71 餓狼咆哮拳
71 餓狼咆哮拳
「わ、わかった! わかったからっ! もうやめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」
「それ以上やったら、本当に死んでしまうねっ! やめるねぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!!」
俺は、ふたつの悲鳴、そしてよっつの手で服を引き裂かれんばかりに引っ張られて、ようやく我に返る。
気づくと、目の前には真っ赤な風船のようになったノラの顔と、涙で顔をくしゃくしゃにしたペコの顔があった。
胸倉を掴んでいた手を離すと、ノラはヒザから崩れ落ちる。
俺は呼吸を整え、自分を取り戻しながら言った。
「……悪かったな、ちょっとやりすぎた。これでも手加減しているつもりだったんだ」
やりすぎるとペコが悲しむかなと思って、力半分でやっていたのだが……。
結局、彼女を悲しませる結果になってしまった。
ノラはペッと血のまじったツバを吐いたあと、幽霊のように立ち上がる。
離れた場所にあった空き缶を拾いあげると、腫れあがった顔のまま俺に突きだしてきた。
「……俺の完敗だ。もっていけ」
「お前はもう『殴られ屋』じゃないんだろう?」
俺はそう答えながら、空き缶に手を突っ込んで、マイモだけを取りだす。
「だから俺は、コイツを買ったんだ。釣りはいらねぇよ」
あんだけ殴ってやったのだから、お堅いノラも少しは柔らかくなっていると思っていたのだが……。
だがヤツは、ボコボコになった顔の口元をキリリと結んでいた。
「……何度も言わせるな。施しは受けんといっただろう」
「おいおい、この期に及んでまだそんなこと言ってんのかよ。いい加減、つまらない意地を張るのはやめろ」
さすがに呆れてしまったが、ヤツの考えは変らないようだった。
「貴様が受け取らないのであれば、こうするまでだ!」
ノラは空き缶の中身を裏路地めがけて放り捨てた。
中にあったコインが地面にぶちまけれられ、そばにいた物乞いたちが争うようにしてかき集めている。
そんな彼らには目もくれず、ノラは俺だけを見据えていた。
「デュランダルと言ったな。その名前、次に会うときまで覚えておこう。そしてその名を忘れるときは、俺が本気になるときだ」
ノラはペコの手を取り、「いくぞ」と路地裏に歩きだす。
しかしその行く手を、物乞いたちが遮る。
気づくと俺たちは、ヤジ馬に取り囲まれていた。
「おい、待てよノラ!」
「まさか剣士にここまでされて、そのまま帰れると思ってねぇよなぁ!?」
「この『ファイティング・ストリート』では、剣士に敗北したことは無かったんだ!」
「俺たち拳士たちの顔に泥を塗りやがって! タダじゃおかねぇぞ!」
「このことがバレたら、他の派閥の拳士たちに死ぬほどナメられちまう! こうやなったら、デュランダルごとやっちまうしかねぇ!」
ヤジ馬たちはすっかり拳士の顔となり、じりじりと包囲網を狭めてくる。
俺は肩をすくめるしかなかった。
「あーあ、一件落着かと思ったのに、また絡まれちまったよ……」
ノラとペコは、背中合わせになって構えを取っていた。
「くっ、マズい……! 腹が満たされているせいで、力が出ない……! 本来の俺なら、こんなヤツらなど取るに足らぬというのに……!」
ノラは腹を押えながら、悔しそうにつぶやく。
俺は思わず突っ込んでしまった。
「顔の負傷のほうがヤバそうに見えるんだがな。っていうか腹が満たされてたら力が出ないって、普通は逆じゃねぇのか?」
「我が餓狼拳は、飢えた狼の形意拳……! 飢餓を覚えるほどに、その技は切れ味を増すのだ……!」
「それでふたりともひもじい思いをしてたのか、てっきり金が無いのかと思ったぜ。まあ、なんにしても難儀な格闘術だな。ハラペコで戦わなくちゃいけないなんて」
「そう。俺はこしゃくな剣士の策に、まんまとはまってしまったのだ……! コロッケさえ食していなければ、こんなことには……!」
「なんだそりゃ。負け惜しみのような気もするけど、まあいいか。おかげでいいものを見せてもらえたんだからな」
ノラは「いいもの、だと?」と、鋭い横目で俺を睨む。
そうこうしている間に、まわりの剣士たちが一斉の襲いかかってきた。
「やっちまぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
俺は見よう見まねで、ある技のポーズを取る。
ノラとペコはそっくりの表情で、口をあんぐり開けていた。
「ま……まさか……!?」「そ……それはっ……!?」
「そう、そのまさかだっ!」
掌底に構えた両手を、ぐわっと押し出す。
「餓狼……! シャーベラレベル2っ……! 咆哮拳ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
……ズドォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
俺の手のひらから衝撃波が生まれ、放射状に広がる。
向かってきていた剣士たちは、爆風を受けたかのように顔が歪んでいた。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
扇状に広がる土煙、まるで見えない壁に押されるように吹っ飛んでいく者たち。
塀に叩きつけられブロックを粉々にする者、木のあばら屋に突っ込んで屋根の崩落に巻き込まれる者、瓦礫に頭から突っ込んでもがく者……。
そこはまるで、ゾウの群れが暴れたあとのような有様になっていた。
思いのほか威力があったので、俺は自分の両手をじっと見つめる。
実を言うと、『シャーベラレベル2』を『デュアルマジック』を使って両手から放っていたんだ。
「片手じゃ威力不足かと思って、両手でやってみたんだが……。これなら、片手でもよかったな。加減するつもりだったんだが、またやりすぎちまった」
気づくとノラとペコは、魂が抜かれたみたいな抜け殻になっていた。
「い……いまの……なんなのね……?」
「ま……まさか……餓狼……咆哮拳……?」
「ノラ兄様のよりも……何倍も、威力があったね……」
「そ、そんなはずは……! 餓狼咆哮拳は発勁による技なのに……! あんな遠くから打って、あんなに威力があるわけが……!」
「デュランダル兄様は……いったい、何者なのね……!?」












