46 スーパーディフェンダーミカン
46 スーパーディフェンダーミカン
グラシアは図書委員で、朝の当番があるらしく、俺たちにぺこぺこ頭を下げたあと、逃げるように走り去っていった。
「グラシア様は逃げたがりなのです。経験値をいっぱいもってるスライムみたいなのです」
独特な感想を漏らすミカンといっしょに通学路を歩いていると、途中にあるバスケットコートで多くの人だかりができているのを見つけた。
なんだろうと思って覗いてみると、2対2のバスケットボールの試合の真っ最中。
なかでもひとりの男子生徒が大活躍していて、シュートを何本も決めている。
そのたびに、女生徒たちからの黄色い声援が沸き起こっていた。
「きゃーっ! フローレンスさまーっ!」
「すごいすごい! 相手は魔導バスケットボール部なのに、まるで相手になってないわ!」
「魔導テニスだけじゃなくて魔導バスケットボールもお得意だなんて、完璧すぎるお方ね!」
俺は魔導バスケットボールを見るのは初めてだったので、どれどれと観戦してみる。
金網に張りつくようにして応援している女生徒たちの隣に並ぶと、彼女たちはよそ者が来たみたいな目で、俺をじっと見た。
よく見るとその女生徒たちは、さっきグラシアを取り囲んでいた女生徒たち。
彼女たちは俺を横目を向けながらヒソヒソ話をしたかと思うと、やがてコートに向かって声を揃えた。
「フローレンスさまーっ! ここにいるデュランダルが、フローレンス様なんてたいしたことないって言ってますーっ!」
「そんなこと言ってな……」
俺の抗議はヤジ馬たちの罵声にかき消され、よってたかってミカンとともにバスケットコートの中に入れられてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「キミがデュランダルくんか、噂はいろいろ聞いているよ。まあ、僕ほどではないけどね」
フローレンスと呼ばれた先輩は、長身でスマート、舞台役者のようなキンキラの服装。
中性的な顔立ちで、長い髪を舞台の演技みたいに大げさな仕草でかきあげている。
それだけで、女生徒たちからの喝采を浴びていた。
「デュランダルくん、キミはバッド寮の落ちこぼれなのに強がって、上級生にケンカを売り、不正な手段で勝利を手にしているらしいね。
強がって可愛いのはレディだけで、男がやっても滑稽なだけだよ。
それに男の不正ほど、汚くて醜いものはないよ、特にキミのような落ちこぼれのは、ね」
「あの、俺はなにも言ってないんだけど。それに、お前とケンカする気もない」
しかし、フローレンスはまったく聞く耳を持たない。
まるで俺の声が、舞台下からの空気の読めないヤジであるかのように。
「そんなに魔導バスケットボールに自信があるのなら、僕とひと勝負といこうじゃないか」
俺は実家にいた頃、剣士たちのスポーツである、剛力バスケットボールならさんざんやらされてきた。
でも魔術師のスポーツは、ついさっき見たのが初めてだった。
「いや、俺はやったことないから……」と断ったのだが、
「望むところなのです!」
俺の隣にいたミカンが、しゅばっと諸手を挙げた。
「スーパーディフェンダーミカンと呼ばれたミカンと、魔導バスケットボールのかみさまと呼ばれたご主人さまがお相手するのです!」
「おいおい、俺がいつバスケットボールの神様なんて呼ばれてたよ」
しかし俺だけ別次元にいるかのように、俺の声はふたりには届いていない。
「ふふ、たいしたコンビだね。それじゃあ2オン2での勝負といこうか。
男女混合だから、僕のパートナーになりたいレディを募集するとしよう」
すると、周囲の金網に詰めかけた女生徒たちが、「はーい!」と一斉に手を挙げる。
しかし、ひとりの女生徒がすさまじいオーラとともに、無言でコートに入ってきていた。
それは他でもない、クリンであった。
さっき通学路であった時からクリンはツンツンしていたが、いまや氷の刃のような視線で俺を睨みつけている。
なぜそんなに怒っているのか理解不能だったが、それでも話が通じそうなヤツが現われたので俺はホッとした。
「助かったよ、お前からみんなに言ってやってくれ、俺は魔導バスケットボールをやったことがないんだ」
「わたしがパートナーになるわ。あなたみたいなデタラメな人を、これ以上のさばらせておくにはいかないから」
「おいおい、お前も俺の話を……」
「うん、僕の婚約者でもあり、『氷菓姫』と呼ばれたアイスクリンさんなら、『薔薇王子』と呼ばれたこの僕のパートナーに申し分ないね」
クリンの婚約者って、ザガロだけじゃなかったのか。
なんてどうでもいい事を考えているうちに、話はどんどん進んでいく。
「こちらも文句なしなのです! お姫様と王子様なら、相手に不足はないのです!」
勝手に対決ムードを高めていく、フローレンス、アイスクリン、そしてミカン。
俺も当事者のひとりのはずなのに、すっかり蚊帳の外だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
なし崩し的に、俺は魔導バスケットボール対決をやるハメになってしまった。
フローレンスは立てた人さし指の上でボールを回転させながら、俺たちに言う。
「授業まで時間があまりないから、3点先取したほうが勝ちということにしようか。
でもそれだと一瞬で終わっちゃうから、ハンデキャップとして、僕は下級魔術を封印しよう」
「下級魔術ってなんだ?」
尋ね返すと、フローレンスは呆れながらも教えてくれた。
アイスクリンの『皎々たる雹薔薇』や、ザガロの『逆鱗咆哮弾』が上級魔術の部類に入るらしい。
下級魔術というのは、それよりも威力の低い魔術となる。
あれよりまだ下があるのかと、俺は驚いていたのだが、フローレンスは俺の反応を勘違いしていた。
「なーに、そんなに驚くことじゃないさ。さっきの試合でも、僕はいっさい下級魔術を使わなかったしね」
魔導バスケットボールは、下級魔術なら試合中に使っていいことになっているらしい。
ただ触媒として持ち込めるのは杖だけで、ホウキとかはダメだそうだ。
フローレンスのルール説明は続く。
「そして僕は相手がレディの場合に限り、ボディタッチもオッケーにしているんだ。
ミカンくんは、試合中に好きなだけ僕に抱きついていいよ」
周囲の女生徒たちから「いーなぁー!」と羨ましがる声がする。
「ただしデュランダルくん、キミはダメだ。キミみたいな落ちこぼれに指一本でも触れられると、この薔薇が枯れてしまうからね」
よく見ると、フローレンスは胸に一輪の薔薇を差していた。
「そしてアイスクリンくんにはご褒美として、試合が終わったらこの薔薇をプレゼントしよう。花言葉とともに、ね」
クリンにウインクするフローレンス、周囲の女生徒たちの羨望は頂点に達していた。
しかしクリンはこのコートに入ってからというもの、ずっと俺だけを睨み続け、フローレンスはチラ見すらもしていない。
いったいなにが彼女をそうさせるのか、俺にはわからなかった。
でもルール説明は終わり、試合開始となる。
俺がセンターサークルの中に入り、フローレンスと対峙する。
フローレンスの背中ごしに、刺すような視線のクリン。
ちなみにミカンは俺の背後、自軍のゴール下に控えている。
試合開始のホイッスルと同時に、審判が投げ上げたボールを、フローレンスは跳躍してキャッチした。
俺はルールがよくわからなかったので、棒立ちのままその様子を見る。
「試合開始のやり方からして、剛力バスケットボールとはぜんぜん違うな」
そうひとりごちている合間にフローレンスは着地、俺の横をすり抜けるようにしてゴールに一直線。
「ボディタッチはダメだって言ってたから、やっぱり体当たりとかもナシだよな」
他人事のように眺めていると、フローレンスはミカンを抜き去り一気にゴールへと迫った。
余裕で髪をかきあげ、シュート体勢に入る。
「これで、終わりだ……!
キミたちには魔導バスケットの神様がついているのかもしれないけど、あいにく僕は魔導バスケットの女神と毎朝のようにキスしてるからね……!」
フローレンスがキザったらしい台詞とともに、決勝の3ポイントシュートを放とうとしていた、その時。
後ろから追いすがっていたミカンは、躓いて転んでびたーんとなっていた。
しかもちょうど伸ばしていた手が、運悪くフローレンスの足首をガッと掴んでしまい……。
フローレンスそのまま、引きずり倒されるように……。
「ふっ……ふぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
びたーーーーーーーーーんっ!!
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