67 はじめての収入
67 はじめての収入
ギスギスしていた酒場のなかは、ふたたび活気を取り戻す。
おかみさんはタルのような腹をパンと叩き、客の剣士たちに言った。
「よぉし、謝罪終わり! 酔ってしたこととはいえ、これでぜんぶ水に流してあげるからね!」
いままでの酔いが覚めたように、「ありがとうございますっ!」と直立不動になる剣士たち。
おかみさんはコロッケを巡る勝負を利用して、客を完全に掌握してしまったようだ。
てっきりこれで終わりなのかと思ったら、そうではないようだった。
「しかし賭け金だけは流すわけにはいかないから、さっそく働いてもらおうか!」
「ええっ!?」
「当然だろう!? 男なら約束は守りな! さぁて、あんたは外に出て、行列整理するんだよ! そこのあんたは近隣の店へのお詫びに行っといで! そっちのあんたはビラ配りで、あんたはウエイターの手伝い! ほら、さっさとするっ! 終わったらコロッケを食べさせてあげるからね! ほら、さっさとおし!」
「はっ……はいいいーーーーーーーーーっ!!」
おかみさんは容赦なかった。
俺とミントと旦那さんがポカーンとしていると、檄が飛んでくる。
「あんたらも、なにをボーッとしてんだい!? 遊びは終わったんだから、さっさとコロッケを作るんだよ! ほら、早く早く!」
「はっ……はいいいーーーーーーーーーっ!!」
それから厨房はふたたび戦場となる。
といっても俺はコロッケの味付けと揚げるのだけを担当し、下ごしらえは臨時雇いの料理人に任せた。
次々とコロッケを揚げていく俺を、ミントは子ペンギンのように「はえー」と見ている。
「デュランくんってすごい手際がいいんだね……もしかして、酒場で働いてたことがあるの?」
「いや、ないよ。ただ大家族のなかで料理を作ってただけだ。コロッケもそのときに思いついたんだよ」
「ふーん、でもなんでコロッケなの?」
「今日みたいに、食材が足りないことがあったんだ。家族はみんな大食漢で、ガッツリした食べ物を作らなくちゃいけなかったんだけど、揚げ物なら食べた感があるんじゃなかいと思って。でもボリュームもないとダメだから、フクラキノコでかさ増しすることを思いついたんだ」
「ああ、なるほどぉ……! でも牛脂に浸けるだなんて、すごいアイデアだね!」
「剣士ってのは大味でこってりしたものを好むみたいだから、フクラキノコを牛脂に浸けたらこってりするんじゃないかと思って試してみたんだよ。そしたら好評だったから、酒場で出してもイケるんじゃないかと思って」
「うん、そうみたいだね! ほら見て、デュランくん!」
ミントが指さした先は、カウンターの向こうにいる剣士の客たち。
みな揚げたてのコロッケを頬張りながら、幸せいっぱいの笑顔を浮かべていた。
「う……うんまぁ~! サクサクなのにジューシィで、しかもボリューム満点でおいしいなんて……!」
「金の無い俺たちにとっては、またとないツマミだよな!」
「『デュラコロ』さいこーっ!!」
どうやら好評なようなので、俺は胸をなでおろす。
よかった。うちの家族にも好評のメニューだったから、剣士たちはみな喜んでくれるんじゃないかと思ったんだ。
そういえば、プリンのやつも大好きだったよなぁ。
俺は昔を思いだしながらコロッケを揚げ続ける。
だから気づかなかったんだ。
厨房の外から怨念めいた、絡みつく視線を投げてきている人物に……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『剣の舞亭』の裏口。
外の窓にへばりつくようにして、中を覗き込んでいるひとりの少女の姿があった。
「あ……あれは、あーしの大好物の、コロッケ……!?」
少女は火花が散りそうなほどに、グギギと歯噛みをする。
「な、なんで……!? なんでだし!? なんであーしのコロッケを……!?」
少女は短いスカートがめくれるのもかまわず、地団駄を踏みまくる。
「なんであーしになんの断わりもなく、勝手に作ってるし!? あれは、あーしのコロッケなのに! あのコロッケは、サクサクで、ジューシィで! 超うまくて、食べたら超絶にハッピーな気分になれるんだし! 5個はペロリっていけるんだし! それに、それに……!」
少女の脳内には、実家にいた頃の思い出が一気に蘇っていた。
「それに……口のまわりに油がついてると、デュランがふきふきしてくれるんだし……」
それまで地響きを起こすほどに力強く踏みしめられていた足が、力なく降ろされる。
「ううっ……デュランのコロッケ……食べたいよぉ……! なんで、なんであーしに作ってくれないんだし……! デュランの、バカぁ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日はいろいろ大変だった。
魔導バスケットボールで絡まれるわ、新しい担任教師からはムチャ振りされるわ、妹のプリンのために木刀を作るわ、タンコブ三兄弟に絡まれるわ、スターフィッシュの兄貴に絡まれるわ……。
ミントに抱きしめられるわ、なぜかクリンとコインコに嫌われるわ、ヘドウィドに絡まれるわ、キノコを採るのに嵐を使うわ……。
そこに来て大忙しな酒場の手伝いで、俺はだいぶへとへとになっていた。
でも、いいこともあった。
おかみさんが銀貨をくれたんだ。
給料はまだ先なんだけど、いろいろ助かったし、酒場も繁盛してるからと、臨時ボーナスを出してくれたってわけだ。
俺は夕闇染まりつつある街中を、片手にコロッケの入った包み紙を抱え、そして片手で銀貨を指で弾きながら歩いていた。
「銀貨とは、あのおかみさんがずいぶん奮発してくれたなぁ。でもずっと無一文だったから助かったぜ。これだけあれば、1週間ぶんくらいのメシはまかなえるだろうな」
ちなみに店のほうはまだ営業しているのだが、行列はだいぶさばけたし、俺のバイトは夕方までということになっている。
そして普段ならそのまままっすぐ帰るのだが、今日ばかりは違った。
「よーし、今日はごちそうにするか。ミカンは魔導人形なのに、よく食べるからな。まるでプリンみたいに……」
俺はふたりの少女の笑顔を思い浮かべつつ、市場へと足を向けた。












