30 ナイツ・オブ・ザ・ブリザード
30 ナイツ・オブ・ザ・ブリザード
とある一台の馬車が、『王立高等魔術学院』に向けて疾走していた。
この王国の旗と、騎士のエンブレムをはためかせたその馬車は、傍若無人の振る舞いを見せている。
通りに人がいようがおかまいなしに突っ切り、何人もの人を跳ね飛ばしそうになっていた。
角にさしかかると馬車はドリフトし、家屋や露店などを破壊しつつ曲がっている。
その馬車の荷台に乗っていたのは、数人の騎士たち。
すさまじく揺れているというのに誰ひとりとしてバランスを崩すことなく、腕を組んだまま無言で座っていた。
そこに、叫び声が割り込んでくる。
「おい待て! ふざけんじゃねぇぞ! 止まれっ! 止まれーっ!!」
ひとりの少年が、怒鳴りながら馬車を追いかけてきていた。
少年は剣士の練習着姿で、小脇に幼い子供を抱えている。
騎士たちが言葉を交わしあう。
「フン、おおかた当たり屋の類いだろう」
「しかしほっとくわけにもいくまい。もうじき目的地に着くのだからな」
「あ、そっか、今回の任務は人質救出だったな」
「そうだ。現地で下手に騒がれるとまずい。フローズンよ、お前が相手をしてやれ」
「なぜ私なのだ? こういうのは、下っ端の仕事だろう?」
「詳細はまだわかっていないが、人質の中にはお前の娘がいるんだろう?」
「なんだと……? この私が、任務に私情を挟むとでもいうのか」
「おお、怖っ!」
「フローズン、そうは言っていない。だが任務を聞いてからのお前は、心ここにあらずだ。
少し頭を冷やしてから、現地で我々と合流するんだ」
「ほらほら、さっさと行けよフローズン、あのガキ、うるさくてかなわねぇよ。それにあの調子じゃ、この国の果てまで追ってくるぞ」
仲間たちから促され、フローズンと呼ばれた騎士はしぶしぶ馬車から飛び降りた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺の前に立ち塞がるように降りてきたのは、氷のような鎧をまとう女騎士だった。
無言のまま、冷たい瞳で俺を見下ろしている。
俺はそれまでずっと叫びながら馬車を追いかけていたのでヘトヘトで、もう文句を言う気力もない。
ぜいぜい肩で息をしながら睨みつけていると、女騎士は無言のまま、小袋を俺の足元に投げてきた。
そのまま背を向け歩き去ろうとしたので、俺は枯れた声を振り絞って呼び止めた。
「ま……待てよっ!」
「なんだ、それでは足りぬのか?」
「俺は金が欲しくて追いかけたわけじゃねぇよ!」
怒りに任せて小袋を蹴り返すと、女騎士は眉ひとつ動かさずそれをキャッチする。
「では、何用だ?」
「お前らの馬車のせいで、この子が轢かれかけたんだぞ! 俺が助けたからいいものの、少し間違ってたら……!」
チョーカーとのゲームを終えた俺は学院を出て、街中を走っていた。
そこで馬車に轢かれかけた女の子を助けたんだ。
人を轢きかけておいて馬車は停まるどころか、謝りもせずに去っていったので、俺はカチンときた。
女の子を抱えたまま、こうやって馬車を追いかけたってわけだ。
俺は怒り心頭だったが、女騎士は理解できていない様子だった。
「それがどうしたのだ。まさかお前は、我ら『ナイツ・オブ・ザ・ビヨンド』のことを知らぬわけではなかろうな?」
『ナイツ・オブ・ザ・ビヨンド』……国王直属の騎士団だ。
普段は国王の身辺警護を務めているらしいが、国を揺るがすほどの一大事が起きると彼らが出動するという。
任務にあたる彼らの行動には制限がなく、罪なき人を殺して排除することも許されているそうだ。
そしてコイツは『ナイツ・オブ・ザ・ブリザード』。
『氷の女帝』とも呼ばれている女騎士だ……!
その二つ名のとおり、ブリザードは冷徹だった。
「我らの行く末には、多くの命がかかっているのだ。
お前がこうして生きていられるのも、我らの力あってのものだと知れ」
「それはそうかもしれねぇが、だからって……!
だからって、こんな小さな子を轢き殺していいわけじゃねぇだろ!」
「お前はさっきから何を言っているのだ? その少女は生きているではないか」
「てめぇ……!」
ブリザードの態度に、俺の怒りは頂点に達する。
……俺自身は、なにをされたってかまわねぇ。
生まれたときから、馬車に轢き殺されそうになる以上にひどい仕打ちを受けてきたんだからな。
だから俺は、自分への仕打ちに対しての感情がマヒしているんだと思う。
しかし、自分以外の弱い者が傷付けられるのを見るのが、こんなに腹の立つものだとは知らなかった。
実家にいた頃は、まわりで虐げられていたのは俺だけだったんだから、気付かなかったんだろう。
知らなかったぜ……! 力のない他の誰かが、理不尽に傷付けられるのが……。
こんなにも、ムカつくことだったなんてよ……!
ブリザードは身の程知らずを前にしたかのように、ため息をついた。
「お前の意図はさっぱりわからんが、私になにかを望むのであれば、私から一本取ってみせるんだな」
「なんだと?」
「私は、私より強い人間の言うことしか聞かない。ずっとそうやって生きてきた。
お前もまがりなりにも剣士なのだろう? ならば剣で語りあおうではないか。
なに、命までは取らないから安心しろ」
ようは、ゴチャゴチャ言わずにかかってこいということらしい。
このブリザードは、氷の女王のように美しくクールだが、口より先に手が出るタイプなのかもしれない。
もうさっそく、腰に携えたレイピアを引き抜いている。
女の子が怖がっていたので、俺は彼女を下ろしてやった。
頭を撫でながら「ちょっと離れててくれ」と言うと、女の子はそばにあったタルにサッと隠れる。
しばらくしておそるおそる顔を出し、タルからひょっこりと覗き込んでいた。
俺はいきがかり上、この国でも最強の部類に入る騎士とやりあうことになってしまう。
いちおう構えは取ってみたものの、いままで体感したことのない圧倒的な闘気に、早くも後ずさりそうになっていた。
コイツ……めちゃくちゃ強ぇ……!
しかも……俺がまったく歯が立たなかった、俺の兄弟たちよりも、ずっと……!
いまの俺の実力では、ぜったいに勝てない相手だ。
でもだからといって、ここで引き下がるのだけは嫌だった。
なんとかして、コイツをギャフンと……!
そう思った瞬間、ブリザードは動き出す。
俺との間には数メートルもの距離があるのに、虚空に向かって突きを放っていた。
素振りかと思ったら、あたりの空間が裂けた。
いくつもの空気が矢弾のように飛んできて、俺の身体に突き刺さる。
俺はロープぎわに追いつめられて袋叩きにあっているボクサーのように、倒れることも許されず、立ったまま全身を打ち据えられていた。
トドメの一発がみぞおちにめりこみ、吹っ飛び倒れる。
激痛のあまり、そのまま胸を押えてのたうちまわった。
肺がギュッと絞られているかのように、息ができない。
な……!? なんだ……!? 今の剣技は……!?
「語り合うどころか、悲鳴をあげるだけの力も無いようだな」
ブリザードはそう言って、レイピアを腰の鞘に収めようとする。
俺はむせながら、なんとか立ち上がった。
「ま……まだだ……! まだ、勝負はこれからだっ……!」
「ほう、気力だけはあるようだな」
俺は実家では剣術練習用の人形のような扱いを受けてきた。
時には猛牛の突進みたいな攻撃も受けさせられてきたから、ちょっとやそっとの攻撃じゃ心は折れねぇ。
それに……俺には……!
俺は、地を蹴りながら手をかざす。
「アイスクリン、レベル1っ!」
それまで氷像のように変らなかったブリザードの眉が、ピクリと動く。
「……なんだと?」
俺の手から放たれた、無数のツララがブリザードに襲いかかる。
「ふむ、攻撃魔術を盾にするという戦法か」
ブリザードは鼻を鳴らし、またあの剣技を繰り出した。
放射状に広がった空気弾がツララとぶつかりあい、相殺するように粉々になっていく。
ブリザードは片笑む。
「30もの攻撃魔術とは、そこそこの腕前のようだな。しかし私の突きはその上をいくぞ」
俺はヤツ以上、不敵に笑んだ。
「わかってるさ、そんなことはな!」
「なに? 相殺しきれぬとわかっていて飛びこんでくるとは、勝負を捨てたか……」
と、氷の仮面にヒビが入るかのように、ヤツの顔が驚きに満ちる。
俺のツララはすべて打ち砕かれていたが、俺がインファイトのボクサーのように空気弾をすべてかいくぐっていたからだ。
「俺にはな、二度と同じ技は通用しねぇんだよっ!」
俺の天賦の才『絶対感覚』。
これはすべてのものを感覚的に捉えることができ、一度感じたものは絶対に忘れない。
そう、俺はヤツの剣技を身体で受け止めたとき、その空気弾の位置とタイミングをしっかりと覚えていたんだ。
「飛んでくる場所がわかってりゃ、よけるのは簡単だぜっ! でりゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
……ガシィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
俺の渾身の一撃は、鼻持ちならない女騎士の顔面を捉えていた。












