31 決闘そして結婚
31 決闘そして結婚
俺の放った右ストレートは、ブリザードの鼻っ柱を……。
しっかりとつまんでいた。
鼻をむにっとつままれたブリザードは、キツネにつままれたみたいに目をぱちくりさせている。
「にゃ……にゃんの、まねにゃ……?」
鼻をつままれているせいで、へんな声になっている。
パッと手を離すと、ブリザードはトナカイみたいに鼻を赤くしながら声を荒げた。
「な、なぜ、寸止めのようなマネを!?」
「一本取ればよかったんだろ? だったら、わざわざ殴る必要もないと思ってな」
「わ……私はお前を攻撃したのだぞ! それなのに、お前は……!」
「そんなこと、別にいいだろ」
俺は、俺自身にされたことは、あんまり腹が立たない。
しかし、ブリザードは納得がいかないようだった。
「よくない! それにお前は剣士の格好をしておきながら、なぜ魔術を使う!?」
「それこそ俺の勝手だろ」
「ああっ!? よく見たら、お前は剣を持っていないではないか!」
「なんだ、いまごろ気付いたのかよ」
「そんな格好をしているから、てっきり帯刀しているのかと思ったではないか!
なんとまぎらわしい! 丸腰の相手だと知っていたら、剣技など……!」
「今度からは、戦う相手のことはよく観察するんだな。いくら焦ってるっていってもな」
「わ、私は焦ってなど……!」
ブリザードの声は、図星を突かれたように裏返っていた。
「なにを急いでいたのかは知らんが、やることはちゃんとやってもらおうか。
1本取ったら、なんでも言うことを聞いてくれるんだろ?」
「くっ……! なにが望みだ……!」
ブリザードは悔しそうに唇を噛みしめる。
俺はタルの陰から覗き込んでいた少女を、親指で示した。
「あの子に、ちゃんと謝ってもらおうか」
「……なんだと? 騎士の私に、頭を下げろというのか? それが、どういう意味かわかっているのか?」
「騎士だろうがなんだろうが、俺には関係ねぇよ。俺にとっちゃ同じ人間で、同じ女の子だ」
するとブリザードは、キツネとタヌキにつままれているみたいな顔になる。
やがて、笑いをこらえるように肩を揺らした。
それは先ほどまでの蔑むような笑顔ではなく、思わぬツボを突かれたような笑顔だった。
彼女はそのままタルに向かって歩いていくと、ヒザを折ってしゃがみこんだ。
そして、君主にするように頭を垂れる。
「危ない目に遭わせてすまなかった。この通り、許してほしい」
これにて、一件落着……と思っていたら、タルに隠れていた女の子が、爆発するように泣き出してしまった。
「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!」
「なに? なぜ泣くのだ?」
俺はふたりの間に割って入る。
「おい! お前、また怖い顔をしただろ!」
するとブリザードは、目をまんまるにして俺を見た。
なにをそんなに驚いているのか、さっぱりわからない。
「謝ってるのに泣かせてどうするんだよ! ほらほら、このお姉ちゃんは怖くないからね!」
「あ……ああ! 私はこのとおり、ぜんぜん怖くないぞ! ほら、ベロベロバーッ!」
慌てる女騎士は変顔まで出してきた。
端正な顔立ちを顔をこれでもかと歪めて、面白フェイスを作っている。
俺も負けてなるものかと、後に続く。
赤ちゃんをあやすようにして、俺たちは女の子をなんとか泣き止ませた。
母親に連れられ「またねー!」と去っていく女の子を、俺は女騎士とともに見送る。
ブリザードは出し抜けに俺に尋ねてきた。
「そういえば……お前、名はなんというのだ?」
「そういうお前はなんていうんだよ?」
「まさか知らなかったのか? 私はナイツ・オブ・ザ・ブリザードだ」
「それは知ってるよ。そっちの名前じゃなくて、本名のほうを教えてくれよ」
するとブリザードは、少し考えるような素振りを見せた。
「普段は魔術の対象となることを避けるために、真名は秘密なのだが……。
だがいいだろう、特別に教えてやる。私はシャーベラだ」
「俺はデュランダルだ。シャーベラか、いい名前だな」
シャーベラはまんざらでもなさそうに、フフンと笑う。
「そうだろう? だが人前で呼ぶのはよせ。この名で呼ぶのはふたりっきりの時だけだ」
「ふたりっきりの時って……なんだそれ」
するとシャーベラは、いたってマジメな顔で言う。
「惚れた」
「へっ?」
「お前を、私の婿にしてやろう」
今度は、俺がつままれる番だった。
「は……はああっ!? お前、なにを言って……!?」
「なんだ、不満か?」
「いやいやいや! 不満っていうか、そもそも歳が違いすぎるだろ!」
俺はまだ学生だが、シャーベラはどう見たって俺の母親くらいの年齢だ。
それでもオバサンっていうより、すっげー美人だけど……!
そして俺はいまさらながらに、彼女の外見を意識してしまう。
なびく髪は吹雪のようにそよぎ、青い瞳はクリスタルのように透き通っている。
氷の女帝、いや氷の女神と呼ばれてもおかしくないほどの容姿。
好きとか嫌いとかいうより、崇拝の対象のように荘厳な美しさだった。
見とれて言葉を失っていると、シャーベラは女神のように微笑む。
それは敵将を追いつめ、勝利を確信した戦女神のような笑顔だった。
「人間には108もの願望があるというが、私が望んだものは、これまでに2つのみだった。
たいていのものは、願わなくとも手に入ったからな。
しかし今日、望むものがまたひとつ増えた」
「それは……なんだ?」
口にしてから、我ながら愚問だと気付く。
「本来ならばこのまま連れ去っているところだが、今日はあいにく任務が控えている。
次に会ったときは結婚だ」
「次に会った時は決闘だ」みたいな口調のシャーベラ。
「私は、望んだものはどんな手を使ってでもかならず手に入れる。
そして次に剣を交える時こそ手加減はなしだ。では、またな」
唖然とする俺の前で、美貌の女騎士は長い髪を翻す。
……先の戦いで、シャーベラは本気じゃなかった。
それは彼女の太刀筋を見れば明らかだ。
本気の騎士は、自らの意志で二の太刀の可能性を残すようなマネはしない。
彼女が全力であれば、俺は最初の剣技であの世に行っていただろう。
そう。俺はいちど見た技を完璧に覚えることができるが、実戦で二度目のチャンスがやってくることは希だ。
俺は疼くみぞおちを押えながら、去りゆく彼女の背中を見送っていた。
「世の中には……強ぇヤツが、まだまだいっぱいいるんだな……」
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