60 デュランダルvsヘドウィド
60 デュランダルvsヘドウィド
ヘドウィドの攻撃に、少年は少女たちをかっさらう横っ飛びでかわした。
しかし倒れることはなく、ドリフトのように滑って止まる。
嵐のなかでもしっかりと大地に足を踏みしめて立その姿は、あまりにも異質であった。
なぜならば、少年の前面には、小動物のように愛らしい少女。
まるで親に甘える子コアラのように、しっかりと抱きついている。
そして両脇には、姫のように美しき少女たち。
彼女たちは腰を抱かれ、花束のように抱き寄せられている。
ふたりの少女は先ほどまで少年のことを憎悪していた。
二度と言葉を交わすものかと思っていたのだが、いまは恋人どうしのように密着している。
嫉妬するような嵐がおこり、ツララとコインが彼らに降り注ぐ。
少年は「シュッ!」と息を吐いた。
すると少年の身体はわずかに浮き上がり、ホバーダッシュのようなステップで一気に距離を移動。
ヘドウィドの攻撃を余裕をもってかわし、スケートのように滑りながら体勢を立て直す。
人間ではありえないその動きに、少女たちは唖然としていた。
「な……なに、いまの……?」
「シュパッって飛んで、ズザーッっと滑りましたわよ!?」
「しかも、この嵐の中を!?」
ヘドウィドの顔色が一変する。
それまでオモチャを見るようだった瞳が、戦いに臨むように険しくなった。
腕組みを解き、両手を使って風を操りはじめる。
カマイタチのような真空刃がおこり、少年少女たちに襲い掛かる。
「シュッ! シュッ! シュッ!」
少年はボクシングのステップを踏むように息を吐きながら、右に左に飛び、真空刃をすべてギリギリでかわしきる。
周囲には魔術科の生徒たちがいて、突風に吹き飛ばされて廊下の端で倒れていた。
突如始まった嵐のなかの舞いに、彼らは目を見張る。
「す……すげぇ……! 俺たちは、立つこともできなくなるってのに……!」
「ヘドウィドの本気の攻撃を、ことごとくかわすだなんて……!」
「もしかして魔術か、あれは!?」
「いや、あんな魔術見たことない! それに、詠唱をしてないぞ!」
いや、たしかにそれは魔術なのだ。
そして、たしかに詠唱をしていたのだ。
息を吐くように短く、「シュッ!」と。
それだけで少年の身体は、氷の上を滑るように滑らかなるステップを披露する。
その動きは、魔術のありふれたこの世界の者たちにとってもイリュージョンに映っていた。
その種明かしは、『ショートキャスト』。
少年は、オリジナルの魔術『ダッシュ』を使っていた。
『ダッシュ』をショートキャストの効果で短縮することにより、『シュッ』というだけで効果を発動できるようになる。
ごくわずかな詠唱ですむおかげで、『ダッシュ』の魔術は緊急回避にも使えるようになっていたのだ。
前代未聞の少年の回避術に、モンスターであるヘドウィドも、まるで異星のテクノロジーを前にしたかのように焦りまくっていた。
風属性といえば、命中率に関しては光属性に次ぐトップクラスの性能を誇る。
いままで多くの人間を葬ってきた必殺のカマイタチが、まったくカスリもしないのだ。
まるで、本当の疾風を相手にしているかのように……!
少年はヘドウィドと一定の距離を取りつつひたすら逃げ回っていた。
スザザッと地滑りしながら立ち止まり、ひとりごちる。
「そろそろエントランスにいるヤツらは避難できたかな」
少年に取り憑いていた少女たちは声を揃える。
「「「い……いままで時間稼ぎしてたの!?」」」
「だったら、ボクらも逃げようよ! デュランくんのこの技があれば、簡単でしょ!?」
「ああ、だが俺たちが逃げると、まわりでへたりこんでるヤツらが危ない」
少年の傍らで、銀色の髪をなびかせていた少女が言う。
「……じゃあ、どうするの?」
その口調に、嫌悪感は微塵もない。
「ヘドウィドがあきらめて帰ってくれるといいんだが……」
すると、金色の髪の少女が異を唱える。
「そんなの、無理にきまってますわ!」
「だろうな。だとしたら、手はひとつしかなさそうだな」
少年は言いながら、少女たちを見回す。
少女たちはごくり、と喉を鳴らして次の言葉を待った。
「……ヤツを、倒すっ……!」
「「「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!?!?!」」」
少女たちが驚愕のハーモニーを響かせるなか、少年は「いくぜっ!」と地を蹴った。
いままで距離を取っていたヘドウィド相手に、ぐんぐん迫っていく。
ヘドウィドの強さをさんざん思い知らされていた両脇の少女コンビは、たまらず叫んでいた。
「む……ムチャよ!」
「わたくしたちの攻撃魔術は、風で吹き飛ばされてちっとも当たらなかったんですのよ!?」
「それどころか、下手に撃つと逆に利用されてしまうのよ……!」
「次に撃ったが最後、ヘドウィドは真空刃に加えて、ツララと金貨の攻撃をしてきますわよっ!
そうなったら、いくらあなたでも……!」
「いいから、俺が合図したら、お前たちの持てる攻撃を、ありったけヤツに打ち込んでくれ」
少年は、まっすぐな瞳で続ける。
「俺を信じてくれ……! そしたら、ヤツに勝てるっ……!」
最初に覚悟を決めたのは、金色の少女であった。
半ばヤケ気味になって、腰に提げた金貨袋ごと取り出している。
「え……ええいっ! こうなったら、もうやぶれかぶれですわ! 矢でも金貨でもなんでもこいですわっ!」
そして次に動いたのは、小柄な少女。
背中に背負っていたクロスボウを抜き、少年に抱きついたまま身体を捻ってヘドウィドに向けた。
「よぉし、やるぞっ! デュランくんはいままでたくさんの奇跡を起こしてきた! だから今度は、ボクも手伝いたい!」
最後に、銀髪の少女。
彼女は伏せていた目をあげ、冬の朝の空気のように、澄んだ瞳を少年に向ける。
「わかった……信じてあげる……!」
少年は三百万の味方を得たように、「よしっ!」と力強く頷き返した。
「話は決まりだ! それじゃあ俺も両手を使うから、クリンとコインコは、俺にしっかりつかまってくれ!」
少年は少女たちの腰に回していた手を、細い肩に回し、さらに抱き寄せる。
少女たちは父親以外の男とは手を繋いだこともないほどの高貴な身分であった。
しかしいまは、少年が生涯の伴侶となったかのように、ぴったりと身を寄せる。
片手はヘドウィドに向かってかざし、もう片手は少年の腰をしっかりと抱いていた。
ヘドウィドは「なにをするつもりだ!?」といわんばかりの、ありありとした動揺を浮かべていた。
少年は、誰もが怖れる暴風の精霊に、不敵に笑いかける。
「知らないのなら、教えてやるよ……! 今から俺たちは、テメーをブッ倒すっ……!
撃てぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
少年の号砲のような叫びとともに、ツララと金貨、そしてクロスボウの矢が一斉に撃ち放たれた。
そして……!
「よっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
それは勝利の雄叫びのようであったが、これもショートキャスト。
少女たちの肩を組んだ両手から、空気の砲弾がうなりをあげる。
ヘドウィドは「こしゃくな!」と風を操り、迫り来る攻撃を弾き飛ばそうとした。
が、できなかった。
撃ち放たれたツララと金貨と矢、それらは後追いの空気砲の力を受け、スクリューのように回転していたのだ。
それらはいままでの魔術と比較にならないほどの貫通性能があり、嵐を引き裂くように直進している。
ヘドウィドは思いもしていなかった。
まさか風の覇者である自分が、風の力に恐怖することになろうとは……!
その顔が絶望に染めあげられた次の瞬間……ヘドウィドの身体に3つの風穴が開いていた。
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