40 またしてもあの少年
40 またしてもあの少年
『塔開きの儀 ステーキコンテスト』は、この国においてもっとも権威があるとされる、料理の祭典である。
その結果は新聞にて大々的に報じられ、グランプリを獲った店は大行列が作られるという。
しかし今日、その長きにわたる歴史を覆すような、ありえない事態が起っていた。
なんと、ずっとかませ犬とされていたトップバッターの店のステーキを、審査員である賢者たちが吐き捨てなかったのだ。
それどころか、ハラペコの野良犬のように、猛然と食らっていた。
「う……うまい! うますぎるっ!」
「こ……こんなうまいステーキが、まだこの世界にあっただなんて!」
「柔らかいのに歯応えはちゃんとあり、噛んでいるだけで楽しい! まるで歯が喜んでいるかのようだ!」
「食感もバツグンなのに、旨味のほうはさらにとんでもないぞ! 最高級の牛肉ですら霞むほどのうまさだ!」
「副菜のキャベツサラダも最高だ! ひと口ごとに、パリパリとサクサクのハーモニーが奏でられる!」
「ああっ、なんということだ! ステーキとサラダ、異なる食感と味が楽しめて、いくらでも食べられるっ!」
審査員は10人いるのだが、その10人が同時にステーキとサラダを完食。
食べ盛りの子供のように「おかわりっ!」と、ステーキ皿とサラダの器を差し出していた。
司会進行役のダマスカスはすっかり呆気に取られていたが、そのおかわりコールにハッとなる。
『だ、ダメだます! おかわりは1回につき10ポイントが入ってしまうだます!
し、しかも賢者様全員がおかわりしちゃったら、200ポイント……!
いきなり過去最高得点になってしまうだます!』
コンテストなのだからルール的にはなんの問題もないと思うのだが、コンテストの伝統として、かませの店は0ポイントという暗黙の了解があった。
賢者たちはステーキの美味しさに我を忘れていたのだが、ダマスカスに制されてようやく、自分がとんでもないことをしていたことに気付く。
「し……しまった……! ひと口食べたら、吐き出さなくてはならなかったのに……!」
「あまりにも美味しすぎて、つ、つい……!」
「や、やっぱり、おかわりは無しで……」
しかし、ひとりの賢者だけはなおも、「おかわりっ!」を主張。
驚く他の賢者たちに向かって、こう言ってのけたのだ。
「今回優勝する店のステーキを、それ以上におかわりすればいいだけではないか!」
そう。『塔開きの儀 ステーキコンテスト』は、コンテストの体をなしてはいるが、完全なる出来レース。
毎年、審査員たちの持ち回りで、彼らの息がかかっている店が優勝することが決まっていたのだ。
どうしようもないほどのインチキっぷりであるが、ステーキ食べたさに、もはや彼らはそれを隠そうともしていなかった。
「そういえばそうだな! 1位にする店をそれ以上に食べればいいだけではないか! こっちもおかわりだ!」
賢者たちはとうとう、禁断の領域に足を踏み入れてしまう。
『剣の舞亭』の面々が、新しいステーキをよそったのだが、彼らはわんこそばのように即座に完食してしまった。
「おかわりだ! おかわり!」「こっちもだ!」「おい、早くしろ!」
もはや審査員席はコンテストというよりフードファイトの大会のような有様だった。
ダマスカスは右往左往。
『ぎええっ!? だ、ダメだます! そんなにおかわりしちゃ! ああっ、また10ポイント!?
やめるだます! やめるだますぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!!』
スコアボードは1回のおかわりしか想定されていないので、最大で200ポイントまでしかカウントできない。
すでに手作りのボードが継ぎ足され、その数値はすでに1万を越えていた。
ダマスカスはまるで、黄金が鉄クズになっている真っ最中であるかのように半狂乱。
賢者たちはまるで聞く耳を持ってくれなかったので、なんとかして彼らを正気に戻そうと、新たなる手を考える。
『す……ストップ! ストップざますっ! おかしいだます!
「剣の舞亭」が出しているのはラーグ牛だます! そんなゴミみたいな肉、どうやったって美味しくなるはずがないだます!
きっと、肉にへんなものを混ぜているのに違いないだますっ!』
「ええーっ!?」と観客から驚愕が起る。
ダマスカスは『剣の舞亭』の調理場にあった、布がかけられた肉を指さした。
『ああやって、肉を覆い隠しているのがなによりの証拠だます!
きっと、ヤバいものが入っているに違いないだます! あの布を取ってみるだますっ!』
言うが早いが、ダマスカスは調理ブースに飛びこんでいく。
ヤバいものが入っている、と聞かされた賢者たちは、さすがに食べる手を止めていた。
『さあっ! インチキの正体をいまここに暴いてやるだます! 正義は勝つだます!』
自分たちのインチキは棚に上げ、ダマスカスはヒーロー気取りで牛肉の覆いを取り去った。
次の瞬間、賢者たちどころか、客席までもが総立ちになる。
「なっ……なにぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あ、あれは、ラーグ牛の熟成肉!?」
「う、うそだろ!? ラーグ牛の熟成は不可能とされているはずだ!」
「ああ! ラーグ牛の熟成は、どんなに環境を整えても腐ってしまうんだ!」
「いったいどうやって、ラーグ牛を熟成させたというのだ!?」
ダマスカスは頭を掻きむしっていた。
『う、ウソだます! ラーグ牛の熟成は、それこそ一流レストランでも不可能とされていただます!
それが三流酒場がやってのけるだなんて……!? は、白状するだます! いったいどこの誰が、この熟成を……!?』
彼は知らない。
そしてこの世界でもっとも機知に富むといわれる賢者達ですら、頭の片隅にも思わなかった。
これから告げられる、人物の名を。
しかし『剣の舞亭』の3人は、待ってましたとばかりにその名を高らかに叫ぶ。
「「「デュランダルっ……! 彼が、この肉を熟成しました……!」」」
「えっ……えええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
それはまさに悪夢であった。
『塔開きの儀』でその頭角を現し、『最初の試練』でも出しゃばり、あまつさえ最凶テロリストを難なく捕らえた少年。
しかしダマスカスや賢者たち、多くの来賓たちは、その功績を決して認めようとはしなかった。
あらゆる手を尽して必死にもみ消そうとし、できることなら記憶からも抹消しようとした、その忌まわしき名。
しかし、不可能であった……! 少年の名は、まるでモグラ……!
どれだけ叩いて引っ込めても、すぐにまたひょっこりと顔を出す……!
そう……! もはや世界は、選択するしかないのだ……!
『デュランダル側の人間』になるか『そうでない人間』になるか……!
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