28 下界に降り立つ悪魔
28 下界に降り立つ悪魔
俺を見る上級生たちの目がガラリと変り、なんだか市場の居心地が悪くなってしまった。
しょうがないので、誰もいないエントランスの片隅へと移動する。
そこで、占い魔術を呪文化してみた。
過去を見ることができる魔術というのは、いずれ役に立つことがあるかもしれないと思ったからだ。
呪文の名前は、占いを教えてくれた人物にちなんで『グラシア』とする。
ステータスウインドウを開いてみると、これまで得た呪文がずらずらっと並んでいた。
アイスクリンレベル1 アイスクリンレベル2 アイスクリンレベル3
ザガロレベル1 ザガロレベル2 ザガロレベル3
グラシアレベル1 グラシアレベル2 グラシアレベル3
ウインドウに浮かび上がる9つの項目に、俺は目頭が熱くなるのを感じる。
「こ……こんなに……こんなにたくさんの呪文が……使えるようになるだなんて……!」
俺のステータスウインドウは生まれてこのかたずっと空欄だったのだが、それは役立たずの証だった。
いつまで経っても、なにをやっても強くなることのない、呪いのレッテルだったんだ。
「でも、いまは違う……! 俺はもう、役立たずなんかじゃない……!
兄弟たちにはまだ及ばないにしても、俺は少しずつ、着実に成長している……!」
いまの俺にとって呪文が増えていくというのは、さながら血肉がついていく感覚に等しかった。
昨日できなかったことが今日できるようになり、明日はもっとできるようになる……!
こと修練において、こんなに嬉しいことはない。
そして意外だったのは、塔の魔法陣にあった言葉が、そのまま原初魔法の術式として利用できたことだ。
俺はますます魔術に、そしてこの塔に魅入られていくのを感じていた。
「この塔を上っていけば、もっといろんな術式が得られるに違いない……! よぉし、やるぞーっ!」
そうと決めたらさっそく2階の探索を……と思ったのだが、鐘の音が聞こえてきた。
午後の授業の終了を告げるチャイムだ。
今日の塔の探索は、放課後のチャイムが鳴るまでやっていいことになっている。
そのあとは塔の外で、真夜中までパーティが行なわれるそうだ。
多くの見世物やごちそうが振るまわれ、来客たちと生徒の交流の場となるらしい。
ダマスカス先生がその説明をしてくれたんだけど、先生は最後に、釘を刺すように俺に言ったんだ。
「いちおう言っておくだますけど、バッド寮はパーティには参加できないだます。
なんでかって? パーティ中もずっとデュランダルくんは見世物になるからだます。
途中で泣きながら逃げ帰ろうとしても、そうはいかないだますよぉ。
せいぜい来賓の方々の目を楽しませるピエロになるだます! ムホホホホホ!」
俺はダマスカス先生がなにを言っているのかさっぱりわからなかったが、いずれにしてもパーティには参加させてもらえそうもなかったので、あらかじめ別の予定を入れておいたんだ。
「……しまった! 今日は初日だってのに、遅刻したらマズい! 急がなきゃ!」
2階の探索は明日からにすることにして、俺は昇降機のある部屋へとダッシュした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、塔の外は静寂に包まれていた。
本来ならばパーティの準備が進められているはずなのだが、その場にいる者たちは石にされたように動かない。
なぜならば、その準備の最中、とある集団が会場の占拠を宣言したからだ。
ステージイベントのショーマンとして招かれていた彼らは、自らを『デモンダスト』と名乗る。
デモンダスト……それは、この国では知らぬ者がいないテロリスト集団。
ダマスカスのひとり舞台だったステージには、集団のリーダーであろう、白塗りメイクの男が立っている。
派手なメイクに加え、首にきつく食い込んでいる首輪がひときわ異質。
その見目だけで観客を沈黙させた彼は、魔導拡声装置を手に、まさしくピエロのようにおどけてみせた。
『クエーックエックエックエッ! みんなの人気者、チョーカーだよ!
今日は、こんないい席にお招きいただきありがとう!
みんなも知ってのとおり、僕はゲームが大好きなんだよね! もちろん、みんなも大好きでしょ? でしょでしょ?』
彼の声は、首を絞められている最中のように甲高い。
そして目は失神寸前のように、白目を剥いていた。
『クエーッ! みんな待ちきれないって顔してるから、さっそくゲームといこうか!
その名も「爆弾さがしゲーム」だよ! この会場のどこかに爆弾を仕掛けたから、それをみんなで探そう!
もしゲームを放棄して逃げようとしたら、大変なことになっちゃうから注意してね! ねっねっ!』
観客たちは客席を離されて一箇所に集められている。
そのまわりには、連射式のクロスボウを持ったテロリストたちが囲んでいた。
しかしテロリストたちの武装といえるものはそれだけで、人数だけでいえば観客たちよりずっと少ない。
いまこの会場にはたくさんの警備兵のほかに、観客のなかには名高い剣士や魔術師たちがごまんといた。
反撃すればあっという間に撃退できるほどの戦力があるのだが、あるスイッチのせいでできずにいる。
チョーカーが手にしていたのは、誰がどう見ても爆弾の起爆スイッチであった。
爆弾の規模や仕掛けられた場所がわからない以上、下手な抵抗は大惨事になりかねない。
そのため、剣聖や賢者たちですら、武装を解除せざるをえなかったのだ。
恐怖と悔しさが入り交じった観客たちの視線を、チョーカーは賞賛のように浴びている。
『クェーックェックエックェッ! ちなみに、爆弾は時限式じゃないよ!
これなら、爆弾が見つかるまでずーっとゲームで楽しめるね!
あと、僕が休んでいいって言うまでずっと探し続けてね! 勝手に休んだ子はお仕置きだぞぉ!
あっ、それと記者のひとたちは、偉い人たちが探してるところを真写におさめてね! ねっねっ!』
チョーカーは愉快犯であった。
これだけの人質がありながら何の要求もせず、ただ彼らが焦るところが見たいというのだ。
『偉い人たちが這いつくばって、汗と泥まみれになって爆弾を探している姿って、なんだか貧民がゴミをあさってる姿みたいで楽しいよね!
それが明日の朝刊の一面に載ったりしたら、もっともっと楽しいよねぇ! ねっねっ!
それじゃあさっそく、ゲームの開始のカウントダウンといこうか! クェーックェックエックェッ!』
怪鳥のような高笑い、裂けた口のようなメイクから、追いつめるような口調のカウントダウンが始まる。
これから行なわれるのは、爆弾を見つけるまでは決して休むことは許されない、死のゲーム。
美しい装束をまとった権力者たちは、天国から地獄に突き落とされたかのように青ざめ、震えている。
彼らはみな、神に祈っていた。
しかし、決して神は訪れることはない。
もはやなりふり構わず、助けてくれるのなら、このさい誰でも……。
悪魔でも構わないとすら思い始めていた。
『クェーックェックエックェッ! ゲーム、スタートっ!
と、その前に、いいこと思いついちゃった! せっかくだからみんなの足を撃ち抜いて、這いつくばった状態で探したほうが楽しいよね!
だってそのほうが時間がかかって、よりゲームが楽しめるんだから!
よぉーし! デモンメイトのみんな、かまえてーっ!』
チョーカーがそう命じると、部下たちは観客たちの足元にクロスボウを向ける。
それまで身を寄せあうようにしていた観客たちは、悲鳴と絶叫で押し合いをはじめた。
『クェーックェックエックェッ! 楽しいねぇ! 面白いねぇ! 無様だねぇ! それじゃあ、うてーっ!』
無慈悲な矢弾が放たれようとしたその時、塔のほうから声が響き渡った。
「アイスクリン、レベル1っ!」
直後、青い光の筋がデモンメイトのクロスボウを一閃し、粉々に破壊する。
その衝撃のあまり、デモンメイトたちは「うわあっ!?」と倒れ込んでいた。
それは奇跡のような光景であったが、それだけではない。
どこからともなくやってきた光は、チョーカーの手にしていたスイッチまでもを破壊していたのだ。
『クエッ!? だ……誰だっ!?』
目を剥くチョーカー、振り向く観客たち。
みなが注目したのは塔の入口で、そこに立っていたのは……。
たったいま空から降り立った悪魔のように、両手を広げる……あの少年であった……!












