57 ダイレクト保健室
57 ダイレクト保健室
……それまで少年のしたことは、多くの者たちが『夢』として片付けてきた。
一部の人間は、少年の偉業を『現実』だと信じていたのだが……。
いま、目の前で起っていることは、あまりにも信じがたいものであった。
空中で、ふたりの男が激突している。
ひとりは『マッスルダイブ』のスターフィッシュ。
もうひとりは、それを迎え撃つように下から突き上げる少年。
体格、そして高度からいって、本来はスターフィッシュが有利なはずであった。
スターフィッシュのボディプレスは隕石のようなインパクトがあったが、それはあくまで受けるのが普通の人間の場合にかぎる。
相手があの少年となったいま、ボディプレスは糸の切れた凧のようであった。
少年が土壇場で放った飛翔突きは、それほどまでに圧倒的で、それほどまでに超越していたのだ。
剣士たちにおける最強の常識を、塗り替えるほどに……!
ストップモーションで、割れた腹筋にめりこんでいく木刀の切っ先。
凧は風穴を開けられるどころか、骨組みまで破壊されたかのように、身体がくの字に曲がっていく。
限界まで身体を折りたたまれたところで、時は動き出す。
「うっ……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
すぽーん! と音が聞こえてきそうなほどに、豪快にすっ飛んでいくスターフィッシュ。
その飛びっぷりは尋常ではなく、遥か遠方に見える校舎の城、その上階にある保健室の窓をブチ破っていた。
少年はスタッと着地すると、手をひさしのようにして、スターフィッシュの行く末を確認する。
「どうやら、タンカを呼ぶ手間が省けたみたいだな」
そしてあたりは静寂に包まれる。
少年が偉業を披露したときは、いつも訪れる光景であった。
最初に口火を切ったのは、彼女であった。
「い、いま……なにが、どうなったし……?」
「スターフィッシュ様の『マッスルダイブ』に向かって飛んで、突きをして……」
「それで、あんなにブッ飛ばしちまうだなんて……」
「ゆ……夢……だよ……な……?」
「誰もかわせなかった『マッスルダイブ』をかわすどころか、打ち破るだなんて!」
「そ、そんなの、バッド寮の落ちこぼれにできるわけがねぇ!」
口々に、少年の偉業を否定しようとする者たち。
それもいつもの光景であったのだが、今日はすこし違った。
「お……俺たちは、信じる……!」
初めて異論を唱えたのは、タンコブ兄弟たち。
「デュランダルは言ってたんだ、スターフィッシュをブッ飛ばしてやるから、俺を信じろって!」
「だから俺たちは、信じることにしたんだ! そしたらデュランダルは、本当にブッ飛ばしてくれた!」
「デュランダルはすげぇ剣士だ! 俺たちなんかより、ずっと……!」
「あ……ありがとう、デュランダル! 俺たちは、スターフィッシュにずっといじめられてたんだ!」
「助けてくれてありがとう! それと、意地悪して悪かった!」
タンコブ兄弟たちは少年を取り囲むと、一斉に頭を下げた。
そしてあげられた顔は敵意ではなく、尊敬のまなざしに満ちている。
少年は、彼らに向かってニッと笑んだ。
「お前たちが信じてくれなかったら、俺はいまごろやられていた。だから気にすんなって」
少年は、剣士の名門であるブッコロ家の一角を突き崩した。
世界の縮図といわれるこの学院において、それは、剣士たちのパワーバランスを大きく変えるような一大事である。
しかし少年は、肩についたゴミを払っただけのように、驕りも誇りもしていない。
午前中の授業の終わりを告げるチャイムが鳴っていたので、そっちのほうが気になるようだった。
「おっと、授業が終わったな。これで剣士の時間も終わりだ。
午後からは魔術の授業に出られるといいんだが……じゃあな」
「ええっ」と一部から残念がる声があがったが、少年は背中越しにピッと指で挨拶して、そのまま走り去っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日は午後の授業は、全校で『塔探索』の時間だった。
『塔探索』というのは『白き塔』を自由に探索し、放課後もそのまま探索を続けていいという、実戦系の授業だ。
魔術の授業が受けられないのはすこし残念だったが、助かった、とも思う。
なにせダマスカス先生のせいで、寮から食材が貰えなくなってしまったからな。
「よーし、今日は塔のなかを探し回って、食いものを手に入れるぞぉ!」
俺はおおいに張り切って、校舎から白き塔へと向かっていた。
塔で食材を賄う方法は、大きく分けてふたつある。
ひとつは、モンスターの素材や、宝箱から出たお宝を売って金を手に入れ、それを使って店で買う。
もうひとつは、塔に自生している食べられる植物を採取したり、食べられるモンスターを狩る。
なお塔で手に入れたものは換金しても、自分で消費してもいいことになっている。
それとは別に各階のエントランスには『納品カウンター』なるものがある。
入手したものを納品すれば、学院の個人成績、および寮の成績としてプラスされるらしい。
俺は成績なんかはどうでもいいと思っているので、手に入れたものは自分のために役立てるつもりだ。
「実をいうと、塔とか冒険して、お宝を探すっていうのにはちょっと憧れがあったんだよな」
ちょっとワクワクした気分で塔に入り、1階のエントランスを歩いていると……。
パタパタと足音が近づいてくるのが聞こえた。
「い……いたぁーーーっ! デュランダルくぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
聞き覚えのある声に振り向くと、ミントがまるで生き別れの家族を見つけたかのような勢いと表情で走ってきている。
ミントは俺の目の前でぴょーんと跳躍し、木に飛び移るモモンガみたいに抱きついてきた。
「あ……会いたかったぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!」
「おいおい、急にどうしたんだよ」
するとミントはぷくっと頬を膨らませた。
「もう、朝からずっと探してたんだからね! 魔術科の教室に行ってもいないし!
ウラマネー先生に聞いても『死んだまね』としか言わないし! 本当に死んじゃったのかと思ったんだよ!」
「ああ、俺は午前中は剣士科の授業に出てたからな。ところで、なんの用だ?」
ミントはなぜか大興奮していて、紅潮した顔で、愛おしくてたまらない様子で頬ずりしてくる。
「ああん、もう、大好き! 大好き! だぁーい好きぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーっ!!」
まるで甘える猫みたいな彼女に「あはは、くすぐったいな、やめろよ」と笑っていたら……。
通りすがりのクリンとコインコが立ち止まり、口をあんぐりさせて俺を見ていた。
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