63 嵐を呼ぶデュランダル
63 嵐を呼ぶデュランダル
『フクラキノコ狩場』は、怒り狂ったヘドウィドが乱入してきたような有様になっていた。
室内は轟音が支配し、上空からは阿鼻叫喚が激しく渦巻いている。
「ふっ……ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「なっ……なんだなんだなんだ、なんだぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
「たっ……たすけてぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そして足元からは、立っていられなくなった者たちの震え声が。
「なっ……なに、これっ……!? なにが、起こってるの……!?」
「あ……嵐を起こすだなんて……!? こんな魔術、見たことねぇぞっ!?」
「ああっ……!? す……すごい……です……! デュランダル……さんっ……!」
もはや室内で、立っているのはただひとり。
台風の目にいる俺だけが、微動だにしていなかった。
やがて風が収まると、絶叫が降ってきた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」
どしゃっ! ぐしゃっ! べしゃっ! と、熟れた果物が地面に落ちるような音とともに、叩きつけられる剣士たち。
首がへんな方向に曲がっていて、目はグルグル回っており、口からはブクブクと泡を吹いている。
剣士は鍛えてるから、このくらいでは死んだりしない。
しばらく保健室で寝起きすることになるかもしれないが、隣のベッドに憧れのスターフィッシュの兄貴がいるなら本望だろう。
剣士たちの落下のあと、一拍間を置いて、雨のようにフクラキノコが降り注いだ。
フクラキノコは小ぶりなキノコで薄茶色をしており、とても弾力がある。
部屋のあちこちで、テニスボールのように跳ね回っていた。
周囲にいる者たちは、まるで夢のなかにいるような光景で、唖然としている。
「う……うそ……」
「剣士たちだけじゃなく……キノコまで、落としちまうだなんて……」
「ど……どこまでも……想像を……上回るんだなんて……! す……すごすぎ……ますっ……! デュランダル……さんっ……!」
ちょうどよかった、と俺は思う。
「晩飯が欲しかったんだ。これだけあれば、食べ放題だな」
俺はしゃがみこんで、足元に転がっているフクラキノコを拾い集める。
通学用のリュックがあったので、手当たり次第に詰め込んだ。
収穫する俺を見て、ミントが正気に戻った。
「そ……そうだ! こんなにフクラキノコが手に入るチャンスなんて、滅多にないよ!」
ミントはリュックの中からカーペットのような布を取りだし、床一面に広げる。
床にざざっと滑り込んで、両手を使ってフクラキノコを布の上に寄せ集めていった。
それから小一時間後、ミントは自分の身体の三倍はありそうな、フクラキノコでいっぱいの布包みを背負っていた。
しかもふたつぶんあったので、もうひとつは俺が背負ってやることにする。
グラシアは遠慮してフクラキノコをひとつしか取らなかった。
「それだけでいいのか?」
「あ……はいっ……明日の……調薬の……授業で……使う……だけ……ですので……」
「そういえば魔術科は、明日は全学年合同の調薬授業だったな。なら、もっと持ってけよ。剣士たちがキノコ狩場を独占してたから、欲しがってるヤツが他にもいるかもしれないからな」
ちょうど俺のリュックが満杯なうえに、手一杯で背負えなくなったので、グラシアにくれてやった。
「あ……あの……こんなに……頂いても……よろしいの、ですか……?」
「ああ。どうやって持って帰ろうかと悩んでたところだからな。あ、リュックだけは後で返してくれよ」
「は……はひ……!あ……ありがとう……ございますっ……!」
グラシアは赤ちゃんを抱いてるみたいにリュックを抱えながら、ペコペコと何度も頭を下げていた。
そしてロックはなぜか、ひとつもキノコを取らなかった。
「お前も明日は調薬の授業に出るんだろう? なのに、手ぶらでいいのかよ?」
「うるせえっ! 誰がテメーの採ったキノコなんか使えるかよっ! 行くぞ、メガネブスっ!」
「え……でも……」
「いいからさっさと来いっ! でねぇともう知らねぇぞ!」
ロックはそう吐き捨てたあと、肩をいからせてから部屋を出ようとする。
グラシアも一礼して、その後を追いかけていく。
ちょうど部屋の外には上級生たちが詰めかけていて、ロックとグラシアのコンビに色めき立っていた。
「うわぁ……! 見て、グラシアさんのリュック……! フクラキノコが、こんなにたくさん……!」
「この狩場、剣士たちがケチで、入場料を払ってもちょっとしか採らせてくれないのに……!」
「あっ、見ろよ! 部屋のなか! 剣士たちがノビてるぞ!」
「きっと、ロックさんがヤツらを懲らしめてくれたんだ!」
「なるほど、だからこんなにたくさんキノコを持ってるんだ!」
「相手は最上級生で、複数いるのに……! すげえや、ロックさん!」
歓声と拍手に包まれるロックとグラシア。
グラシアは懸命に「あ……あの……これは……デュランダル……さんが……」と言っていたが、完全にかき消されている。
「……うるせえっ!!」
突如としてロックが一喝し、場は静まり返った。
「やったのは、俺じゃねぇよ! 剣士どもをやって、キノコを採ったのは……デュランダルだっ!!」
上級生たちから「ええーっ」と不満そうな声が漏れる。
「あの子、新入生でしょ? そんなわけないじゃない!」
「あの子がちょっとケンカが強いのは知ってるけど、いくらなんでも最上級生を何人も相手にしたうえに、こんなにたくさんキノコを採るだなんて、できっこないよ!」
「そうそう! 魔術でも使わない限りは無理だよ! それも上級どころか、最上級の!」
ロックは「それが……」と震える握り拳を固めていた。
「それが、やりやがったんだよ! アイツは最上級どころか、それを遥かに上回る魔術を使ってみせたんだ! 剣士もキノコも一網打尽にする、嵐の魔術を!」
「ええっ、嵐の魔術だって!? そんなの、先生だって無理なのに!」
「そんなに謙遜しなくてもいいんだよ、ロックくん! 僕らはわかってるから!」
和やかな笑いに包まれる上級生たち。
しかしロックはひとり、怒りに震えていた。
「だから……違うって言ってるだろが! おい、デュランダルっ!」
しかし俺は、我ながら呆れるほどの生返事を返してしまう。
「ん……? なんだ……?」
「なんだじゃねぇだろ!? テメーはいま、目の前で手柄を横取りされてるんだぞ! 悔しくねぇのかよっ!? なんとか言ったらどうなんだ!? おいっ!?」
「え……? ああ……? うん……? まあそんなこと、どうでもいいんじゃないか?」
だってしょうがない。
俺はそのとき、ヘドウィドからコピーした魔術を呪文化するのに夢中で、話半分だったから。












