29 バッドマン参上
29 バッドマン参上
チョーカーという名の悪魔が支配していたそのステージ。
でもいまや、別の悪魔がその注目をかっさらっていた。
しかしそれも、ほんの一瞬で終わりを告げる。
真っ先に騒ぎ出したのは、人混みの中央にいた賢者たちだった。
「い……いまのは私がやったんだ! 私が上から魔術を撃って……!」
「いやいや、なにを言っている! いまの私が……!」
「まったく、貴殿らはいつもそうだな! 今までは譲っていたが、今日ばかりは……!」
さっそく手柄を横取りしはじめる賢者たち。
それに乗っかる王族たちは、自分たちが連れてきていた部下に命じる。
「な……なにをしている! チョーカーを捕まえろっ! あのチョーカーを捕らえたとなれば、褒賞ものだっ!」
「少なくとも剣士には捕まえさせるな! いいなっ!」
「この手柄、魔術師なんかにくれてやるわけにはいかん! 死ぬ気で捕まえろっ!」
あっちもこっちも特ダネだったので、記者たちも大騒ぎ。
しかし、その火種となった少年はというと……。
もう自分の仕事はすんだとばかりに、すたこらさっさと走り去っていた。
ステージ上のチョーカーは腰を抜かしていたが、迫り来る兵士たちに我に返る。
『クエェェェェェーーーーーーッ!! う……動くなぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!』
さきほどまでのおどけっぷりをかなぐりすて、鬼気迫る表情で立ち上がっていた。
その手にはなんと、もうひとつのスイッチが……!
『クエッ! 起爆スイッチがひとつだけとは言ってねぇよなぁ!?
それ以上近づいたら、ドカーン、だぞっ!!』
チョーカーがスイッチを振り上げると、兵士たちは立ち止まり、観客たちは「うわぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!!」としゃがみこんだ。
『そこの! そこのクソガキ! テメーもだ! おい、止まれこのっ!』
呼び止められた少年は、仕方なしに振り返る。
そして肩をすくめるポーズを取ったのだが、その仕草でさらにチョーカーは激昂した。
『て……テメェっ!? ふざけんじゃねぇぞっ! せっかくのゲームをメチャクチャにしやがってぇ! こっちに来いっ!』
形勢はふたたび逆転。
少年までもが囚われの身となり、人質代表のようにステージにあがらされてしまう。
『あの、俺、急いでるんだけど……』
少年に魔導拡声装置を向けるチョーカーは、すでに自分のペースを取り戻していた。
『クエックエックエッ! そんなこと言わずに、せっかくだからゆっくりしていきなよ、ヒーローくん!
キミ、見たところ剣士みたいな格好してるけど、魔術使ってたよねぇ? なに寮なの?』
少年は『バッド寮』と短く答える。
チョーカーは白手袋の手を叩いて大げさに笑った。
『クエーックエックエックエッ! バッド寮ってまさか、あの落ちこぼれが入れられるっていうバッド寮!?
僕がこの学院にいた頃には、もうとっくに廃止になってたんだけどねぇ!
それを復活させたってことは、キミは相当な落ちこぼれってことだ!
それじゃあキミのことは、『バッドマン』って呼ばせてもらうね! ねっねっ!』
少年の答えを待たず、チョーカーはさっさと話を進める。
『バッドマンが余計なことをしてくれたおかげでせっかくのゲームが台無しになっちゃったじゃないか!
だからバッドマンにもゲームを手伝ってもらわなきゃ、僕の気が済まないなぁ!』
『なにをすればいいんだ?』
『簡単なことだよ! これからバッドマンは、どこに爆弾が仕掛けられているかを当てるんだ!
探すんじゃなくて、このステージの上から爆弾が仕掛けられているところを指さしてねっ! ねっねっ!
正解したらバッドマンの勝ちで、このゲームはおしまい!
でももし外れたら、ドカーンっ!!』
「ひいっ!?」とステージ下の観客たちから悲鳴が届く。
期待通りのリアクションが得られ、チョーカーは満足顔……。
のはずが、少年だけがノーリアクションだったので、やや不満げだった。
『……ってのはナシで、バッドマンが正解できなかったら、人質がひとりずつ死んじゃうよ!
しかも、この学院の関係者から順番に死んでいっちゃうよぉ!
そのほうが、間違ったときのショックも大きいでしょぉ? クエックエックエッ!』
チョーカーがステージ下に向かって目配せすると、部下のデモンメイトたちが、観客たちの集団の中から、ひとりの男を引きずり出す。
「ぎえっ!? ぎえっ!? ぎえええっ!? や、やめるだます! やめるだますっ!
わ、私はこの学院の人間じゃないだますぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」
選ばれたのは、なんとダマスカス。
彼はステージ上で司会進行役をしていたため、学院関係者であることはテロリストたちにはバレバレであった。
『じゃあこの先生の命を賭けて、「爆弾さがしゲーム」としゃれこもうね! ねっねっ!』
少年の顔にわずかな動揺が見て取れ、ウッキウキのチョーカー。
それまで言葉少なだった少年は、ここに来てようやく自ら口を開いた。
『ちょっと質問があるんだが』
『え? なになに? なんでも聞いていいよ! あ、でもでも、僕の初恋の相手と、爆弾の場所だけは教えられないからね! クエックエックエッ!』
少年に向かって耳に手を当てるポーズを取るチョーカー。
『爆弾を仕掛けたのは誰なんだ?』
『クエックエックエッ! いい質問だね! そりゃもちろん僕だよ! 爆弾を仕掛けるのと、他人の家に火を付ける以上に楽しいことなんてないからねぇ!』
『爆弾を探す方法に制限はあるか? これはやっちゃダメみたいな……』
『ないよ! 頭脳を駆使して推理するも、肉体を駆使して探し回るも、なんでもアリだよ!
ただ逃げ出したりしたら、この先生がどうなっても知らないよぉ?』
すると、いつの間にかステージに上げられていたダマスカスが、スライディングの勢いで跪き、少年にすがりついた。
「でゅ、デュランダルくん! いままで意地悪して悪かっただます!
あ、あれはキミのためを思ってやった愛のムチだます! だ、だから見捨てないでほしいだます!』
『大丈夫ですよ、ダマスカス先生。僕は逃げたりしません』
『っていうか答えないでほしいだます! デュランダルくんみたいな落ちこぼれに、爆弾の位置がわかるはずもないだます! あっ、い、いまのはウソだます! ウソだけど答えないでほしいだます!』
自分の命が惜しいあまり、ダマスカスはパニック状態に陥っている。
学院の有事の際にはいちばん冷静でいなければならないはずの立場なのに誰よりも取り乱し、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしていた。
少年は変らぬ表情で答える。
『大丈夫ですよ、ダマスカス先生。なにをやってもいいんだったら、爆弾の位置は簡単にわかります』
『クエッ!? たいした自信だねぇ! それじゃあさっそくゲームスタートといこうか!』
チョーカーが開始宣言をするなり、少年はチョーカーに向かって手をかざしていた。
『グラシア、レベル1っ!』という高らかなる宣言が、あたりに響き渡る。
『へ?』とマヌケ顔のチョーカーが、フラッシュライトのような光に照らされた。
少年はあいたほうの手をおもむろに、ステージの後ろに設えられた水晶板に向ける。
そこに……誰もが目を疑うようなものが映し出された。
風景は廃屋のような場所で、そこにはチョーカーとデモンメイトたちが勢揃いしている。
『それじゃあこれから、「塔開きの儀」に乗り込むよっ!
僕たちはパーティを盛り上げるための業者として呼ばれてるから、決起の時まではそれっぽく振る舞ってね! ねっねっ!』
それは作戦説明の真っ最中のようだった。
ひとりの部下が手を上げて尋ねる。
『チョーカー様! 爆弾はどこに仕掛けてあるんですか?』
『クエッ! どこにも仕掛けてないよ!
だって今日は多くの王族や貴族が集まるんだよ? ボディチェックがハンパないに決まってるよね!
だから持ち込まなくていいかなーって!』
部下たちの間に、『ええっ!?』と驚きが走る。
『でも大丈夫! 世間のイメージでは、僕といえば爆弾でしょ?
だからハッタリをカマしたら、みーんな信じちゃうって!
それに、ありもしない爆弾を必死で探すだなんて、すっごく無様だと思わない!? クエーックエックエックエッ!』
映像が不意に途切れた。
それまで釘付けになっていた者たちは、一斉に少年を見る。
少年はもうすでに背を向け、走りだそうとしていた。
「探す手間が省けてよかったよ。じゃ、急いでるから俺はこれで、あとのことはよろしくな」
そのまま走り去っていく少年。
背後からは「かかれーっ!」という勇ましい声と、「クェェェーーーーッ!?」とニワトリが締められているような絶叫が轟いていた。
今日も2話更新させていただきました!
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