72 まさかの落とし穴
72 まさかの落とし穴
俺たちの背後からは、「うおー!」と拳を振りかざして拳士たちが襲い掛かってきていた。
しかし俺のオリジナルの餓狼咆哮拳を見るなり、技を食らってもいないのにひっくり返り、腰を抜かしてガクガク震えていた。
「ひっ……ひいいっ!? な、なんだ、いまの技……!?」
「あれだけの拳士を吹っ飛ばしちまうんだなんて……!」
「とっ……とんでもねぇ気功術だ……!」
「お、おい!? アイツは剣士じゃなかったのかよ!? あれじゃ師範どころか、達人級の拳士じゃねぇかっ!?」
「あ……あんなの、俺たちが束になっても勝てる相手じゃねぇよ!」
「にっ……ににに、逃げろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」
蜘蛛の子を散らすように、ぴゃーっと這い逃げていく拳士たち。
それは俺にとっては、すっかりおなじみとなりつつある光景だった。
しかしいつもと違うものが、ただひとつある。
俺のそばに、さっきの計測係の子供が、おそるおそる近づいてきていた。
「あの、デュランダル……さま……。測っても、いいですか……?」
俺は別にランキングなど興味無かったので、断ろうとしたのだが、
「お願いします! これが、おいらの仕事なんです!」
どうやらこの子は、吹っ飛ばされた人間の距離を計測することにより、賃金を貰っているらしい。
それならば断ることもないと思い、承諾する。
計測係の子は、「ありがとうございます!」と笑顔でしゃがみこみ、俺の靴のつまさきに巻き尺を当てる。
今回、俺が吹っ飛ばした相手は複数に及んだのだが、その子は全員ぶんの距離を測っていた。
そして、ランキングボードの前に避難していたヤジ馬たちに告げる。
「す……すごい! 合計で、432メートルだよ!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
ランキングボードの50位の位置にあった俺の名前は、一気に10位にまで上がった。
どうやら複数の人間を吹っ飛ばしたときは、その合計が記録となるらしい。
ヤジ馬たちは騒然となっていた。
「ま……マジかよっ!? 長いことトップ10は不動のメンバーだったのに!」
「まさか、剣士が……! それもあんなガキが、トップ10入りするだなんて……!」
「剣士が50位に入るだけでもヤベェのに、トップ10入りなんてしちまったら……!」
「ヤベぇ……! ヤバすぎる……! 『ファイティング・ストリート』に、血の雨が降るぞ……!」
このままここにいると、また厄介なのに絡まれそうな気がしていた。
俺はランキングボードを見て石化している、ノラとペコに言う。
「じゃあ、俺はもう行くよ。なにかあったら『王立高等魔術学院』を尋ねてきてくれ。『バッド寮のデュランダル』って言えば、すぐにわかるはずだ」
兄妹はぼんやりと答える。
「バッド寮って……まさか……」
「あのチョーカーを捕まえたっていう、あの……」
「ああ。手伝いはしたけど、チョーカーを捕まえたのは俺じゃないよ。じゃ、またな」
俺はピッと指で挨拶すると、夕闇に向かって歩きだした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
バッド寮のある森に戻ったのは、もうすっかり陽が沈んだあとだった。
暗い森のなかを、マイモをハンドトスしながら帰路に就く。
「結局また無一文に戻っちまった。ミカンへのおみやげのコロッケもやっちまったし……。今日は草を食うしななさそうだな。俺もハラペコになると強くなるといいんだけどなぁ」
それに今日は朝から本当にいろんなトラブルに巻き込まれた。
絡んできたヤツらから銅貨をせしめていたら、今頃は大金持ちだったかもしれない。
「はぁ、どっと疲れた……でもさすがに寮に帰ったら、トラブルも追っかけてはこないだろうから、ゆっくりと風呂にでも浸かって……」
しかし、そうは問屋がおろしてくれそうもなかった。
寮の前に来たら、いつもは飛び出してくるミカンの姿がない。
しかも、明かりはついておらず、部屋はどこも真っ暗だった。
「ミカンに、なにかあったのか……!?」
すると答えるように、寮のほうから声がする。
「た……助けてくださいです! ご主人さまーっ! それともご主人さまミカンの役立たずっぷりに呆れて、見捨てられてしまったのです!?」
俺はその声に弾かれるように、寮に向かって走っていた。
入口の門を開ける時間も惜しいと、そのまま片手をついて乗り越えたのだが……。
「うおっ!?」
俺の足は庭の地面に付くことなく、そのまま深い穴に真っ逆さま。
「しまった……罠だったかっ!」
いままで俺に絡んできたやつは、それこそ星の数ほどいる。
しかしミカンを人質に取り、そのうえ庭に罠を仕掛けておくとは、いままでにないほどに周到な相手に違いない。
なんとか穴の底に落ちる前に受け身を取る。
立ち上がると、むぎゅっとなにかが抱きついてきた。
「ご……ご主人さまが、助けに来てくれたのです!」
「なんだ、ミカンじゃないか。捕まったんじゃ……」
言いかけて、俺はすべてを理解する。
ミカンが全身泥だらけだったからだ。
「……お前がこの穴を掘ったんだな?」
するとミカンは、ハッ!? と、農夫に捕まったモグラのような表情の顔をあげる。
「ど……どうしてわかったのです!? ミカンが畑を作ろうとしていたことを……!」
俺は思わず吹き出しそうになる。
「これ畑だったのかよ」
「は……はいです……。食べるものがないので、食べものを育てればいいと思ったのです……」
「そうか、お前なりに考えてくれていたんだな。とりあえずここを出よう、なっ」
「はいです。でも、どうやって……? ミカンは何度も穴から這い上がろうとしたのです。でも、できなかったのです……」
俺はミカンをひょいと抱っこする。
そして上空を見上げ、「ダッシュレベル2!」と叫んだ。
次の瞬間、俺とミカンの身体は屋根よりも高く舞い上がっていた。
「うっ……うわぁぁぁぁーーーーーーっ!? お、お空を、お空を飛んでいるのです! や、やっぱりかみさまは、本当のかみさまだったのですーーーーーーーーーーっ!?!?」
ミカンは大喜びであたりを見回していたが、ふとなにかを見つけ「あっ」と声をあげる。
「ご主人さま! 見てくださいです! お家のうえに、なにかあるのです!」
ミカンの指先を目で追うと、そこは屋根の上。
引っかかって風に揺れる紙切れに、俺は目を見張った。
「あ……あれは……!? 原初魔法の本の……切れ端じゃないか!?」












