38 ついに時を操る
38 ついに時を操る
我が妹プリンは思わぬトラブルをもたらしてくれたが、同時に俺に最高のプレゼントをくれた。
彼女が持っていたのは、間違いなく『原初魔法中級編』の1ページ。
そこに書かれていた新しい術式が、それよりもいまは差し迫った問題に対しての打開策になりそうだった。
「よし、さっそく試してみよう!」
俺は店の裏口から食材倉庫に戻る。
食べ物に魔術が有効なのかはわからないが、やってみる価値はあるだろう。
しかしいきなり牛肉のかたまりに魔術をかけて、大失敗したら目も当てられない。
俺は倉庫にあった肉切り包丁で、吊り下げられていたラーグ牛の肉を少しだけ削ぎ落とした。
一人前のステーキ肉を手のひらの上に置いて、術式を編む。
「まずは、手の中の牛肉を術式を組み込む。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ 掌紋の ・ 嚢中を」
そして、新しく覚えた術式を指定。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 30 ・ 其は ・ 流連」
『流連』これは『時間』を現す術式だ。
とりあえず、1ヶ月で様子を見てみよう。
「筐裡の第一節を ・ 依代せよ ・ 筐裡の第二節を ・ 其は……」
これでたぶん、イケるはず……!
「逓増なりっ……!」
……コュォォォォォォォォ……!
詠唱を終えた途端、トンネルの中で風鳴りを聞いているかのような音が、眼下からおこる。
視線を落とした俺は、目を見張った。
ステーキ肉の鮮やかな赤身が少しずつ縮んでいき、凝縮していくかのように変色していく。
それはまるで、手のひらの上だけ時間が高速で流れているかのよう。
そして同時に別の違和感に気付く。
なんだか俺の手のひらから気力というか、精神力のようなものが流れ出しているかのような脱力感を。
そうこうしているうちに風音はおさまり、俺の手には紫キャベツの断面のような肉が残っていた。
俺がやったのは、牛肉の熟成。
牛肉は熟成させると柔らかくなり、旨味が増す。
おかみさんは、ラーグ牛は熟成できないと言っていた。
しかしそれは、人の手による熟成はできないという意味だ。
原初魔法ならできるかもと思って、試してみたんだ。
『時間』を現す術式を覚えたので、それを使ってためしに30日ほど経過させてみたんだが……。
「見た目は、できてるっぽいように見えるんだけどなぁ」
顔を近づけてクンクンと嗅いでみたが、腐っているようなニオイではない。
ならば論より証拠、試食してみるしかない。
俺は倉庫のなかにあった塩を肉にかるくまぶす。
焼くのは調理場に行かないとダメだけど、その時間すらも惜しい。
俺はフォークに突き刺した肉を手に、ふたたび裏通りに出た。
あたりに誰もいないことを確認してから、
「ザガロ、レベル1っ!」
手のひらから噴出した火炎放射で、肉をあぶる。
ザガロが高貴だと言っていた魔術で肉を焼くだなんて、ヤツが知ったら気絶するかもしれないな。
でも火加減はちょうどよく、じゅうじゅうという音と、たまらないニオイがあたりに広がっていく。
それだけで、俺の腹は空腹を訴えた。
それにしても、肉の焼ける音とニオイって、なんでこんなにも腹に響くんだろうな。
肉汁を滴らせるステーキに、俺は確信する。
「これ、絶対うまいやつだ……!」
俺はがまんできなくなり、炎を中断させると、ハラペコの野良犬のようにステーキにむしゃぶりついた。
固いはずのラーグ牛は、煮込んだ牛肉のようにホロリと口の中でほどける。
「はっ……はふっ! ほふっ!」
ひと噛みごとに香ばしい風味と、旨味がじゅわっとあふれ出て……。
「うっ……うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
俺は思わず叫んでいた。
「こっ……こんなにうまいステーキ、初めて食べた! ステーキってこんなにうまいものだったのかよ!?
っていうか、味付けは塩だけだってのに、それだけでこんなにうまいだなんて、信じられねぇ!」
噛まずに飲み込むような勢いで食べ尽くしてしまった。
口のまわりや、フォークに付いたわずかな脂すらも、ペロペロと舐め尽す。
そしてさらに確信していた。
「この牛肉なら、絶対にイケる……!」と……!
「よし、こうしちゃいられねぇ! 俺の魔術で牛肉を丸ごと熟成させるんだ!」
俺は喜び勇んで食材倉庫に駆け戻る。
天井からサンドバッグのように吊り下げられている、ラーグ牛の塊に、そっと両手を当てた。
「やるぞ……! お前の命も、おかみさんや旦那さん、そしてミントの思いを、ムダにしないためにも……!」
俺は瞼を閉じ、敬虔なる気持ちで唱える。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 150 ・ 其は ・ 流連
筐裡の第一節を ・ 依代せよ ・ 筐裡の第二節を ・ 其は……逓増なりっ……!」
切り身の牛肉のときは1ヶ月の時間を経過させたが、大きな塊の牛肉となると、5ヶ月は熟成させる必要があると思う。
しかしこの判断が、思わぬ事態を引き起こす。
……ゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
牛肉からは、まるで激しく流れる地下水のような音がおこる。
そして俺の身体から、みるみるうちに気力が奪われていった。
俺はいまさらながらに気付く。
「そ……そうか……! 時間を進める魔術って、精神力の消費がハンパないんだ……!」
精神力というのは、魔術や剣術を使うのに必要な要素のこと。
またの名を『MP』と呼ばれるものだ。
魔術は使えば使うほど術者は疲弊していき、やがては魔術を使えるだけの精神力を失ってしまうという。
精神力は休息をはさむと回復するそうだが、精神力を使いすぎるとそのぶんだけ回復に時間がかかるらしい。
精神力がカラッポになってもなお魔術を使い続けると、やがては廃人に……!
「だ……だからって、いまさらやめられるかっ!
俺は……俺は……! もうみんなの悲しむ顔は見たくねぇんだっ!
遊びで食べものを粗末にする賢者どもに、一発カマしてやらねぇと、気が済まねぇんだっ……!
う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……それから小一時間後。
食材倉庫に様子を見にきた3人は、腰を抜かさんばかりに驚いていた。
「「「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」」」
「こ……これってまさか、熟成肉!?」
「う……うそだ! ら、ラーグ牛の、じゅっ、熟成は、おっ、おでも何度も、ちょっ、挑戦したけど、ぜっ……ぜんぜんできなかっただ! そっ、それなのに……!」
「しかも、こんな大きな塊を熟成させるだなんて……!?」
「ね、ねぇ、デュランダルくん!? こんなとんでもないもの、どこで手に入れたの!?
それに、なんでそんなにグッタリしてるの!? ねえってば!」
壁にもたれるようにして座り込んでいる俺の肩を掴み、何度も揺さぶってくるミント。
俺は残った気力を振り絞り、親指を立てるだけで精一杯だった。
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