07 はじめての火炎魔法
07 はじめての火炎魔法
ミカンは魔導人形というよりも、純粋な女の子だった。
仕草がナチュラルで愛らしく、まるで妖精のよう。
ハタキ掛けで舞い散るホコリすらも、彼女にかかればフェアリーダストのように幻想的だった。
元気いっぱいで、いっしょにいるとこっちまで活力が湧いてくるような気がする。
ちょっとおっちょこちょいなところがあって、しょっちゅう転んだりしてるけど、それがまたかわいくもあった。
そして俺は彼女のおかげで、家事がこんなに楽しいものだと知る。
一族では、その日の訓練でいちばん弱かった者が家事をやるルールになっていた。
俺は最弱だったので、すべての家事をやらされていた。
兄弟たちが散らかしまくる家を掃除し、泥だらけの練習着を洗濯し、山のような料理を作った。
おかげで家事はうまくなったが、ちっとも楽しいとは思えない毎日だった。
でも、いまはすごく楽しい。
ミカンのおかげでもあるんだが、魔術が自由に使えるというのも大きいと思う。
実家では魔術の「ま」の字も出しただけで、顔の形が変わるくらいまで殴られた。
魔術の入門書を読むのも家族が寝静まったあとにしかできなかった。
「でもいまはこうして、家事にだって魔術を使うことができる……!」
俺の足元を行き交う雑巾たち、ハタキを手に彼らの世話をするミカン。
ミカンは高いところに手が届かなかったので、俺が棒を使って天井の蜘蛛の巣を払う。
ただ掃除をしているだけなのに、俺にとってはこの上なく幸せな時間だった。
ゆうれい館のようだった『バッド寮』は、夕暮れ前にはピカピカ。
ボロいところの補修はしなくちゃならないが、とりあえずは人が暮らせるだけの空間になった。
「そろそろ腹が減ってきたな。食材もあるから、メシでも作るか!」
「お料理なら、ミカンにおまかせくださいです!」
「お前は掃除だけじゃなく、料理もできるのか? すごいな……!」
「ふふん、ミカンはパーフェクトソルジャーなのです!」
台所には調理器具が一式あったので、すぐに料理にとりかかることができそうだった。
「カマドもあるから煮炊きができそうだな。あとは薪があれば……」
どこかに薪がないか探してみると、寮の裏庭には薪棚を発見。
しかし長い間放置されていたのか、薪はどれもキノコが生えていた。
「火付きは悪そうだが、使えないこともなさそうだな」
薪を一束ほど抱えて台所に戻り、カマドに突っ込む。
台所にはマッチもあったのだが、全部しけっていて火が付かなかった。
「うーん、他になにかいい手は……」
考えているうちに、今朝の校門での出来事を思い出す。
「あ、そうだ! ザガロの使ってた火炎魔術を借りればいいんだ!
たしかあの炎って、ゴルルファって音だったよな!」
アイスクリンのツララをマネしたときの術式がそのまま使えそうだ。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ ゴルルファ。
變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に」
よし、これで炎が出せるはずだ。
「と、危ねぇ! ツララをマネしたときみたいに、とんでもねぇ量が出たら大変だ!
薪に火を付けるだけだから、威力を減らさないと!」
校門でやったザガロとの決闘、そこで使った魔術の威力を減らす術式を思いだし、アレンジを施す。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 其は ・ 発破なり。
筐裡の第二節に ・ 依代せよ ・ 筐裡の第二節から ・ 逓増せよ ・筐裡の第二節を。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ 筐裡の第一節から ・ 漸滅せよ ・筐裡の第二節を……」
威力をいったん加増させて、そのあと減衰するという術式だ。
もっとうまいやり方がありそうな気もするけど、いまの俺の知識ではこれが精一杯だ。
なんにしても準備完了、とカマドの薪に向かって手をかざす。
「奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 掌紋より!」
かざした手のひらのまわりの空気が震え、熱を帯びていくのを感じる。
やがてオレンジ色の光が生まれ、リンゴくらいの大きさの火の玉ができあがる。
その火の玉をゆっくりと薪に乗せると燃え移り、すぐに大きな炎となった。
隣で覗き込んでいたミカンが「うわぁ……!」と歓声をあげる。
「ご主人さま、ありがとうなのです! ここから先は、ミカンにおまかせくださいです!」
ミカンは、むん! と腕まくりをして包丁を手にする。
食材を刻むために調理台に向かっていたが、背伸びしてやっとまな板に手が届くくらいだった。
そんな体勢で包丁を使わせるわけにはいかない。
物置を探してみたら子供用の踏み台があったので、それをミカン専用にすることにした。
踏み台に乗ったミカンはご満悦。
「うわぁ、いままでご主人さまのおなかしか見えなかったのが、ご主人さまの肩まで見えるようになったのです!
なんだか大人になったような気分なのです!」
ミカンは張り切って料理の下ごしらえを始めようとしたが、食材を刻むのに指ごと包丁で切り落とそうとしていたので待ったをかける。
「おいちょっと待て、料理と同時にオトシマエを付けようとするんじゃない。お前、料理やったことないだろう」
問い詰めるとミカンはしゅんとなり、あっさり白状した。
「実は、包丁を持つのも初めてなのです……」
「超初心者だったのか。それなのに、なんで任せろみたいなことを言ったんだ?」
「ご主人さまに、いいところを見せたかったのです……。
お役に立てないと、機能停止させられるんじゃないかって、思ったのです……」
「なんだ、そんなことを気にしてたのか。役立たずだからって、機能停止させたりはしないよ。
それにお前はもう、じゅうぶん俺の役に立ってるしな」
「えっ? そんなことはないのです! お掃除のときだって、ミカンはドジばっかりで……!」
いまにも泣きそうな表情のミカン。
俺は彼女の頭にポンと手を置いた。
「うそじゃないさ。お前がいなかったら、いまごろ俺はひとり寂しい思いをしてたところだ。
お前がいてくれて本当によかったと思ってるよ、ありがとうな、ミカン」
するとミカンの顔は、花開くようにパァァ……! と明るくなった。
「み……ミカンはビタミンたっぷりなのです! ご主人さまに、元気をさしあげるのです!」
踏み台の上から、ギュッと抱きついてくるミカン。
頭を撫でてやると、甘えるように俺の胸にスリスリしてきた。
なんだか妹の幼い頃を思い出し、俺は嬉しくなる。
「よぉーし、それじゃ俺が料理を教えてやろう。準備はいいか、ミカン」
「はいです!」
俺とミカンは調理台に並んで食材を刻む。
ミカンは親のマネをする仔キツツキみたいに、俺の手元をじーっと見つめながら手を動かしていた。
おかげでなんども指を切りそうになり、そのたびに俺が止めていたので調理はぜんぜんはかどらない。
でも、台所はずっと笑い声が絶えなかった。