33 父の選択
33 父の選択
彼と出会った者は、遅かれ早かれ選択を迫られることになる。
『デュランダル側の人間』になるか『そうでない人間』になるか。
その運命の選択を迫られている者が、ここにもひとり。
デュランダルの実家のブッコロ家、庭先にある手作りの会見場。
記者たちに囲まれ、家長のゴッドファーは脂汗にまみれていた。
――な、なんだと……!?
あのデュランダルが、『塔開きの儀』において、わずか1分での開門を果たしただと……!?
そ、そんなの、ありえるわけがない!
だって塔の扉は、城門にも等しい堅牢なものだぞ!?
我が一族きっての脆弱者のデュランダルは、我が家の玄関扉すらも満足に開けられなかったのに!
ブッコロ家は剣術の名家なので、家の者たちは普段の厳しい訓練だけでなく、生活において筋肉を鍛えていた。
扉はすべて分厚い鉛でできていて、相当な筋力がないとトイレにすら入ることができない。
玄関で赤い顔をしてウンウン唸っているデュランダルを見ていたゴッドファーにとって、その何倍もの重さの門をひとりで開けたというのがどうしても信じられなかったのだ。
ゴッドファーが記者たちを前に、目を閉じて思案していた。
まるで滝修行を行なう修道者のように、全身を汗びっしょりにしながら。
その鬼気迫るオーラに記者たちも空気を読み、インタビューを一時中断していたのだが……とうとうしびれを切らして問う。
「あ……あの……ゴッドファー様! それで、デュランダルくんはブッコロ家の一員なのでしょうか!?」
「私たちはそれを知りたくて、こんな山奥までやって来たんですよ!」
「もしそうだとしたら大変な名誉ですよ!」
「そうそう! ですので、本当のところをお聞かせください!」
ゴッドファーが喉から手が出るほど欲しかった、一族の名誉。
それは皮肉にも、追放を言い渡したデュランダルによってもたらされようとしている。
憧れの名誉を手に入れるためには、デュランダルが息子であることを認めればいいだけ。
でも、それだけはどうしても嫌だった。
なぜならばそれはゴッドファーにとって、口にも入れなかった飴玉を、泥の中に捨てたも同然のことだったからだ。
いちど見限った泥まみれの飴玉を、再び口に入れるなどというのは、人としてのプライドが許さなかったのだ。
悩みすぎるあまり、とうとうゴッドファーの顔からは血の気が引いていく。
悪魔に取り憑かれたかのような青白い顔で、「これは悪い夢だ、ヤツの呪いだ」とブツブツと唱えていた。
――そうだ、ワシは夢を見ているのだ。
『塔開きの儀』を制するのは、我が一族の悲願……。
ワシはそれを息子たちに願うあまり、歪んだ夢となって、こうして出てきているのだ。
だいいち、デュランダルはそのあとの『初めての試練』をダントツでクリアしたというではないか。
しかもその1位の座を、別の生徒に譲ったという……。
そんなのは、絶対にありえんっ!
『初めての試練』での1位は、人生の勝者といってもいいほどの栄誉なのだからな!
我が一族にとって夢のまた夢のものを、あんな落ちこぼれが取れるわけがないっ!
しかもそれを他人に譲るだなんて、ワシへのあてつけにも程があるというものだっ!
ゴッドファーはついに決断し、カッと目を見開いて叫ぶ。
怒りに満ちた顔は血の気を取り戻し、マグマのように赤熱していた。
「デュランダルだと!? そんなヤツはワシの息子などでは、断じて……!」
大ナタを振り下ろすように断じようとしたその時、ひとりの記者が駆け込んでくる。
「た……大変だ! またビッグニュースだぞ! デュランダルくんの活躍で、チョーカーが捕まったらしい!」
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
最悪のテロリストが逮捕されたという特ダネに、記者たちは否が応にも沸き立った。
「ま……マジかよっ!? あのチョーカーが捕まるだなんて……!」
「ナイツ・オブ・ザ・ビヨンドですら手を焼いていた、超一流のテロリストだぞ!?」
「すごい、すごすぎるよっ! デュランダルくんは、どれだけ偉業を達成すれば気が済むんだ!?」
「しかもチョーカーをやり込めたあと、そのまま立ち去ったらしい!」
「大手柄を誇りもしないだなんて……! いったい、どんな人生を歩んできたら、そんな素晴らしい人間になれるんだろう!?」
「きっと、相当偉大なる父親に育てられたに違いないな!」
「そうだな! でもデュランダルくんは、ブッコロ家の息子じゃないらしい! さっきゴッドファー様が大きな声で否定を……」
ゴッドファーはサッと青くなる。
信号機のように顔色を変えながら、慌てて弁明した。
「そ……そんなことは、言っていないっ!!」
「えっ!? じゃあデュランダルくんは、ゴッドファー様の息子さんで……!?」
「そ……その可能性は……なきにしもあらず……だっ!」
「なんですかそれは!? いったいどっちなんですか!?」
「ハッキリしてください、ゴッドファー様! デュランダルくんほどの優秀な人材となれば、一族にとって大変な名誉なのですよ!」
「そうです! これだけの活躍をしたなら、一族ごと王家に召し抱えられる可能性だってあるんですよ!?」
ゴッドファーのプライドの天秤。
『追放したデュランダルを息子として認める』という皿の反対側には、『一族の名誉』という名の金塊があった。
そこに、『王族の仲間入り』というダイヤモンドが降り注ぐ。
ブッコロ家が王族の仲間入りを果たすことができれば、剣士と魔術師の情勢は大きく変えられるだろう。
さらに、この国の剣士たちの躍進を後押しする形となり、世界じゅうの剣士たちからの尊敬が得られる。
近隣諸国からも引っ張りだこの、世界最強の剣士一族になるのも、夢ではなくなるのだ……!
その嬉しさとプライドがせめぎ合うあまり、ゴッドファーはついに壊れてしまった。
「うっ……うがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
立ち上がり、座っていた椅子を悪役レスラーのように記者たちに向かって振りかざす。
「うがっ! うがっ! うがあっ! デュランダルは、ワシの息子などでは断じてない!
でもヤツがしたことは、ワシがいてこそのこと! 我が一族あってのこと!
アイツの手柄などではないっ! 絶対にないのだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
手柄と名誉は欲しい。でもデュランダルは認めたくない。
メチャクチャな理論と椅子を振り回し、ゴッドファーは大暴れする。
「や、やめてください!」「ダメだ! 目が完全にイッちゃってる!」「ゴッドファー様が狂った!?」「に、逃げろ、逃げろぉーっ!」
突然の乱心に、記者たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ゴッドファーはぜいぜいと肩で息をしながら、後ろに控えていた妻たちに言った。
「いますぐワシの息子たちに、手紙を書くのだ……!
どんな手を使ってでも、デュランダルをなきものにせよと……!
デュランダルの手柄は、偶然が重なったものに違いないっ……!
だが、手柄は手柄だ……!
そこでデュランダルを抹殺すれば、ワシの息子たちのほうが優秀だという、当たり前のことが証明され……!
ヤツの手柄を、すべて奪えるっ……!」
嗚呼……!
彼はとうとう、選択してしまった……! そしてついに、なってしまった……!
『反デュランダル側の人間』に……!
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