42 お風呂で魔法
42 お風呂で魔法
ラーグ牛を熟成させる魔術を使ったおかげで、俺は自力では立ち上がることもできなくなるほどに疲弊する。
店のみんなは心配してくれたんだけど、
「少し休めば治るよ。それよりも、そろそろステーキコンテストなんだろ? がんばれよ」
みんなはステーキコンテストのために出て行ったんだけど、おかみさんは去り際に、牛肉とキャベツをくれる。
それからしばらく店で休ませてもらってようやく動けるようになったので、俺はバッド寮のある夜の森を歩いていた。
『白き塔』のそびえる方角は、パーティの真っ最中のようで、賑やかな声が聞こえてくる。
「コンテスト、うまくいくといいな」
みんなの成功を祈りながら家の前まで来ると、元気な声が聞こえてきた。
「おかえりなさいです! ご主人さま!」
ミカンは飼い主の帰りを待ち望んでいた犬みたいに門から飛び出してきて、俺にひしっと抱きついてくる。
「ああ、ただいま、ミカン」
俺はミカンを撫でながら家へと戻ろうとしたが、ミカンは俺の腹に顔を埋めたまま、足を突っ張ってつっかえ棒のようになる。
なんとかして俺を家に入れまいと、踏ん張っているようだった。
なんだかデジャヴのような光景に、俺はすぐに察する。
「おいおい、またなにか……」
尋ねかけて、ミカンの髪の毛が泥にまみれているのに気付く。
暗くてよく見えなかったが、モグラといい勝負ってくらいの泥だらけだった。
「どうしたんだ? 穴でも掘ったのか?」
ミカンは俺の腹に顔を埋めたまま、くぐもった声で答える。
「ごはんが、もらえなかったのです……」
「どういうことだ?」
「いつものように、ミカンは寮母さんのところに、ごはんをもらいにいったのです……」
他の寮は寮母さんが食事を作ってくれるらしいが、バッド寮には寮母さんがいない。
だから食材だけは寮母さんからもらえることになっているのだが、それを取りに行くのはミカンの仕事になっていた。
「でもへんな先生がやってきて、もうごはんはあげないって言われたのです……」
へんな先生という説明で、思い当たる人物はひとりしかいない。
「もしかしてその先生は、語尾に『だます』とか言ってなかったか?」
「ど、どうしてわかったのです? ご主人さまは、かみさまなのです?」
「いや、神様じゃなくてもわかるさ」
まったく……次は兵糧攻めか……。
ダマスカス先生は、本当に俺のことが嫌いらしいな……。
明日も学校だけど、なにをされるのやら……。
俺はこの時知らなかったんだ。
まさかダマスカス先生がいなくなるだなんて。
そんなことより俺は、ミカンの汚れっぷりの理由を察した。
「もしかして、この森で食べられそうなものを探してくれてたのか?」
するとミカンは、ハッ!? と、イタズラがバレた猫のような表情の顔をあげる。
案の定、その顔も鉢植えを倒した猫のように泥まみれだった。
「ど……どうしてわかったのです!? いま台所は、殺人モグラさんが暴れていったような有様だと……!?」
なんだかよくわからないが、相当ヤバい状況だというのはわかった。
例によってミカンは瞳をうるうるさせはじめたので、俺はその頭を撫でてやる。
「殺人モグラは知らないが、とりあえず台所に行こう、なっ」
台所に行ってみると、たしかに殺人すらできそうなモグラが大暴れしたような有様になっていた。
床には、掘り返された後のような土が積み上がっていて、その上には雑草や木の実、キノコが散らばっている。
ミカンは小柄で華奢なのに、いったいどうやってこれだけの量の土を持ち込んだのか不思議になるくらいだった。
叱られるのを待つようなミカンが、おそるおそる尋ねてくる。
「あの……ご主人さまが持っているのは、なんなのです?」
俺は小脇に新聞包みを抱えていた。
「ああ、これは肉とキャベツだよ。だから今日の夕食は心配しなくていい」
するとミカンは、空からお菓子が降ってきた子供のように目を丸くする。
「ご……ご主人さまは、ごはんがもらえなくなることを、わかっていたのです……?
す、すごいのです! なんでもお見通しだなんて、ご主人さまはやっぱりかみさまなのです!」
「いや、これは偶然だよ」と言ったのだが、ミカンは大興奮。
でもこれで元気になってくれるのなら良かった、と思ったのだが、またすぐにしょげてしまった。
「それに比べて、ミカンは役立たずなのです……。スクラップにされてしまうのです……」
「そんなことはないさ、ほら、これを見ろ」
俺はしゃがみこんで、雑草の束をつまみあげる。
「ミカンはちゃんと、食べ物を見つけたんだ。
ほら、こっちはノビルで、こっちがクレソン。サラダにするとうまいんだぞ」
「……ご主人さまは、たべられる草をごぞんじなのです?」
「ああ、実家にいた頃はロクにメシを食わせてもらえなかったから、しょっちゅう草を食べてた。
付け合わせがキャベツだけだと寂しいと思ってたから、ちょうどよかったよ、ありがとうな」
「ううっ……! やっぱり……ご主人さまは、ぜったいにかみさまなのです……!
かみさま……かみさまぁぁぁぁ~~~~っ!!」
ミカンは神を見つけた天使のように飛んできて、俺に抱きついた。
それで俺は、いいことを思いつく。
「あ、そうだ。せっかくだから、メシの前に風呂に入るとするか。ミカンは水は平気か?」
「は……はいです! ミカンは水陸両用なのです!」
「よし、じゃあここを軽く片付けたら風呂にしよう」
「かしこまりなのです!」
そういえば俺は、実家を出てからいちども風呂に入ってなかった。
実家ではめったに風呂に入らせてもらえなかったんだけど、この寮には自由に使える風呂場がある。
風呂場に行ってみると、大家族が余裕で入れそうなほどに大きな浴槽があった。
裏庭にあるポンプを動かすと、浴槽に井戸水が流れ込む仕組みになっているらしい。
それで浴槽に水を張ったあと、ミカンが見せ場を作るように袖捲りをした。
「ではでは、お風呂を沸かしてくるのです! ご主人さまは、お湯加減を見ていてくださいです!」
「ちょっと待て、いまから沸かしてたら、真夜中になっちまうぞ」
「でもでも、沸かさないとお風呂には入れないのです! あっ、水風呂に入るのです?」
「夏だったら水風呂もいいんだけどな。それよりも、ラクに沸かす方法があれば……」
俺は当然のように、頭のなかで使えない術式がないか探す。
「ダメ元でやってみるか」と、浴槽の水に手を付けて「ザガロ、レベル1!」と宣言。
しかし水の中では炎の魔術は発動しないようで、なにも起らなかった。
「風呂を沸かすには火が必要だが、でも水の中ではザガロは使えない。
理由としてはおそらく、水の中には空気が無いからだろう。
空気……どこかに空気があれば……」
俺は絶対記憶で覚えた脳内映像を巻戻し、過去へとさかのぼる。
そして意外にも間近な体験で、空気があるのを見つけた。
「あった……! 空気! さっそく術式に組み込もう!」
それは、シャーベラとの戦い。
彼女は目にも止まらぬ速さの突きを放ち、剣圧を空気の散弾としていた。
「そのときの音を力に変換して……『シャーベラ』で呪文化すれば……!」
それはすぐにできた。
俺は風呂場の窓に向かって手をかざし、叫ぶ。
「シャーベラ、レベル1っ!」
……シュパッ!
俺の手のひらが触れていた空間が歪み、そのまま空を切り裂くように勢いよく発射される。
水の中を突き抜ける矢弾のようなそれは裏庭の木に命中、ウロが増えたような大穴を開けていた。
それを傍で見ていたミカンは「も……もはや完璧に、かみさまなのです……!」と口をあんぐり。
これは俺にとってはすでに見慣れた結果だったので、特に驚きもなかったのだが……。
この俺も、ビックリする出来事がおこる。
ステータスウインドウが浮かび上がったかと思うと、いままでに見たことのないものが表示されたんだ。
『原初魔法が、あなたのスキルとなりました!』
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