03 はじめての攻撃魔法
03 はじめての攻撃魔法
チンピラたちは蒼白になりながら背を向け、路地裏の通路に殺到、押し合いへし合いしながら逃げ惑っている。
俺は手にしていた杖を「ほら、返すぜ」と、少女に渡す。
彼女はどうするかと思ったのだが、なんの迷いもなくチンピラたちの背中に切っ先を向けていた。
「震え! 凍え! 怖れよ! すべての生命絶えし大地、そのただ中にわたしはいる!
五指は棘となりて一生、四象を貫く! 皎々たる雹薔薇っ!」
純度の高い金属どうしがぶつかりあったような、澄んだ音があたりに響き渡る。
杖の先にある空間が氷結していき、氷の塊となっていく。
それらはツララのように尖りながら飛んでいき、盗賊たちの太ももを貫いていた。
少女のまわりには冬でもないのに雪の結晶が舞い散っていて、その横顔の美しさに俺は思わず「ヒューッ」と口笛を吹く。
改めて見てみると、彼女は目の覚めるような美少女だった。
美しい金髪のストレートロングに、氷のような青い瞳。
整った顔立ちと雪のように白い肌はビスクドールを思わせた。
年は俺と同じくらいでまだあどけないが、冬の朝のような、ピンと張りつめていながらも清廉な空気をまとっている。
雪の結晶のような魔術師のローブがこれまたよく似合っていた。
その横顔は凜としていたが、彼女の腰に当てた手から震えを感じ取る。
寒くて震えているわけではないようだった。
俺はおもむろに彼女の頭に手を置いて、髪の毛を撫でてやる。
その髪の毛は見た目のとおり、シルクのような手触りだった。
彼女は盗賊たちのほうを見ていたが、肩をピクッと震わせ、俺のほうを向く。
「……なにをしてるの?」
「なにって、怖かったんだろ? まぁ無理もないよな、あんな男たちに襲われたんじゃ。こうすると気持ちが落ち着くだろ?」
「別に……」
心なしか、彼女のほっぺがほんのり赤くなっているような気がした。
「そうか? 俺の妹は怖がりで、小さい頃はこうしてやると喜んでたんだけどなぁ。
今は立場がすっかり逆転して、高い高いとかされちまってるけど……」
彼女は無言で俺の腕から離れ、「助けてくれてありがとう」とだけ言ってどこかへ行こうとする。
「おいおい、ちょっと待てよ、せめて名前くらい教えてくれよ」
呼び止めると、彼女はわずかに目を見開いて振り返った。
それはさも意外そうな顔に見えたが、すぐに冬の朝のような表情に戻る。
「……わたしはアイスクリン。アイスクリン・マロン・グラッセよ」
「そうか、俺はデュランダル……」
フルネームを口にしかけてはたとなる。
そういえば俺は一族を追放されて、ミドルネームも与えられずじまいだった。
「お……俺はデュランダル・マギア・ブレイドだ」
とっさに、本で読んで印象的だった単語を組み合わせ、名前をでっちあげる。
急ごしらえだが、なかなかいい名前じゃないか。
しかしアイスクリンは「そう」と、俺の名前なんてたいして興味がない素振りを見せる。
それ以上に、気になることを思いだしたようだった。
「……そういえば、なんでわたしを助けたりしたの? あなたは剣士なんでしょう?」
俺は剣こそ持っていないが、家を出てからはずっと剣士の練習着のままだった。
そしてずっと剣士だらけの山奥で暮らしていたので、魔術師を見るのはこれが初めてだった。
どうやら世間の常識だと、剣士が魔術師を助けることはありえないらしい。
俺は素直な気持ちを口にする。
「職業なんて俺には関係ないさ。困ってそうなヤツがいたから助けただけだ」
するとアイスクリンはまた意外そうな顔をする。
彼女は表情の変化が乏しいらしく、瞼をわずかにクッと持ち上げる程度だったが、俺にはその違いが感じ取れた。
「そう、あなたみたいな剣士もいるのね。それじゃ」
アイスクリンはまた俺に背を向ける。
俺はもうちょっと話していたい気分だったが、彼女はそんな気分じゃないらしい。
まぁ、美しい彼女にこんなゴミ溜めは似合わないからな。
俺はアイスクリンの背中を見送りつつ、さっきの彼女の魔術を思いだしていた。
「あのツララみたいなやつ、すげーカッコ良かったな! 俺も攻撃魔術が使えるようになりてぇなぁ!」
天賦の才である『絶対感覚』は、見聞きしたものを鮮明に覚えることができる。
俺は頭のなかで何度も、アイスクリンの魔術の映像を再現して余韻に浸った。
「攻撃魔術が出た時に鳴っていた音は、『アイシクル』だったな。
よし、俺にもできないかやってみよう」
かつて俺が読んでいた『原初魔法初級編』の本には、基本的な術式がたくさん書かれていた。
それらの基礎術式を組みあわせれば、もしかしたら俺にもツララが出せるかもしれない。
本はオヤジに燃やされちまったけど、中身はぜんぶ頭の中に入っている。
「えーっと……まず、アイシクルっていう言葉を代入するんだよな。
筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ アイシクル」
そして、少し離れたところに積んである、朽ちた樽の山に向かって手をかざした。
「それから、音を物質に変換。
變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に……」
これでいいはずだ、と俺は満を持して叫ぶ。
「奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 掌紋よりっ!」
刹那、莫大なエネルギーが手のひらからあふれ出し、その反動で俺は馬車に轢かれたように吹き飛ばされていた。
ゴミを蹴散らすように地面を転がり、壁に叩きつけられる。
一瞬なにが起きたのかわからなかったが、目の前に広がっていた光景に我が目を疑う。
なんと、神殿の柱かと思うほどの巨大な氷柱が出現していて、狙っていた樽どころか、その後ろにある家をも粉々に砕いていたのだ。
廃屋の向こうにある通りを歩いていた人たちは、驚きのあまりアゴが外れたような表情で立ち止まっているのが見えた。
「な……なんてことをしてくれたんだいっ!? うちの家をっ!?」
隣の家の裏口から、太ったエプロン姿の中年女性が飛び出してくる。
いかにも酒場のおかみさんといった風情の彼女は、どうやら俺が破壊した家の持ち主のようだった。
おかみさんがものすごい形相で迫ってきたので、俺はすぐさま立ち上がる。
「わっ、わわっ!? お、おかみさん、俺……!」
ブン殴られるのを覚悟していたが、おかみさんは俺の手をガッと握りしめてきた。
「あの廃屋、ちょうど取り壊そうと思ってたんだよ! でも業者に頼んだらとんでもない見積もりでさぁ!
どうしようか困ってたところだったんだよ! ああ、本当に助かった! 壊してくれてありがとうね!」
「え……? あ……そ、そっすか」
俺は九死に一生を得た思いだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
路地裏から表通りに出ようとしていたアイスクリン。
彼女の表情は冬の海のようにクールだったが、内心はホットだった。
――わたしのことを知らない人間にあったのは久しぶり……。
それに、こんなに誰かと言葉を交わしたのも久しぶりね……。
それどころか、男の子に触られたのって、いつくらいぶりだろう……。
デュランダルくん……本当に、変わった男の子だったわ……。
背後から突如、亜音速じみた爆音が轟き、ドキッと振り返るアイスクリン。
ゴミ捨て場で繰り広げられていた光景を目にして、目が点になる。
それは、デュランダルの手から見たこともないような巨大な氷があふれ出て、家を破壊する瞬間だった。
アイスクリンは思わず「ええっ!?」と息を呑んでしまう。
――あ……あれって、氷結魔術……?
う、うそ……? あんなに桁違いの威力の魔術なんて、あるわけが……。
でゅ……デュランダルくんって、いったい何者なの……!?