68 ノラ&ペコ
68 ノラ&ペコ
市場は、この街に初めてきた時にちょっと覗いたくらいだった。
その道すがら、ふと見慣れぬ横道を見つける。
「こんな所にも通りがあったのか、ここから行けば近道だな」
その道は、入口はガラクタが積んであって狭いのだが、中に入ると大通りのような広さだった。
しかし他の道にはある魔導街灯はなく、そこかしこで火が焚かれている。
火のまわりでは目つきの鋭い男たちがたむろしていたり、木の人形に拳を打ち付けて練習する男の姿などが見られれた。
一歩別の道に踏み込んだだけだというのに、まるで別世界に迷いこんだかのようだ。
ただこの雰囲気は嫌いではない。
俺が育った実家の近くにある村や街は、全体がこんな雰囲気だったからだ。
なんだか地元に戻った気分で、コイントスをしながら歩いていると……。
ふと横から伸びてきた手に、銀貨をかっさらわれてしまう。
誰だと思って目をやると、そこには異国の武道着を身にまとう、俺と同い年くらいの男がいた。
いかにも武人といった顔つきの男は、「毎度」とぶっきらぼうに言いながら、銀貨を足元にあった空き缶に放り込む。
「物乞いにしちゃ態度がでかいな」
すると男の目つきはさらに鋭くなる。
「物乞いではない。俺はケンシだ」
ケンシ……アクセントは『剣士』と同じであったが、武道着からして『拳士』なのだろう。
学院にはたしか『拳士科』もあったはずだ。
「なんでもいいさ。返してもらうぜ」
俺が空き缶を拾いあげようとしたら、それより早く、小さな手がかっさらっていった。
見ると、おだんご頭に武道着をまとう、ミカンと同じくらいの年頃の少女がいた。
その子は空き缶を大切そうに抱えながら、俺をキッと睨みあげる。
「いちど払ったお金は、返せないね!」
独特な訛りのあるしゃべり方だった。
出身はどこなのか気になりはしたが、それよりも金を取り戻さないと。
「いや、払ったっていうか……」
女の子は空き缶を覗き込み「わぁ」と嬉しそうな声をあげる。
子供らしいその無邪気な笑顔に、俺は幼い頃のプリンや、いまのミカンを想起した。
「ノラ兄様! 銀貨が入っているね! これで、おいも以外のものが食べられるね!」
このふたりは兄妹で、武道着もみすぼらしい。
そして、イモばかり食べていらしい。
俺は後ろ頭をボリボリ掻いた。
「まいったな……」
ひもじいのはこっちも同じだ。
銀貨を取り戻さなけりゃ、今日の晩飯はミカンが採ってきた草だけになっちまう。
あ、いや、酒場でもらってきたコロッケがあるから、それをおかずにして……。
「……ったく、しょうがねぇなぁ……」
俺はしゃがみこんで、女の子と目線を合わせた。
「ほら、これもやるよ」
紙袋を差し出すと、女の子は空き缶を小脇に抱えたまま、不思議そうな顔で受け取る。
中を開くと、白い湯気がほっこりとあがった。
「うわぁ、揚げ物ね!? 揚げ物なんて、1年ぶりね!」
「コロッケだけどうまいぞ、食ってみな」
「はいね!」
女の子は独特の返事をして、紙袋からコロッケを取り出す。
コロッケは酒場で作ったバスケットボール大のものではなく、ソフトーボールくらいの大きさにしたものだ。
「おい、ペコ……!」
ノラと呼ばれていた兄は妹を止めようとしていたが、ペコはよほどお腹が空いていたのか、目の色を変えてコロッケにかぶりついていた。
「おっ……おいしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
歓喜の大絶叫が、あたりに響き渡る。
「おこんなにおいしい揚げ物を食べたのははじめてね! おいしすぎるね!」
パッチリしたお目々をこれでもかと見開くペコ。
「どういたしまして、俺はデュランダルだ」
「ありがとうね、デュランダル兄様!」
ペコはニコニコしながら、パクパクとコロッケを頬張る。
「おい、やめろ、ペコ! 赤の他人を兄様などと呼ぶな! それに、施しを受けるだなんて……!」
俺は紙袋に残っていた、もうひとつのコロッケを手に立ち上がる。
「まあそう言うなよ、ノラ。お前もひとつどうだ?」
「俺は拳士だぞ! 誰が剣士の施しなど……!」
鼻先に差し出されたコロッケに匂いに、ノラの腹が鳴る。
ノラは誤魔化すようにぷいっとそっぽを向いてしまった。
「これは施しじゃなくて、お近づきの印だ。遠慮せずに食ってくれよ」
「し……しつこいな! ひと口……! ひと口だけだぞ! それも、吐いて捨てるからな……! うんまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
ノラは吐いて捨てるどころか、俺の手をガッと掴んでコロッケにガッつき始めた。
あっという間に食べ尽くしてしまい、俺の手をペロペロ舐め始めたので、あわてて引っ込める。
「おいおい、お前たちはイモを食ってるんだろう? コロッケもイモでできてるってのに……。普段どんなイモを食べてるんだよ」
するとペコが「あれね」とカゴを指さす。
そこには、大きなマリモのような、深緑色をした物体が積み上げらえていた。
「あれは……マイモじゃないか」
『マイモ』とは、異国のヘンリーハオチーで栽培が盛んなジャガイモの一種だ。
ジャガイモは痩せた土地でもよく育つのだが、マイモはその性質をさらにパワーアップさせたもの。
すべてが種芋に使えるくらい、病気に強くて繁殖力があるんだ。
なんでこんなに詳しいかというと、実家にいた頃に畑仕事をしていたから。
家族は肉ばかり食べたがるので、野菜も食べさせなきゃと思って栽培していた。
野菜の作り方を勉強するために、近くの農家を訪ねてはいろいろ教わったんだ。
俺はカゴに積まれていたマイモに近づいてみたのだが、よく見るとかじった跡があった。
「お前らもしかして、マイモのを生のまま食ってたのかよ。よく腹を壊さなかったなぁ」
「ふん、俺たち拳士は、軟弱な剣士とは違うんだよ」
「そうなのか。じゃあ銀貨とコロッケと引き換えに、このマイモをひとつくれよ」
ペコは「そんなのであれば、いくらでも持っていくといいね!」と言ってくれる。
しかしノラは、俺の手からマイモを奪った。
「何度も言わせるな。施しを受けて暮らす物乞いでも、物々交換をして暮らす商人でもない」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ? どうすりゃ、マイモを譲ってくれるんだ?」
するとノラは、俺から奪ったマイモを、足元にある銀貨の入った空き缶の中に落とす。
そして、異国の拳闘の構えを取った。
「俺は拳士で、ここでは『殴られ屋』だ……! マイモが欲しければ、この俺を『殴る』ことだな……!」












