05 魔導人形ミカン
05 魔導人形ミカン
入学手続きを終えたアイスクリンは、校門をくぐって校舎へと続く長いキャンパスを歩いていた。
周囲の生徒たちは誰もが立ち止まり、彼女の美しさに釘付けになっている。
入学してわずか数分で学園のアイドルとなってしまったアイスクリン。
その表情は凍りついた湖のようにクールだったが、内心はホットだった。
――まさかデュランく……デュランダルくんと、こんな早くに再会するだなんて……。
彼とはもう会うこともないと思って、忘れようとしていたのに……。
でも、忘れられない……。
それに彼のことを考えると、どうしてこんなに顔が熱くなるのかしら……。
……たぶんこれは、たちの悪い風邪ね。
デュラン……ダルくんが、巨大な氷の柱を出すだなんて幻覚を見るくらいだから……。
アイスクリンは心のなかで自分に言い聞かせながら歩く。
ゴミ捨て場で目撃したデュランダルの氷結魔術は、彼女のなかでは白昼夢として片付けられていた。
背後から絶叫が届き、何事かと振り返りアイスクリン。
彼女が先ほどまでいた校門には、またしても悪い夢としか思えない光景が広がっていた。
――こ……氷!? しかもあんなに大きな氷が、なんであんな所に……?
えっ……? あ……あの人は……!
ま、まさか彼が、あの氷を……!?
い、いや、いくらなんでもありえない……!
あんな大きな氷、わたしだって……いや、パパだって出せないのに……!
でゅ……デュランくんって、いったい何者なの……!?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の氷結魔術のせいで、ザガロが大変なことになってしまった。
俺は慌てて校門に駆け寄り、ザガロを引っ張りだす。
「ザガロ、大丈夫か!? かなり手加減したつもりだったんだが……! すまん、もっともっと弱くすればよかった!」
ザガロは気を失っていたので頬を叩いてやると、意識を取り戻す。
高価そうなローブはボロボロになっていたが、命に別状はないようだった。
騒ぎをききつけたのか、校舎のほうから救助隊のような人たちがやって来て、ザガロを介抱する。
「デュランダルとか言ったな……! この僕に恥をかかせてタダですむと思うなよっ……!」
タンカに乗せられたザガロは、最後に捨て台詞を残して運ばれていった。
「ヤツも新入生っぽかったけど、あの調子じゃ入学式には出られなそうだよな……。
入学早々、悪いことしちまったなぁ……。しょうがねぇ、アイツの分まで入学式に出るとするか!」
入学式は学院の敷地内にある校庭で行なわれる。
そこでは、かつての家族だった兄弟たちの姿もあった。
そういえば、オヤジからこの学院に行くように言われてたんだったな……。
妹のストームプリンの元気な姿が見られて、俺はホッとする。
そしてザガロはお城みたいな校舎の上階にある窓際にいて、ベッドの上から入学式に参加しているようだった。
元気そうでなによりだったのだが、ヤツは入学式の間じゅう、ずっと俺を睨んでいた。
入学式が終わったあとは、所属する寮の発表となる。
寮は、入学の手続きの際に記入した、志望学科によって分けられているようだった。
剣士志望なら、剣士たちが集う『ウォーリア寮』。
魔術師志望なら、魔術師たちが集う『ウィザーズ寮』といった具合に。
俺は魔術師科を選択していたのでウィザーズ寮だと思ったのだが、寮分けを発表していたダマスカス先生からは、こんなことを言われた。
「デュランダル・マギア・ブレイドくん! キミは『バッド寮』だます!
キミは剣士の格好をしているのに、魔術師科を志望しているようだますねぇ!
まさに、バッドなバット……! キミのようなコウモリ生徒にふさわしい寮だます!」
「マジかよ!? アイツ魔術師科なのかよ!? 格好は剣士のクセしてよ! ふざけんなよ、おいっ!」
「アイツはきっと剣士どもから送り込まれてきたスパイだぜ! 本当にバカなヤツだぜ!」
俺は剣士たちからも魔術師たちからも総スカン。
入学式のあとは歓迎パーティがあるはずだったのだが、俺だけは参加させてもらえずに会場から追い出されてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は台車を引きながら、学園の敷地である森のなかを歩いていた。
台車には肉や野菜が積まれているのだが、これはパーティに参加できなかったぶん、夕食用の材料として寮母さんが分けてくれたものだ。
「えーっと、地図によると『バッド寮』はたしかこのあたりだよな……」
木の幹に『バッド寮』と書かれたコウモリ型の看板を見つける。
看板はボロボロだったのだが、その奥には吸血鬼でも住んでそうな不気味な平屋があった。
そこは見るからに誰も住んでいないというか、もう何年も誰も近づいていないみたいに荒れ放題。
門戸は錆び付き、塀は色あせ、庭は草木が生えすぎて森の一部みたいになっている。
ヤブをかきわけて家まで近づき、ドアノブに手を掛ける。
……ぎぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーっ……。
悲鳴みたいな軋む音とともに開く玄関扉。
まだ昼になったばかりだというのに中は薄暗く、カビくさい。
壁紙は剥げ落ち、天井や床にはところどころ穴が開いている。
外からの光が廊下に差し込むと、渦のようにホコリが舞い上がり、黒い虫みたいなのが一斉に逃げていった。
「こ……ここで暮らせってのかよ……」
もう誰もいないのはわかっていたので、俺は挨拶もせずに家の中に足を踏み入れる。
空気が悪すぎるので、とりあえず手当たり次第に窓を開けて換気をした。
「寮っていうより完全な一軒家だな。もしかして森番の住まいだったのかな?」
暮らすのに必要な部屋はひととおり揃っている。
家具や家財なども残されていて、掃除さえすれば使えそうだった。
「クローゼットもあるな、どれどれ……うおっ!?」
俺は寝室にあったクローゼットを開いて、心臓が飛び出るかと思うほどに驚いていた。
そこにはなんと、小さな女の子が眠っていたんだ……!
おかっぱ頭にメイドの格好をしており、顔は純朴そうでとても可愛らしい。
しかし顔に血の気がなく、まるで氷漬けになっているかのようだった。
「こんな場所にある死体にしちゃ、キレイすぎねぇか……?」
俺は不審に思い、少女の頬を触ってみる。
ホコリの貼り付いた肌は、陶磁器のような感触だった。
「コイツはもしかして、魔導人形か……!?」
『魔導人形』。魔導装置の一種だが、高度な魔術の粋によって作られたものだという。
魔導装置のなかでももっとも希少とされ、ごく一部の王族か富豪くらいしか所有していないらしい。
「いくらなんでもこんな所に魔導人形があるわけないよな。
たぶんこれは魔導人形を模した、ただの人形だろう」
でも万が一ということもあるから、起動の術式を唱えてみようかな……。
俺はダメもとでやってみることにした。
「たしか魔導装置の起動には、装置の名前が必要なんだよな。
どこかに名前が書いてないかな?」
その名前はすぐに見つかる。
少女は犬の首輪のようなものをしており、そこに付けられていたネームプレートには『ミカン』とあった。
「ミカンか、いい名前だな。ちょっと待ってろよ、えーっと、起動の術式はたしか、俺の名前もいるんだよな。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ デュランダル
筐裡の第二節に ・ 依代せよ ・ ミカン」
これで下準備は完了だ。
俺はいよいよ起動の術式を唱えた。
「覚醒せよ《アウェイラ》 ・ 筐裡の第一節の ・ 名において ・ 其は ・ 筐裡の第二節なり」
瞬間、少女の胸のブローチがほんのりとした輝きを持つ。
それは、命の灯が再び灯されたかのような、あたたかい光だった。
顔は血色を取り戻し、桜の花びらのような瞼がゆっくりと開く。
奥にある瞳は澄みきっており、俺の顔が映り込むほどだった。
彼女はしばらの間、殻をやぶったばかりの雛鳥のように、目をぱちくりさせていた。
しかしやがて小さな唇を、ほころばせるように開く。
「ご主人さま……どうぞ、なんなりとお申し付けくださいです……」