62 卑怯な手
62 卑怯な手
『フクラキノコ狩場』は、大きな吹き抜けの部屋になっていた。
壁からはところどころにキノコが生えているのと、壁を登るのにちょうど良さそうな突起がある。
突起はともかく、塔なのにキノコが自生しているのは実に奇妙な光景だった。
「『白き塔』にはなんでもあるっていうのは本当だったんだな……」
この国は『白き塔』からの様々な発見によって発展してきたという。
フクラキノコもこの塔から見つかり、いまや国じゅうに広まっているキノコの一種だ。
かくいう俺も、実家にいる頃にはよくフクラキノコに助けられた。
といっても壁じゃなくて、古木に生えているのを採ってたんだけどな。
俺はこの街に初めて来た時みたいに、口をぽかんと開けてあたりを見回していた。
しかし他のメンバーには、それほど珍しい光景でもないらしい。
「よーし、それじゃ、バンバン採るぞぉー!」
腕まくりして、壁に向かうミント。
「おいメガネブス、お前は運動音痴だから登るんじゃねぇぞ。そこで指を咥えて見てな」
グラシアを制して、壁を登りはじめるロック。
それで気づいたのだが、壁の低いところのキノコは採り尽されていて、上にいくほどキノコが多く残っているようだった。
天井付近になると、キノコがひしめきあっている。
そしてミントは小柄で身軽なせいか、まるで子猿のようにするすると壁を登っていく。
「うまいもんだな」と声をかけると、「へへーっ、あたりまえでしょ。ボク、盗賊科だもん」とウインクが返ってくる。
しかし調子がいいのはそこまでだった。
すでに壁に張り付いていた剣士たちが、わらわらとミントに寄ってきたかと思うと、
「おっと、足がすべっちまった!」
わざとらしい動きで、ミントを足蹴にした。
自分よりも倍以上ある大男に蹴りつけられて、ミントは手掛かりを離してしまう。
「わあっ!?」
俺は「シュッ!」と息を吐き、落下地点に先回り。
落ちてきたミントを、お姫様を受け止めるように抱きとめる。
ミントはまだ落ちていると思っているのか、「わぁわぁ」ともがいていたが、「もう大丈夫だ」と声をかけるとキョトンとなった。
「あっ……た、助けてくれたんだ……。あ……ありがとう、デュランくん……」
そして、ポッと頬を染める。
「デュランくんには助けられてばっかりだね……」
「うっ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!?」
同じく蹴り落とされたのであろう、続けざまに降ってきたロックを、俺は肩に担ぐようにして受け止めた。
「もう大丈夫だ」
ロックはまだ落ちていると思っているのか、「うぉうぉ」ともがいていたが、「もう大丈夫だ」と声をかけるとキョトンとなった。
我に返るとすぐに、カッと頬を染める。
「くっ……! よ、余計なことすんじゃねぇっ! テメーなんかに助けられなくても、受け身を取れるんだよ! さっさと降ろしやがれ!」
真逆の反応のふたりを降ろしてやると、さっそく上空の剣士たちに向かって抗議しはじめた。
「なにするのさ!? 危ないじゃないか!」
「そうだ! ふざけやがって! こっちのチビはともかく、この俺を蹴り落とすだなんて、いい度胸してるじゃねぇか!」
そんなふたりを、剣士たちはニヤニヤ笑いで見下ろしている。
「悪いな! さっきも言ったけど、足がすべっちまったんだよ!」
「そうそう! なんか最近、足が滑りやすくてなぁ!」
「1万¥払ってくれたら、足が滑らなくなると思うんだけどなぁ!」
入場料として1万¥請求して、今度は中でも1万を取るっていうのかよ。
ここの入口で門番をやっていた剣士とは、完全にグルだろう。
なんていうか、わかりやすいほどのアコギな商法だな。
俺はヤツらに向かって叫んだ。
「お前らは、『ダイブフレンズ』だな?」
「それがどうかしたかぁ!? ……あっ、ひょっとしてお前も『ダイブフレンズ』に入りたいのかよ!?」
「お前みたいなモヤシ野郎が、入れるわけねぇだろ!」
「でも10万¥持ってきたら、スターフィッシュ様に口をきいてやってもいいぜぇ!」
「おい先輩、この塔はみんなのものだ! 狩場を独占して、金をせしめるようなマネはやめろ! なにが『ダイブフレンズ』だ! 徒党を組んで卑怯なことをするために、お前らはこの学院に入ったわけじゃないだろう!? スターフィッシュは卑怯な手を使って負けたんだ! だからお前たちも目を覚まして……!」
俺はタンコブ剣士たちのように、この剣士たちも心を入れ替えてくれると思って説得を試みる。
しかし彼らの返事は、額にビキビキと浮かんだ青筋だった。
「なんだとぉ、このガキぃ……!?」
「ロクに知りもしねぇくせに、『ダイブフレンズ』をナメんじゃねぇぞ!」
「スターフィッシュ様が新入生に倒されたからって、なんでテメーまでイキがってんだよ、ああんっ!?」
「それに、卑怯な手を使ったのは新入生のほうだ! 実力で、スターフィッシュ様が負けるわけがねぇだろうが!」
「ふざけたこと抜かした罰として、テメーは100万¥だ! 持ってくるまで、『ダイブフレンズ』が一生ボコボコにしつづけてやるからなっ!」
「おいおい、黙っちまったよコイツ! どうやらビビっちまったみてぇだ!」
「そんな……! って顔してやがるぜ! 文句があんのか、ああんっ!?」
「文句があるならスターフィッシュ様に言いな! そこまでイキがれるんだったら簡単だろう!? ぎゃははははは!」
……どうやらコイツらは、俺がその『卑怯な手を使った新入生』だということを知らないらしい。
どっちにしても、交渉は決裂のようだ。
「それじゃ……また『卑怯な手』とやらを、使わせてもらうとするかな」
ちょうど、試してみたいのがあったんだ。
俺は、先のヘドウィド戦でのことを思い出しながら、術式を編む。
「えーっと……ヘドウィドの嵐は、なんて鳴ってたかな。たしか……。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ ゴウフーン。
變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に……」
これでイケるはずだと確信しつつ、俺はバンザイのポーズで、天井に向かって両の掌底をバッと突き上げた。
「……奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 掌紋よりっ!」
すると、俺の両手からつむじ風が巻き起こる。
風鳴りは一瞬にして、轟音を巻き起こすほどの嵐となった。
……グォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「えっ……!? えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
周囲にいたミント、ロック、グラシアは驚きのあまり尻もちをついてしまう。
噴き上がる大風に、剣士たちもビックリ仰天。
身体をさらわれそうになり、必死になって壁に張り付いていた。
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
しかし嵐の強さには勝てず、ひとり、またひとりと剥がれていく。
最後にはつむじ風にもまれる枯葉のように、俺の頭上をグルグルと回っていた。
「たっ……たすけてぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」












