44 デュランのナデナデ
44 デュランのナデナデ
俺はてっきり、タオルを取りに浴室を出ていったミカンが戻ってきて、そのタオルで背中をごしごししてくれているのだと思っていた。
その予想はおおよそ1割くらいしか当たっていなかった。
俺の背後にいたのは妹のプリンで、しかも生まれたままの格好。
バスタオルすら巻いておらず、申し訳程度に身体に泡をまとわせていた。
その姿は直視するにはあまりにも刺激的で、俺はとっさに目をそらしてしまう。
股間を押え、湯船に飛びこんでいた。
「な、なんでお前がここに!?」
するとプリンは悪びれもせず、「どこにいようとあーしの勝手だし」
「勝手じゃねぇよ! ここは俺の家だぞ!?」
「ちげーし、ここは寮で、デュランの家じゃないし」
「そんなことはどうでもいいんだよ! 風呂にまで入ってくるだなんて、なに考えてんだ!?」
「追い出したければ力ずくで追い出せばいいし。実家じゃそうだったっしょ?」
プリンは挑発的に鼻で笑いながら立ち上がり、湯船に近づいてきた。
「あーしは弱っちいデュランの指図なんか受けないし」
太ももを高らかにあげたプリンは、湯船の縁をおおきく跨ぎこえるようにして、俺の前にざぶんと脚を沈める。
俺は離れようとしたが、後ろからガッと抱きすくめられてしまった。
「昼間の続きをするし」
「や……やめろって! 昼間は服を着てたけど、今は……!」
今はマシュマロのような柔らかさに加え、しっとりとした感触が肌に吸い付いてきて、背中が大変なことになっている。
振りほどこうにもプリンの力は万力のようでびくともしない。
俺の身体はどんどん熱くなっていって、もうのぼせる寸前だった。
なにがそんなにおかしいのか、プリンはケラケラ笑っている。
「あはは、デュランってば恥ずかしいの? 顔、超真っ赤っかだし。
ほらほら、もっと力を入れないと大変なことになっちゃうし。
このままのぼせちゃったら、もっといいようにされちゃうよぉ~?
もっと恥ずかしい目にあっちゃうよぉ~?」
「や……やめろ、プリンっ! いい加減にしないと怒るぞ!」
「へぇ、怒ったらなにするんだし? ここは家の中だから空も飛べないし」
「く……くそっ!」
「んふふ、っていうかなんで怒るし? 実家にいた頃はこうやって、一緒にお風呂に入ってたし」
「それは小さい頃の話だろ!? こんなに大きくなった妹と風呂に入るなんておかしいだろ!」
プリンはそれまでご機嫌だったのに、急に不機嫌になる。
腕に力をこめ、ベアハッグのように俺の身体を締め付けてきた。
「家を追い出されたから、デュランはもう兄貴じゃねーし!
こんな弱っちい兄貴、いないほうがせいせいするし!」
「いてててて!? だったらなんで俺にチョッカイをかけてくるんだよ!?」
「うるせーし! そんなに兄貴ヅラしたいんだったら、あーしが考えてることを当ててみせるし!」
「な……なんだと!?」
「あーしがいま考えてることを当ててみせたら、今日のところは許してあげるし!
でもハズレたら、二度と兄貴ヅラなんかやめて、あーしの言いなりになるし!」
「なに言ってんだよお前!?」
兄貴としては失格かもしれないが、わかるはずもない。
だって、この学院で再会してからというもの、プリンの奇行はさらに酷くなっているような気がするからだ。
バイト先で絡んでくるわ、風呂には勝手に入ってくるわ、しかもいきなり抱きついてくる妹の考えてることなんてわかるはずがない。
「ムチャ言うなよ」と言いかけた言葉を、俺は飲み込む。
プリンに背を向けたまま、浴室の壁に向かって手をかざした。
「グラシア、レベル1っ!」
手から放射状の光が放たれ、長方形を横にした形の光が壁に投影される。
その中に映し出されているものを目にした途端、プリンは「へっ?」と虚を突かれたような声をあげていた。
「こ……これ、なんだし? なんで、あーしが……?」
湯けむりの向こうには、もうひとりのプリンがいた。
どうやら今朝の様子のようで、彼女は庭のような場所にいる。。
見覚えがある風景だと思ったら、それはバッド寮の家の外にある森だった。
プリンは忍び足でバッド寮に近づいていくと、朝露に濡れるやぶの中にまぎれる。
折り重なる木々の向こうから、寮の部屋を覗き込んでいた。
窓の向こうには、朝食の準備をしている俺とミカンの姿が。
今朝はミカンが皿を割らずに食卓まで運べたので、褒めてやっているとこだった。
俺になでなでされるミカンは、甘える猫みたいに俺の手に頭をこすりつけている。
それは傍から見ればほのぼのした光景だったのだが、プリンはなぜか巻き毛が浮き上がるほどに激怒。
肩から提げていたバスケットを地面に叩きつけると、料理が飛び出す。
地団駄を踏むように、それらをぐちゃぐちゃに踏み砕いていた。
『あっ、あのナデナデは、あーしだけのもんだし!
デュランにナデナデされるのは、あーしだけなのに!
それなのに! それなのにっ! なんで! なんでなんでなんでっ!
なんでデュランはっ! あんなガキんちょにっ! あーしのっ! あーしのナデナデをっ!』
ひときわ高く振り上げた片脚をズドンと地面に叩きつけると、憤怒を爆発させるかのように空に向かって吠えていた。
『デュランの……バカヤロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
そこまで見終えた俺は、開いていた手をグーにして投影を遮る。
熱い湯の中にいるというのに、プリンは震えていた。
「な……なんで……? なんで今朝のあーしが、あんなところに……?」
プリンは驚愕するあまり、腕の力がすっかり緩みきっている。
つい数分前なら、いまがチャンスだとばかりに逃げ出していたところだが……。
今は、プリンと向き合っている。
俺の視線に気付いた彼女は、迷子のように視線をさまよわせていた。
「えっ……? えっえっえっ? デュラン……これ、どういうことだし……?」
「悪かったな」
「えっ?」
「お前がそんなに、俺のことを思ってくれてただなんて……」
俺は、プリンの頭に手を置く。
そのまま慈しむように、頭を撫でてやる。
するとプリンはそれだけで、「ふわぁ……」とろけるような表情になった。
「デュランの、ナデナデ……」
「家の外に、毎朝のようにゴミが散らばってたから何かと思ってたんだが……。
まさかプリン、お前だったとはな……。遠慮せずに、入ってくればよかったのに。
これからは、いつでも寮に来ていいからな。朝飯もいっしょに食おう。風呂にだって、好きなだけ入るといい。
なんだったらいっしょに暮らそう」
プリンは夢見心地になっていた。
「ほ……本当に……? 本当に、いいんだし……?」
「ああ、もちろんだ」
微笑み返してやると、プリンはとうとう瞳を潤ませるほどに大感激。
「ああっ……! デュランはやっと、あーしのことを……!」
「当たり前だろ。だってお前は俺にとって、たったひとりのかけがえのない存在なんだから。
ずっとそう思ってたんだが、気付かなかったか?」
「う……嬉しい……! デュラン……! デュラン……!」
「反省してる。思いはちゃんと言葉にしないと伝わらないってことを。
だから、今こそハッキリ言うよ。母親は違えど、俺にとってお前は、大切な妹だと……!」
「ふっっっざけんなしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
いきなり、ドラゴンの咆哮かと思うような激声を浴びせられ、俺は思わずのけぞってしまう。
プリンは力任せに俺の手を払いのけ、それどころから俺を突き飛ばし、そのまま湯船から出ていこうとする。
去り際に振り返り「死ね、バカデュラン!」といつもの捨て台詞を吐いていくのも忘れない。
「っていうか明日までに死ね! 午前と午後、2回に分けて死ねっ! このガチバカデュランっ!」
ここまでのキレっぷりは初めてだったので、俺はわけのわからなさのあまり、燃え尽きたかのように頭のなかまで真っ白になってしまう。
……ちなみにだが、ミカンが戻ってきたのはそれからしばらくしてからのこと。
幼いメイドはどこまでタオルを探しに行っていたのか、土人形かと思うほどに泥まみれになっていた。
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