49 ショートキャスト
49 ショートキャスト
シュートを決めた時以上の静寂が、コートを包む。
まわりにいたヤツらはさんざん興奮しすぎたあまり、のぼせたようになっていた。
「ゆ……夢だよね、これって……?」
「う……うん、夢に違いないよ……」
「だって……フローレンス様は、スポーツ万能なだけじゃなくて、すごい攻撃魔術の使い手だもん……」
「それを……スポーツでも魔術でも……ボッコボコにできる生徒だなんて……現実にいるわけないもん……」
「しかも相手は……新入生のうえに……落ちこぼれのバッド寮だったんだよ……」
「そうそう……フローレンス様には手も握らせなかったアイスクリン様が、ああやって落ちこぼれに抱きついてるんだよ……
「あれが夢じゃなかったら、なにが本当だっていうの……」
夢うつつの観客たち。
俺はそれよりも、腕のなかで震えているクリンのことが気になっていた。
「怖かったか? でも、もう大丈夫だぞ」
と、俺はいつものクセでクリンの頭を撫でてやろうとしたのだが、その寸前でバシッと弾き返されてしまった。
彼女はうつむいたまま俺を突き飛ばし、キッと顔をあげる。
そこには、怯えではなく怒りに震える顔があった。
クリンは今朝からずっと俺に不快感を示していて、極寒の瞳を俺に向けていた。
しかしいまは、業火のような炎を瞳に宿している。
同じ怒っていても、いままでとは違う。
頭から湯気を出しそうなほどの、憤怒であった。
「最っ低っ……! 二度と、その名前を口にしないで……!」
「え? なにいってんだ?」
「大っ嫌い……! あなたも、あの女も……!」
俺は呪文を唱えただけなのに、クリンは女とか言いだした。
そしてミカンはなぜか申し訳なさそうにしている。
「お姫様は、ミカンのことがお嫌いなのですね……」
「そうなのか? ミカンを嫌う要素なんてないだろ」
「だってミカンは、お姫様の王子様を酷い目に遭わせてしまったのです……」
俺はストンと合点がいった。
「なるほど、そういうことだったのか。でも聞いてくれ、クリン。あれはわざとじゃなくて……」
しかしクリンは爆発寸前の火薬のように真っ赤になっていた。
口から炎を吐き散らしたいのをガマンする女王竜のように、プルプル震えながら俺たちに背を向ける。
なんだかよくわからないが、これだけはわかる。
クリンはミカンが嫌いではないということと、俺のことはよりいっそう嫌いになったということだ。
あそこまで激怒されるとさすがに気になるが、それよりも俺の気持ちは新しい魔術のほうに向いていた。
試合の最中、俺が使った魔術は空を飛ぶ術式じゃない。
空を飛ぶ術式は高度の指定の仕方がまだよくわからず、高度の指定をしないとかなり高く飛んでしまうんだ。
バスケットのゴールどころか遥か上空に行ってしまうので、魔導バスケットボールで使うのには適さない。
だから俺は試合中、いちかばちかで『シャーベラ』、すなわち空気砲を放つ魔術を使ってみた。
その力を手からではなく、足の裏から放出させてみたんだが、思った以上の成果を得られた。
「これはもう『呪文化』しておくしかないよな」
俺は人気がなくなり、隣にミカンだけになったバスケットコートの中で術式を組んだ。
「我が ・ 喚声を ・ 呪文化せよ …… 胎動。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ シャーベラ。
變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に。
奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 不踏より……」
これでいいはずだ。あとは名前を付けるだけだが、なんにしようかな……。
「産声をあげよ ・ 其は ・ ダッシュ ……!」
……オギャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
新しい魔術『ダッシュ』が産声をあげた瞬間だった。
ベースはシャーベラから貰ったものだが、俺にとっては初めてのオリジナルの魔術。
入門書のマネをしていた俺が、ついにオリジナルの魔術まで……!
その事実は俺に、ひしひしとした喜びを与えてくれるものであった。
「ご主人さま、なにをニヤニヤしているのですか? いいことでもあったのですか?」
ミカンからそう突っ込まれてしまうほどに、俺は頬が緩むのを禁じ得なかった。
そして不意に、目の前にうっすら光る板状のものが浮かび上がる。
『原初魔法に、新しいスキルが増えました!』
そのステータスウインドウには、さらなる嬉しい知らせがあった。
俺ははやる気持ちを抑えつつ、スキルウインドウを開いてみる。
原初魔法
デュアルマジック
ショートキャスト
登録呪文
アイスクリンレベル1 アイスクリンレベル2 アイスクリンレベル3
ザガロレベル1 ザガロレベル2 ザガロレベル3
グラシアレベル1 グラシアレベル2 グラシアレベル3
シャーベラレベル1 シャーベラレベル2 シャーベラレベル3
ダッシュレベル1 ダッシュレベル2 ダッシュレベル3
「新しく増えたのは『ショートキャスト』か」
「ご主人さま、さっきからなにをしているですか? ミカンへのおしおきでも考えているですか?」
俺がなにをしているのか気になってしょうがない様子のミカンをなだめつつ、『ショートキャスト』の項目に触れてみると、説明ウインドウが現われた。
ショートキャスト
登録呪文を短縮して詠唱しても効果を得られる。
ただし威力や対象の指定はできなくなる。
「短縮できるってことは、より早く呪文を撃ちたいときに役に立つかもしれないな」
魔術を学び始めてから知ったのだが、魔術において重要な要素のひとつに、詠唱の速さというのがある。
より速く詠唱を終えることができれば、それだけ速く敵に攻撃することができるからだ。
それに速く唱え終えられるほうが、詠唱の最中に邪魔される確率も減る。
でも、ただ速く唱えればいいってもんじゃない。
呪文というのはハッキリ正確に発音しなくては、効果が減衰したり、最悪効果が発動しないこともあるんだ。
しかしこの『ショートキャスト』は短縮での詠唱を可能にしてくれるスキルらしい。
ちなみにではあるが、俺が初めて呪文化をやったときに、短い名前で登録するのも試してみたことがある。
たとえば『アイスクリン』の呪文なら、『クリン』といった具合に。
「でも短すぎる名前のものは呪文化できないらしく、失敗に終わったんだよな。
だけどこのスキルがあれば、もしかしたら……!?」
さっそく試してみようとしたのだが、背後から怒声が迫ってくる。
いちはやく振り返ったミカンは「わぁ!?」と飛び上がっていた。
「よ……よくもよくも……よくもぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!」
それは、さっきまで金網で磔になっていたフローレンスだった。
褒めそやされていた顔は見る影もなく、鼻血に加え、涙と鼻水で顔をグシャグシャにしている。
きらびやかな衣装は、哀れなほどに汚れていた。
まるで全財産を失い、すっかり落ちぶれた舞台役者のようなフローレンス。
テニスラケットを武器に、俺に殴り掛かってきていた。
俺はサッと手をかざし、「クリンっ!」と叫ぶ。
するとそれだけで、俺の手からは無数のツララが射出される。
直撃は可哀想だと思ったので、衣装のヒラヒラを狙う。
ツララはフリンジのついた袖や裾を貫き、来たばかりのフローレンスを押し戻した。
「そっ……そんなぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?」
フローレンスは両手両足を大の字に開いたまま、さっきまでいたコートの端まで引きずられていく。
そのまま同じ金網に、解剖されるカエルのようにツララで磔にされていた。
「なっ、なんだこれは!? なっ、なんだいまのは!?
はっ……はなせっ! はなせぇぇぇぇぇーーーーーーっ!?!?!」
半狂乱になったフローレンスは、これから処刑される罪人のように、うんうんともがいている。
説明するのも面倒だし、助けてやるのも面倒だったので、そのまま放っておくことにした。
「面白かった!」「続きが気になる!」と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価お願いいたします!
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つでも大変ありがたいです!
ブックマークもいただけると、さらなる執筆の励みとなりますので、どうかよろしくお願いいたします!












