50 ウラマネー先生とデクノボ先生
50 ウラマネー先生とデクノボ先生
いろいろあったせいで、登校がだいぶ遅くなってしまった。
始業のチャイムが鳴るなか、俺は魔術科の教室目指して廊下を走る。
すると、知らない先生に呼び止められた。
「ああ、そこの落ちこぼれの貧乏人くん」
「え? 俺っすか?」
「他に誰がいるというまね。キミは今日は、剣士科の授業を受けるまね」
「え? どうしてですか?」
「バッド寮の落ちこぼれの受ける授業は、担任教師が決める権限があるまね」
「え? 俺の担任は、ダマスカス先生で……」
「やっぱりキミは貧乏人の落ちこぼれまね。ダマスカス先生はもういないまね」
俺は「え?」ばっかりだったが、それがさらに強調される。
「ええっ? どうしてですか?」
「汚職の容疑で逮捕されたまね。今頃はチョーカーと仲良く取り調べを受けているまね」
「ダマスカス先生が汚職だなんて……」
「ま、そんなヤツのことはどうでもいいまね。とにかく今日からキミの担任は、このウラマネーになったまね」
「はぁ、わかりました、ウラマネー先生」
「まったく、貧乏人の落ちこぼれの担任になるだなんて、貧乏クジを引かされたどころか、貧乏神に取り憑かれた気分まね。
って、なにをボーッとしてるまね。さっさと剣術科に行くまね。向こうのデクノボ先生には、話は通してあるまね」
俺はもともとは剣士だが、この学院には魔術を勉強したくて入学した。
それなのに剣術科に行けというのはあまりのことだったので、せめて理由だけでも教えてほしいとウラマネー先生に食い下がる。
しかしウラマネー先生は野良犬を追い払うようにシッシッとやるばかりで、もう相手にしてくれなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
剣術科の授業は、校庭の隅で行なわれていた。
校庭の真ん中では盗賊科の授業の真っ最中で、俺は間違ってそっちに加わりそうになってしまう。
結局、俺はだいぶ遅れて授業に参加し、居並ぶ剣士たちのいちばん後ろでデクノボ先生の話を聞いていた。
「これまでは座学だったけど、今日の授業からは実技も並行して授業を行なうんだなぁ」
デクノボ先生は剣術の先生らしく大柄だったが、マッチョではなく太っていた。
そして話し方がやけに訛っている。
「まず初めに、授業で使う木刀をみんなで作るんだなぁ。
優秀な生徒は持ち込みの木刀を使ってもいいけど、それ以外の生徒はいちから作るんだなぁ」
優秀な生徒というのはたぶん、名門の出身の生徒だろう。
クラスの中には俺の兄妹たちの姿もチラホラあったが、みんなすでに立派な木刀を持っている。
「んじゃ、ここにある工具を持って、森に入るんだなぁ。
自分で木を切り倒して、削って、木刀を作るんだなぁ」
デクノボ先生の横には工具セットが積み上げられていて、優秀ではないとされる生徒たちが列を作っていた。
校庭のすぐそばは森になっているので、そこで木刀用の材料を調達するらしい。
工具箱の中には立派なノコギリやナタが入っていたので、伐採や細工の道具に困ることはなさそうだった。
「工具箱はふたりでひとつ、ノコギリもふたり用の大きいやつだから、ふたりでペアになって使うんだなぁ」
デクノボ先生の前に並んでいた生徒たちは、思い思いのペアを作り、工具箱を受け取っている。
俺は最後にデクノボ先生のところに行ったのだが、デクノボ先生はみんなに渡していたような立派な工具箱ではなく、新聞紙に包んだペラペラのノコギリと小さなナイフを、俺の足元に放った。
「なんで俺だけ?」
尋ねると、デクノボ先生はニタリと笑う。
「それはデュランダルくんが、ゴッドファー様からこき下ろされるほどの落ちこぼれだからなんだなぁ」
「え? 俺のオヤジを知ってるんですか?」
「剣士の名門、ブッコロ家の当主であるゴッドファー様を知らない剣士なんていないんだなぁ。
今朝の新聞で、ゴッドファー様はデュランダルくんを名指しでケチョンケチョンに批難してたんだなぁ」
……俺を追放したオヤジが、なんでわざわざ新聞記事で俺をけなしたりしたんだろう?
そのことをオヤジに聞きたい気分だったが、かわりにデクノボ先生が喜々として教えてくれた。
「記者たちの取材に対し、ゴッドファー様はおっしゃってたんだなぁ。
『塔開きの儀』も『最初の試練』も『チョーカー逮捕』も、すべてブッコロ家の手柄で、デュランダルくんの手柄ではないって。
むしろデュランダルくんはインチキをして、手柄を横取りしようとしてるって。
その証拠もあるんだなぁ」
俺は思わず「そっすか」と浮かない返事を返してしまう。
その反応を、デクノボ先生はすっかり勘違いしていた。
「やっぱり図星だったんだなぁ。
デュランダルくんはブッコロ家の人間じゃないのに、ブッコロ家の人間だって必死に主張してるんだなぁ。
それがなによりの証拠だって、ゴッドファー様はおっしゃってたんだなぁ」
俺は主張してないし、さらに言えばそれのどこがインチキの証拠なんだろうか。
でも俺自身は、誰になにを言われようが構わないと思っている。
しかし、ひとつだけ腑に落ちないことがあった。
「そういうのは別にいいんですけど、オヤジのその言葉と、俺の工具がショボくなるのとなんの関係があるんですか?」
「ゴッドファー様は、俺の心の師なんだなぁ。だから俺はゴッドファー様の意思に従って、落ちこぼれに相応しい教育をしてるんだなぁ」
俺のオヤジに思いを馳せるように、ポッと頬をそめるデクノボ先生。
憧れるのは別にいいとして、やってることがメチャクチャだ。
しかしこの先生もウラマネー先生と同じで、落ちこぼれの俺の話なんか聞いちゃくれなかった。
俺は黙って足元にある工具を拾いあげようとしたのだが、その前に古新聞の記事に目が入る。
「あれ? なんで俺が……?」
新聞を広げてみると、俺の顔がデカデカと載っていた。
それだけでなく、見出しも俺の名前ばかりだった。
『今年の塔開きの儀は、バッド寮のデュランダルくんが達成!』
『たったのひとりで、しかもこれまでの記録を大幅に塗り替えました!』
『最初の試練も、デュランダルくんは圧倒的大差をつけて勝利!』
『デュランダルくんはどこまで記録を伸ばせば気が済むのか!?』
『当新聞は、デュランダルくんを千年にひとりの天才魔術師だと……』
「うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
不意に新聞の向こうから絶叫が聞こえ、新聞をバリッ! と突き破ってデクノボ先生の顔が飛び出してきた。
「こ……この弱小新聞は、ウソばっかり書いてるんだなぁ!
デュランダルくんと同じで誰からも振り向いてもらえないから、こうやってインチキをしてるんだなぁ!」
ただの新聞にそこまでムキにならなくても……と思ったのだが、デクノボ先生はますますヒートアップ。
俺の手から新聞をひったくると、ビリビリに破いて踏みつけていた。
「剣士は、強さこそがすべてなんだなぁ!
だから、最強のゴッドファー様のおっしゃってることこそが、疑いようのない真実なんだなぁ!
落ちこぼれのデュランダルくんは弱っちくて、ウソつきだから、こうやって褒めたりしちゃダメなんだなぁ!」
なにを信じるかは個人の自由だし、俺のことを信じないというのも別にいい。
だがデクノボ先生のオヤジへの盲信っぷりはちょっと異常で、俺は思わず引いてしまう。
新聞に載っている俺の真写すらも憎いらしく、念入りに引き裂いている。
しかも、風に乗って飛んでいった俺の真写すらも「逃がさないんだなぁ!」とわざわざ追いかけていく始末。
デクノボ先生は新聞の切れ端を追って、校庭の中央に走っていったのだが、そこでは盗賊科の授業の真っ最中。
「あっ!? デクノボ先生!? そこは危ないです! 今は罠の授業中で、そこには……!」
しかし怒り狂ったデクノボ先生に、まわりの制止は耳に入っていない。
次の瞬間、デクノボ先生の姿が見えなくなり、落とし穴の底から悲鳴を轟かせていた。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つでも大変ありがたいです!
ブックマークもいただけると、さらなる執筆の励みとなりますので、どうかよろしくお願いいたします!