32 分れゆく世界
32 分れゆく世界
シャーベラはデュランダルから突き返された小袋を、馬を引いていた商人に渡す。
金貨がギッシリ詰まった小袋に、商人は大喜びしていた。
「こ……こんなにいいんですかい!? これなら馬10頭は買えるのに……!? ど、どうぞ、持っていってください!」
シャーベラは馬にまたがり、仲間たちの元へと急ぐ。
先ほどまで急いていた彼女の気持ちは、いまだかつて感じたことがないほどの高揚感に包まれていた。
――私の剣技、『天弄氷獄』を真正面から受け止めたのは、これで2人目……。
シャーベラの脳裏に、1人目の男の顔がよぎる。
男はシャーベラの腕に抱かれ、虫の息だった。
『わ……私の天弄氷獄のことは、お前はよく知っていたはずだ!
それなのに……それなのに、なぜっ!?』
『こ……こうするしか……なかった……んだ……。
キミを……「呪われた血」から……救う……ためには……』
『あれほど逃げろと言ったのに……! お前を失ったら、私は、私は……!』
『大丈夫……シャーベラ……僕は……戻ってくるよ……。
生まれ変わって……必ず……またキミの元へ……がはっ!』
『も……もういい、しゃべるなっ!』
『僕をまた……愛してくれるかい?』
『わかった! お前を愛する! 今度は私の番だ!
お前を見つけて、また一緒になろうっ!』
『よかっ……た……!』
シャーベラはその時、男が「自分のことは忘れて、幸せになってくれ」と言っているのだと思った。
これから生まれてくる娘のためにも、父親は必要だと思い、他の男を好きになる努力をしてみたのだが……。
できなかった。
周囲からは『夫殺し』と呼ばれ、一族からは生まれたばかりの娘を奪われた。
――私は心のどこかで、信じていたのかもしれない……。
彼が本当に、戻ってくるのを……。
雲間から覗いた太陽が、ひと足早い晴れ間のような、シャーベラの顔を照らした。
――私は、愛するぞ……! 骨の髄まで……!
デュランダルのことを……!
シャーベラの駆る馬は、『王立魔術師養成』の裏口へとたどり着く。
物陰には、『ナイツ・オブ・ザ・ビヨンド』の馬車が停まっている。
馬車のそばには簡易の作戦本部が設えられ、仲間たちが学院の見取り図を見ながら話し合っていた。
シャーベラは「首尾はどうだ」と彼らの輪に加わる。
「なんだ、遅かったじゃねぇか、フローズン。いい男でも見つけたのか?」
仲間の軽口をシャーベラはいつもなら無視するのだが、この時ばかりは「ああ」と頷き返した。
思わぬ返答に、仲間たちは「ヒューッ」と唇を鳴らす。
さらにからかおうとしたが、リーダーらしき騎士が、厳しい口調で彼らを制する。
「その話はあとだ。そんなことより、作戦の続きだ。
王都に届いた『デモンダスト』からの招待状は、チョーカーからのものだった」
「ヤツは『塔開きの儀』を狙ったんだな。警備は厳重なはずだから、強襲というより内通者を使って入り込んだんだな」
「くそ、相変わらずズル賢いヤツだぜ。これ以上、アイツの好きにされてたまるか、今日こそはなんとしても捕まえてやる」
「しかし慎重にいかねばならん、いまごろは多くの王族や貴族、そして学院の生徒たちが人質になっているはずだからな」
「あ、そうそう、生徒といえば、号外が出てましたよ。
なんでも、たったひとりの生徒が『塔開きの儀』で、門を開けちまったそうです。
しかも開始から1分かからなかったんですって」
「へっ、バカ言うなよ! この俺が剣士科の生徒だったころは、数百人がかりで夕方まで掛かったんだぜ!」
「そうそう、『最初の試練』と夜のパーティが一緒になるのが通例だったよな!」
「だいいち、あんな城門みたいなのを1分で開門できたらヤバいだろ!
破城槌すら不要になって、この世界の軍事情勢が全部ひっくりかえっちまうよ!」
「ははっ、そうだな! だいいち、そんな悪魔みたいなヤツが生徒としているんだったら、もうチョーカーもやっつけてるだろ!」
「おい、お前たちいい加減にしろ。もうすぐ偵察に向かってヤツらが戻ってくるんだ。
そしたらすぐに動き出さないと……」
そこに軽装の騎士たちが、息を切らして戻ってくる。
「た……大変です!」
「なんだ、どうした? 王族に被害が出たか?」
「ち、違います! 被害ゼロです! あの残虐なチョーカーがいるのに……!
あ、いや、そんなことより、とんでもないんです!」
「チョーカーがいるのに被害ゼロだと? ウソをつくな。ヤツはゲームを盛り上げるために人を殺すようなヤツだぞ。
ヤツはいま、どこにいるんだ?」
「そ、それが……! たぶん、言っても信じてもらえないと思います! とにかく、来てください!」
偵察の騎士たちに引っ張られるようにして、ナイツ・オブ・ザ・ビヨンドの面々は学院の敷地内に入る。
そして『白き塔』のまわりにあるパーティ会場に向かったのだが……そこにはありえない光景が広がっていた。
なんと……! すでに拘束されているチョーカーと、その部下たちが……!
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
ナイツ・オブ・ザ・ビヨンドの面々は、アゴが外れんばかりに驚愕する。
彼らにとって、チョーカーは苦渋を舐めさせられ続けてきたテロリストであった。
捕縛は悲願といってもよかったのだが、まさか、それをあっさりやってのけられるとは……!
「い……いったい、誰がやったんだ……!?」
現場はすっかり騒乱状態だった。
「や……やっぱりデュランダルくんは、本物のヒーローだったんだ!」
「いや、違う! デュランダルはニセモノのヒーローだ! 現にこうして、賢者様がやったっておっしゃってるじゃないか!」
言い合う記者たち。
「チョーカー確保の決め手となったあの光線は、デュランダルとかいう少年の手を通して、この私が出していたもので……」
「いやいや、デュランダルくんの才能を見いだしていたのは私で、今回のことも私の指示で……」
さかんに手柄を横取りしようとする賢者たち。
「クエッ! クエッ! クエェェェェェェーーーーーーーッ!
デュランダル……! いやバッドマンめぇ……! この僕のフェイクを見破ったのは、お前が初めてだっ!
お……覚えてろよぉっぉぉぉぉぉぉーーーーーっ!!」
拘束されたまま、狂ったように叫びわめくチョーカー。
「記者たちも賢者たちも、それどころかチョーカーまでもが、デュランダルという名を叫んでいる……!?
そいつはいったい、何者なんだ……?」
ナイツ・オブ・ザ・ビヨンドの面々はまだ事態が飲み込めておらず困惑していた。
しかしひとりの女騎士だけは、納得がいったように大きく頷いている。
「デュランダル……! やはり、タダ者ではなかったか……!
私はお前のことが、ますます欲しくなったぞ……!」
そう……この時、世界はまっぷたつに割れていた。
デュランダルを認めるか、認めないか……。
『デュランダル側の人間』と『そうでない人間』に……!
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