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65 秘伝のコロッケ

65 秘伝のコロッケ


 顔をあげたおかみさんは、まるで全財産が戻ってきた人みたいに飛びあがっていた。


「デュランダル!? いま、なにをやったんだい!? こんなに一瞬にして、酒を冷やすだなんて……!?」


「そんなことはいいから、早くこれを客に出さないと!」


「そ、そうだったね! あんたたち、これを早く持っていきな!」


 おかみさんの一声で、臨時雇いのウエイターたちが集まってくる。

 木のジョッキをいくつも持って、人混みのなかに消えていった。


 やがて店のあちこちで、「かんぱいーいっ!」とジョッキを打ち鳴らす音が聞こえてくる。

 そしてあちこちで、「ぷはぁーっ!」と嬉しい吐息があふれていた。


「うっ……うんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


「こんなにキンキンに冷えた酒は初めてだぜぇ! 一日の疲れがいっぺんに吹き飛んじまった!」


「さすがステーキコンテストで優勝した店だ! 酒も最高じゃねぇか!」


 とりあえず客たちの爆発は防げたようなので、おかみさんはホッと胸をなでおろす。

 でも、ひと息ついてる場合じゃない。


「おかみさん、これだけジョッキがあれば、あと少しは持つはずだ! そのあいだに、氷をなんとかしてくれ!」


「わ……わかった! 知り合いの店に頼んで、氷を分けてもらうよう頼んでみるよ!」


 おかみさんは息混んで店から飛び出していく。

 そしてほぼ同時に、店のなかからさらなる不満が噴出した。


「おいおい、この店のつまみはキノコばっかりなのかよ!?」


 慌ててミントが厨房から飛び出してくる。


「ごめんなさい! ステーキはもう切らしちゃってて……! こんなにお客さんが来るとは思わなかったから……!」


「ステーキはしょうがねぇとしても、フクラキノコばっかりじゃねか!


「そうだそうだ! もっと別の、食いごたえのあるつまみはねぇのかよ!?」


 剣士は基本的に気が短い。

 それに思ったことをストレートに言うタイプが多い。


 おそらくミントにとって、ここまでの苦情は初めての経験なのだろう。

 むくつけき男たちに迫られて、彼女はすっかり縮こまっている。


「ご、ごめんなさーいっ!」


 見かねた俺は、ミントと客の間に割って入った。


「ちょっと待っててくれ! ステーキはもう無いけど、同じくらいうまいつまみを出してやるから!」


 客たちは「おおっ!」と沸き立つ。


「そうこなくちゃ! ここは酒が最高なんだから、あとは最高のつまみがありゃ、最強だ!」


「そうそう、ボウズ! この酒にあうつまみを出してくれたら、毎日通ってやってもいいぜ!」


「そこまで言ったんだから、ロクでもねぇものだったら承知しねぇぞ!」


「ああ、期待しててくれ!」


 俺がドンと胸を叩いて言うと、背中に隠れていたミントはギョッとしていた。


「ちょ、デュランダルくん!? そんなこと言っちゃダメだよ! だって肉はステーキどころか、欠片も残ってないんだよ!?」


 剣士たちが喜ぶメニューといえばひとつしかなくて、それは『肉』だ。

 ミントは酒場の娘だけあって、そのことはよく知っているようだった。


 俺も実家にいた頃は、そのことを痛感させられていた。

 だが俺は……その問題に、自分なりの答えを見いだしていたんだ。


 俺は振り返り、ミントとともに厨房に戻りながら尋ねる。


「ジャガイモはあるか?」


「う……うん! ジャガイモなら、タルひとつぶんくらいは残ってるけど……! でもそれだけじゃ、ぜんぜん足りなくて……!」


「いや、それだけあればじゅうぶんだ。俺にちょっと任せてくれないか」


「えっ!? デュランくんって、下ごしらえだけじゃなくて、料理もできるの!?」


「そんなに上手じゃないけどな。まあ見ててくれよ」


 厨房では、旦那さんが全財産を失った人みたいにうなだれていた。

 このあたりの仕草は、夫婦でソックリだ。


「とうとう最後の肉を、つかいきっちまっただ……! もうこれ以上、他の店に分けてもらうわけにはいかない……! ああっ……! もう、おしまいだど……! 」


 慰める時間も惜しかったので、俺はそのすぐ隣で調理を開始する。

 寸胴をふたつコンロにかけ、両方に水を注いだ。

 そばにあったジャガイモを片方の寸胴に放り込みながら、ミントに指示する。


「おいミント、牛脂を持ってきてくれ」


「えっ、牛脂? 牛脂ならそこにあるよ?」


 ミントが指さす先には、拳くらいの大きさの牛脂があった。


「いや、こんなちょびっとじゃなくて、もっとたくさん必要なんだ。ありったけの牛脂を持ってきてくれないか」


「えっ、そんなにたくさんの牛脂、なにに使うの? まさかお客さんに食べさせるわけじゃないよね? 牛脂も牛の肉だなんて冗談、通じないと思うよ?」


 俺は苦笑する「そんなことはしないさ」と。

 剣士相手にトンチが通用しないことは、この俺が身を持ってよく知っている。


「いいから俺に任せて、手伝ってくれないか? ダメ元だと思って頼むよ」


 するとミントも腹をくくれたのか、「わ……わかった!」と厨房から飛び出していき、両手いっぱいの牛脂を抱えて戻ってきた。


「よし、それをあいているほうの寸胴に入れて、煮詰めて溶かしてくれ」


 その間に俺は、ゆであがったジャガイモを大きめのボウルに移し、潰してマッシュポテトを作る。


「デュランくん、トロトロになったよ」


 ミントに任せていた牛脂ができあがったので、俺はその鍋に調味料を加えて味付けしたあと、塔で採ってきたフクラキノコを浸けた。

 それを見ていたミントは「えっ!?」と目を剥く。


「フクラキノコって、水に浸けて大きくするものだよ!? それを、牛脂でなんて戻したりしたら……!」


「まあ見てろって」


 そう言っている間にも、牛脂を吸ったフクラキノコは寸胴のなかでムクムクと大きくなっていく。

 寸胴からあふれんばかりになったところで引き上げた。


 薄茶色のフクラキノコは倍くらいに膨れ上がっており、こってりとした牛脂で実にクリーミーな見た目になっていた。

 それをマッシュポテトのボウルに移し、フクラキノコを包み込むように丸形に成形、ジャガイモ玉を作る。


 玉といっても、バスケットボールくらいの大きさだ。


 あとはそのジャガイモ玉に小麦粉をまぶし、溶き卵に浸けて、パン粉をまぶす。

 この時には落ち込んでいた旦那さんも復活し、しげしげと俺の手元を覗き込んでいた。

 ミントは子猫のようにキョトンとしていたが、旦那さんは気づいたようだった。


「デュランダル……まさか、おめぇ……!」


 そう、そのまさかだ……!

 俺は牛脂の寸胴のなかに、パン粉に包まれたジャガイモ玉を入れた。


 ……ジュゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 香ばしい音と匂いが厨房に広がる。

 しばらくして引き上げたジャガイモ玉は、カラッと音がしそうなくらいに、そして見るからに香ばしそうなキツネ色にあがっていた。


「これぞ、香ばしさの三重奏……! フクラコロッケの、できあがりだっ……!」


 旦那さんとミント、そして氷を抱えて戻ってきたおかみさん。

 3人はまだ食べてもいないのに、口の端からヨダレを垂らしていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美味そうなきもするけど跳ねそうだなそれ!
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