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35 はじめての無限キャベツ

35 はじめての無限キャベツ


 はじめての料理魔術のおかげで言いつけられていた仕事が早く終わってしまった。

 俺はおかみさんを探して店のなかをうろついていたんだが、みんな食材倉庫にいた。


 おかみさんも旦那さんもミントも、おおきな牛肉の塊を前に、ため息をついている。


「はぁ……今年もまた、この日がやって来ちまったねぇ……」


「ゴメンね、本当に……」


 やるせない表情のおかみさんとミント、無言で肉をさする旦那さん。

 3人はなぜか、牛肉に謝っていた。


「なにやってんだ?」


 俺がその中に首を突っ込むと、ミントは「わあっ!?」と驚いていた。


「デュランダル! なんでこんな所に!?」


「なんでって、キャベツを刻み終えたから呼びに来たんだよ」


「まだ1時間たってないじゃない! なんで勝手に止めたりしたの!?」


「なんでって、もうぜんぶ刻んだから……」


「ウソばっかり! 今日の仕事はテストでもあるんだから、勝手に休んじゃダメでしょ! まったく……!」


 ミントもおかみさんも旦那さんも俺がサボっていると勘違いしたのか、呆れた様子だった。

 口で言ってもわかってもらえそうもなかったので、俺は3人といっしょに厨房に行く。


 天井に突くくらいに積み上げられた千切りキャベツに、3人はアゴが外れそうになっていた。


「う、うそ……? 1時間もかからずに、これだけの千切りキャベツを……?」


「じゅ、1時間で10個も千切りにできれば、合格にするつもりだったのに……!?

 ちょっとアンタ、今日のキャベツはいくつあったんだい!?」


 おかみさんに問われ、旦那さんは左手のひとさし指を立て、右手で輪っかふたつ作ってみせる。

 おかみさんとミントはびっくり仰天してハモっていた。


「「ひゃっ……ひゃくぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


「う、うそでしょ!? いったいなにをどうやったら、100個のキャベツを1時間足らずで千切りにできるの!?」


「デュランダル! アンタは腕が8本あるのかい!? そうじゃなきゃおかしいよ!」


 悪夢でも見せられているかのように、ワナワナと震えるミントとおかみさん。

 俺は苦笑する。


「見てのとおり、俺の腕は2本しかないよ。まぁ、別の手は使ったけどな。

 そんなことより、次は料理の腕前を見てくれよ」


 時間があまってしょうがなかったので、俺は次の課題である一品料理もこしらえていた。

 それは千切りにしたキャベツのサラダだ。


 見た目がふつうだったので、おかみさんとミントはホッとしていた。


「キャベツを切る腕はオバケみたいだけど、料理の腕はそうでもないみたいだね」


「刻んだキャベツに、ドレッシングみたいなのをかけただけじゃん。こんなの料理とはいえないよ」


「まあまあ、いいから食ってみてくれよ」


 キャベツサラダの入った木のボウルを差し出すと、みんなはやれやれといった様子でつまんでくれた。

 ポイッと口に放り込んだ途端、


 ……パリパリッ!


 香ばしいハーモニーを奏でる。

 そして3人とも、飛び出さんばかりに目を剥いた。


「「うっ……!? うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」


 さっきまで小馬鹿にしていた料理を、3人は奪い合うようにして頬張りはじめる。


「な……なにこれなにこれなにこれっ!? う、うまい! うますぎるよっ!」


「こんなにうまいキャベツサラダを食べたのは初めてだよ!」


「いつも食べてるキャベツとは思えない! ふんわりしてるのに、噛むとパリパリの食感だなんて!?」


「味も最高だよ! ただのキャベツなのに、いくらでも食べられちゃう!」


 3人はあっという間にキャベツサラダを平らげ、手までペロペロ舐めている。

 満足してもらえたかと思ったのだが、またしても責めるような視線を向けられてしまった。


「ちょっとデュランダルくん! これ、この店のキャベツじゃないでしょ!?」


「そうだよ! ウチで仕入れてるキャベツはこんなにおいしくないよ! 高価なキャベツを使うだなんてずるいよ!」


 またインチキを疑われてしまったので、俺は種明かしをする。

 みんなはまだ食べ足りなさそうだったので、追加で作ってやった。


「針金みたいに細く切ったキャベツを水に浸けるのさ。

 こうやると、パリパリの食感になるんだよ」


 水草のようになったキャベツを眺めながら、3人はキョトンとしていた。


「えっ、たったのこれだけで、あんなにすごい食感になるの?」


「ああ。ただ水に浸けすぎると栄養が無くなるからほどほどにな。

 5分くらい浸けたあと、キャベツの水気をよく切る。

 針金みたいなキャベツは空気を含みやすいから、独特な食感になるんだ」


 俺は説明しながら、別のボウルでドレッシングを作る。


「ポイントはオリーブオイルとすりおろしたニンニク。このふたつを混ぜ合わせて、あとは調味料で味付けするだけでいい」


「た……たったのそれだけ……? それだけで、本当に……?」


 3人は、とてもではないけど信じられないといった表情をしている。


「ああ、それだけだ。あとはキャベツにドレッシングをかけて、和えてやれば……『無限キャベツ』の完成だ!」


 驚きのあまり、3人は一斉にハモる。


「「「むっ……無限キャベツぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」」」


 この時はじめて、俺は旦那さんの声を聞いた。牛の鳴き声のような声だった。


 『無限キャベツ』……これは俺が実家にいた頃に考えたレシピのひとつ。

 うちの家族はみんな肉が大好きで、ほっとくと肉しか食べなかった。


 肉は筋力を付けるためにもってこいだとは思うのだが、さすがに肉ばっかりじゃ栄養が偏る。

 俺は野菜や魚も食べてほしくて、いろいろ調理法を工夫したんだ。


 人参が嫌いな子供に、ハンバーグに練り込んで食べさせる母親のように。

 この『無限キャベツ』は家族も大好物のメニューだった。


 よそでも通用するか心配だったんだが、できたての『無限キャベツ』を貪る3人を見るかぎりだと、杞憂だったようだ。

 おかみさんも旦那さんもミントも、食べ盛りの子供のようにキャベツをパクつき満面の笑顔。


 ミントは口のまわりをドレッシングでベタベタにしながら言った。


「ママ、パパ! これ、ウチの新メニューにしようよ! っていうか、今日のパーティの前菜として出そうよ!

 これだったら、吐いて捨てられることも……!」


 するとおかみさんと旦那さんは、急に暗い顔になった。


「そうかもしれない……でも、前菜がいくらおいしくても、メインディッシュがダメだったら……」


 その顔に、俺は食材倉庫で牛肉に謝っていたことを思い出す。


「おかみさん、さっきみんなで見てた牛肉を、学院のパーティに出すつもりなんですか?」


 おかみさんはため息とともに頷く。


「ああ……そうだよ……。あれはラーグ牛っていって、ウチの酒場で出してる牛肉なんだ……。

 肉は固いんだけど、味はそこそこで、安くておいしいって評判なんだ……」


 おかみさんが言うには、学院のパーティでは、この国の三つ星シェフたちが集められ、最高のステーキを振る舞うコンテストが行なわれるらしい。


「そのコンテストの噛ませ犬として、毎年ウチの酒場が出なくちゃいけない決まりになっていてね……。

 審査員の賢者たちは、ウチの料理をさんざんバカにして最下位にするっていうのが、お決まりになってるんだ……」


 旦那さんは震えていた。


「せっ、せっかく……せっかく……命を捧げてくれた牛を……!

 せめてものおっ、思いで……! おっ、おでが、いっしょうけんめい、すっ、ステーキにしてるだ……!」


 ミントはうつむき、拳を握りしめていた。


「それなのに、ヤツらはパパが焼いたステーキを、たったひと口食べただけで吐き出すんだ……!

 牛一頭ぶんもステーキを焼かせておいて、ぜんぶゴミみたいに捨てる……!

 それもショーみたいにして、みんなでバカ笑いしながら……!

 本当は断わりたいんだけど、断ったりしたら、賢者たちの力で営業できなくしてやるって言われて……!

 くやしい……! くやしいよぉっ……!」


 俺の心にはすでに、火がともっていた。


「みんな……! この俺にも、協力させてくれないか……!?

 最高にうまいステーキを作って、賢者どもを見返してやりたいんだ……!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隠れた有名店なのかと思えば、そんなゲスイベントが……。 根本的にゲスなんだなぁ……。 [一言] 抗議して虐められる隠れ美人賢者でも……。
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