04 かなり手加減したのに
04 かなり手加減したのに
酒場のおかみさんから感謝された俺は、街の観光もそこそこに『王立高等魔術学院』へと向かう。
学院の施設である塔を間近で見るためだったんだけど、学院の正門では入学式の受付が行なわれていて、多くの人でごったがえしていた。
俺はふと思い立ち、飛び込みで入学できないか交渉してみることにした。
それはきまぐれ半分で、半分本気。
アイスクリンの魔術を見てからというもの、俺はより真剣に魔術を学んでみたいと思うようになっていた。
しかし受付はにべもなかった。
「紹介状がないと入学はできないよ! 宿屋じゃあるまいし、いきなり来て入れろったってムチャだよ!」
「そこをなんとか頼むよ! ひとりくらい、なんとかなるだろう?」
食い下がっていたら、思わぬところから助け船がやってきた。
「入れてあげて」
その木枯らしのような声がした途端、受付は直立不動になる。
「あっ、アイスクリン様!?」
「その人の身元なら、わたしが保証するから」
「かっ、かかか、かしこまりました! あ、アイスクリン様のご紹介でしたら、なんにも異存はございません!」
アイスクリンの鶴の一声で、俺はあっさり入学することができた。
さっさと受付から去って行こうとするアイスクリンを、俺は呼び止める。
「助かったよ、クリン」
アイスクリンは「クリン?」と眉をひそめる。
「ああ。アイスクリンって長いから、クリンって呼ばせてもらうぜ。
俺のことは、デュランって呼んでくれよ」
「なにか勘違いしているようね。わたしは、助けてもらった借りを返しただけよ」
「借りだなんて言うなよ、俺たちはもう友達だろ?」
するとアイスクリンは瞼をクッと見開く。
「……友達?」
俺は軽い気持ちで言ったのだが、彼女と、まわりにいた新入生らの反応は真逆だった。
「お……おい、見ろよ……! アイスクリン様が、お話をされているぞ……?」
「うそだろ……!? アイスクリン様の声、初めて聞いた……!」
「王族ですら相手にしないアイスクリン様が、お話しなさるなんて……!? あの男はいったい何者なんだ……!?」
「おい、下郎。僕の婚約者から離れろ」
いかにもお坊ちゃんといった風情の男子生徒が人混みをかきわけ、俺とアイスクリンの間に割り込んできた。
「アイスクリンさん、僕が来たからにはもう安全だよ。さあ、僕といっしょに……」
そのお坊ちゃんはアイスクリンに親しげに話しかけていたが、アイスクリンは見もしない。
彼女は「それじゃあ借りは返したから」と、噛んで含めるような一言を俺に投げかけてから、そそくさと校門に向かって歩きだす。
アイスクリンに鼻すらかけてもらえなかったお坊ちゃんは、「くっ……!」と悔しそうにしていた。
野次馬たちが口々に言う。
「うん、普通はああだよな。魔術師の名門の子息、ザガロ様ですらまったく相手にしてもらえないんだから」
「ってことはあの男は、ザガロ様以上の名家ってこと!? ドラゴン家以上の名門なんてなかなかないぞ!」
「本当に、何者なんだ……!?」
周囲はざわめいていたが、俺は構わずお坊ちゃんに話しかける。
「お前はザガロっていうのか、俺はデュランダルだ、よろしくな」
しかしザガロ坊ちゃんはキッと俺を睨み返してきた。
「下郎のくせに、馴れ馴れしく口を聞くな。
こんど僕やアイスクリンさんに話しかけたら、この杖が火を吹くぞ」
ザガロは高級そうなローブの懐から、悪趣味なまでに装飾された杖を取り出し、僕に突きつけた。
「なんなら、いまここで黒焦げにしてやってもいいんだぞ」
「黒焦げ? ってことは、お前は火炎魔術の使い手か?」
「ふん、ドラゴン家の跡取りである、この僕を知らないとは言わせないぞ」
ドラゴンという言葉の響きに、俺の胸はときめいた。
「おおっ!? なんだかすっげー火炎魔術の使い手っぽいな!
ぜひ見せてくれ! お返しに、俺の攻撃魔術も見せてやっからさ!」
「口からでまかせを! お前みたいな下郎に魔術が扱えるわけがないだろう!
だがそこまで言うなら見せてやろう! 後悔するなよっ!」
杖を構えて飛び退くザガロ、「わあっ!?」と悲鳴とともにあとずさる野次馬たち。
「け、決闘だ!? ザガロ様と、無名の男がやりあうぞ!」
「火炎魔術の名門のザガロ様に勝てるわけがない! あの男、下手すると死ぬぞ!」
俺はそんなつもりじゃなかったんだが、周囲は決闘をはやしたてる。
ザガロも乗り気のようだった。
「ちょうど僕の実力を知らしめる場がほしかったところだ!
みんな、よぉく見ておけ! ドラゴンを怒らせた者がどうなるのかを!」
ザガロは杖の切っ先を俺に向け、射貫くように突きつけてくる。
「燃えよ尖! 燃えよ天! 燃えよ神!」
待ったなしで詠唱を始めるザガロ。
このまま黙って見物していても良かったのだが、黒焦げになったら約束が果たせなくなる。
俺は、ゴミ捨て場で唱えた術式を思い出しつつ声に出した。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ アイシクル。
變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に……」
最後の一節を口にしかけてはたとなる。
あ、しまった。このまま魔術を発動させたら、さっきの二の舞になっちまう。
前回はまわりに人がいなかったからケガ人は出なかったけど、これだけ大勢いる場所で、あの巨大な氷柱を出すわけにはいかない。
「古より天地を支配し竜よ! 惰弱なる愚民にその力を示せっ!」
迷っている間にも、ザガロの詠唱は進む。
こうなったら、なんとかして威力を減らさないと……!
俺はアドリブで術式を紡ぎ出した。
「えーっと、威力を減算するには、たしか……。
筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 其は ・ 発破なり。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ 筐裡の第一節から ・ 漸滅せよ ・筐裡の第二節を……」
たぶんこれで、いけるはずっ!
「咆哮は業火となりてすべてを焼き尽くすっ!」
ザガロの呪文も、いよいよ最終段階に入ったようだ。
「逆鱗咆哮弾ぅぅぅぅーーーーっ!!」
俺は手をかざして応じる。
「奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 掌紋よりっ!」
業火と豪氷、ふたつの力が交錯する……!
と思っていたのだが、ザガロの杖から出たのは、首に巻くマフラーみたいな大きさの炎だった。
風になびくようにゆっくりと、俺に向かって伸びてきている。
俺としてはかなり拍子抜けだったのだが、それでも野次馬たちは大騒ぎ。
「う……うおおっ!? あれがドラゴン家に伝わる火炎魔術、逆鱗咆哮弾!?」
「すっ……すげえっ!? あんなデカい炎、初めて見た!」
「や……ヤバすぎだろ!? 完全に終わったな! あの男……!」
野次馬はザガロの炎に釘付けだったが、その炎を目で追うようにして俺のほうを見た。
彼らのアゴが一斉にガクンと外れる。
俺の目の前には、巨人の拳かと思うほどの巨大な氷塊が出現していた。
その威容だけで周囲を凍りつかせたそれは、ザガロめがけてドシュッと射出される。
「えっ……!? えええええええええーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
氷塊は絶叫するザガロに衝突、そのままヤツを押すように滑っていき、校門に激突。
氷は粉々に砕け散ったが、そこには磔にされたように壁に埋まるザガロの姿があった。