういえば、グラシアから教わった占いの魔術があったな。あれは人の過去を視て、未来を予想するものだが……」
俺はハッと、手にしていたページを見る。
「このページの過去を視ることができたら、滲む前の内容を、知ることができるんじゃないか……?」
しかしグラシアから教わった占い魔術が、人だけじゃなくて物にまで通用するかはわからない。
「でもダメ元で、やってみる価値はあるよな……」
さっきの落とし穴から脱出するために使った『ダッシュレベル2』で、俺の精神力はすでに限界に来ている。
過去を視る魔術は消耗が激しいので、使えるかどうかわからない。
そこでふと、あることを思い出す。
「そういえば『インフィニットマジック』があったんだった」
『インフィニットマジック』。
1日1回だけ、魔力消費をせずに魔術を使えるというもの。
「今日はまだ使ってないから、そのスキルに頼ればイケるはず……!」
俺は意を決し、ページに魔術を掛けようかと思ったのだが……。
ふと「きゅう」とかわいらしい音が聞こえる。
それは、ミカンの腹の虫が鳴いた音だった。
「そういえば、もう晩飯の時間だったな」
ミカンは腹を押えて「えへへ」と照れ笑いしている。
「えーっと、これは『おなか時計』といって、時間をお知らせする機能のひとつなのです。べつに、おなかがすいたわけではくて……」
すると「違うよ!」と抗議するかのように、ミカンの腹がきゅるきゅると鳴いた。
「おなかさん、しずかにするのです! 今日は食べるものがないから、ミカンはガマンをするのです! メイドは食わねどトゥースピックなのです!」
俺は「食うものならあるぞ」と、ポケットからマイモを取り出す。
「これをふかして、半分こにして食べよう」
ミカンは一瞬顔を輝かせたが、すぐにぶるんと首を振った。
「そ……そんなちっちゃなおいもをさんを半分こにしたら、おなかいっぱいにならないのです! ご主人さまがお召しあがりくださいです!」
「1個まるごと食べたところで、腹一杯にはならないさ。だったらふたりで食べたほうがいいだろう?」
「そうだ、いいことを思いついたのです!」
ミカンは俺の手からマイモをひったくり、エプロンの腹部にある大きなポケットに入れた。
そして、上からポンポンと叩きはじめる。
「なにやってんだ?」
ミカンは再びポケットに手を突っ込み、取りだしたマイモを見てガックリと肩を落としていた。
「うう……おいもさんをポケットに入れて、叩いたらふたつに増えるかなと思ったのです……」
「そんなことがあるわけが……」
と言いかけて、俺のあたまに天啓が舞い降りた。
「……そうだ! 増やせるかもしれんぞ! 試しにやってみるから、マイモを貸してくれ!」
マイモを受け取ってふと、俺は思う。
今日、ここでマイモを増やす魔術を試したら……ページの過去を視る魔術は使えなくなるだろう。
俺にとっては、一刻も早く中身を知りたいもので、そのために一食くらいガマンするのはなんともないのだが……。
が、キョトンとしているミカンと目が合ったとたん、そんな思いは吹き飛んでしまった。
「……腹が減っては戦はできぬ、だよな! よぉし、さっそくやってみよう!」
俺は庭の落とし穴の横に広がっている、掘り返された大地に立つ。
しゃがみこんでマイモを地面に埋め、上から手のひらで覆い被せた。
そして……時という名の暴れ馬にまたがる。
「……筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ 掌紋の ・ 嚢中を」。
筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 150 ・ 其は ・ 流連
筐裡の第一節を ・ 依代せよ ・ 筐裡の第二節を ・ 其は……逓増なりっ……!」
「ご主人さま、いったいなにをして……?」
と不思議そうに俺の手元を覗き込んだミカンは、瞬きの音が聞こえるくらいに目をパチクリさせていた。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
そんな風になってしまうのも無理はない。
だって俺自身も、我が目を疑っていた。
俺の手の間から産声をあげた芽が、みるみるうちに伸びていき……。
生い茂る緑になっていくという、奇跡としか思えないような光景に……!












