26 はじめての占い
26 はじめての占い
さっきまであんなに賑やかだった市場は、しん……と静まり返っている。
まただ、と俺は思う。
この学院に入ってからというもの、俺がなにかをするたびにまわりが静かになるんだよな。
俺は静かなほうが好きだから、べつにいいんだけど、このあとは決まってうるさくなるんだ。
周囲で見ていたヤジ馬たちが、さっそく喋りはじめる。
「な……なんだ、アイツ……!? アイツ、新入生だろ!?」
「剣士で落ちこぼれたから魔術師になったって聞いたけど、ウソだろ!?」
「メチャクチャ強ぇじゃねぇか! 3人を瞬殺するだなんて……!」
「い、いや! あの3人が弱すぎるんだよ! でなきゃ、あんなヤツに……!」
世間の目は俺の強さよりも、剣士トリオの弱さのほうに向いていた。
彼らはヤジ馬たちから蔑むような目を向けられていたが、それどころではないようだった。
「ひっ……ひっ……ひいいっ……!?」
「や……ヤベェ……! ヤベェよ、アイツ……!」
「も……もう、やめてくださいっ……!」
剣士トリオは尻もちをついたまま、足だけ動かして俺から後ずさっている。
俺は彼らを思って言ってやった。
「おい、どっか行くんだったら、護符を買っといたほうがいいんじゃねぇか?
グラシアの占いどおりに護符を買っといたら、そんな恥をさらさずにすんだんだから」
すると剣士トリオはようやく、ヤジ馬たちの冷たい視線に気付いたようだ。
「かっ……かかっ、買います! 買いますぅぅ!」
「こ、これ、ぜんぶください!」
「おっ、お釣りはいりませんから! それじゃ、さいならーっ!」
剣士トリオはサイフごとグラシアに差し出すと、陳列されていた護符をすべてかっさらっていった。
もはや護符を手に入れたところで手遅れな嘲笑が、ヤジ馬からおこる。
それからようやく市場は平常を取り戻す。
ロックは同じ魔術師科の女生徒たちに囲まれていた。
「ロックくん、ケガしてる! 私に治させて!」
「ううん、私の治療のほうが……!」
ロックはクラスメイトの女生徒にモテモテのようだった。
俺とは大違いだが、ロックはうざったそうに女子の手を振り払っている。
あの調子なら心配いらないだろうと思い、俺はグラシアに声を掛けた。
「大丈夫か?」
するとグラシアは、メガネがずれるくらいぶんぶんと頭を下げる。
「は……はひっ! あっ……ありがとうございました!」
彼女は頬を染め、潤んだ瞳で俺を見つめている。
どうやら、よっぽど怖かったみたいだ。
「ところで、お前は占い魔術師だったんだな」
「あっ……はひ……! 私は……戦闘系の魔術が……苦手……ですので……」
ひと口に魔術師といってもいろんな種類がある。
花形なのはアイスクリンやザガロのような戦闘系の魔術師だが、他にも生産系の魔術師や、鑑定系の魔術師なんかがいる。
その中でもグラシアは、特に数が少ないとされる、占い系の魔術師らしい。
俺はさっそく食いついていた。
「占いの魔術って、俺はよく知らないんだよ。どうやって占うんだ?」
グラシアは、はにかみながら教えてくれる。
「は……はい……。占い魔術は……いくつかあるのですが……私は……水晶球を……触媒として……います……」
「水晶球を使って、どうやって占うんだ?」
「はい……まず……水晶球で……その人の……過去を……見るんです……。
その過去で……未来を……予想……するんです……。
あの……ためしに……やって……みせましょうか……?」
「おお、ぜひ頼む!」
グラシアは手にしていた紫色の布で、水晶球を磨く。
そして両手をあてがい、なにやらボソボソ言いはじめた。
どうやらそれは詠唱らしかったのだが、ただでさえ声の小さいボソボソつぶやいているせいで、なんて言っているのかぜんぜん聞き取れない。
耳を凝らしているうちに詠唱が終わり、水晶球がぼんやり光りはじめる。
水晶球には、血の池に針の山のような景色が映っていた。
グラシアは「ひいっ!?」と引きつれた悲鳴をあげる。
「どうしたんだ?」
「こ……こんな結果は……は……初めて……です……!
これから地獄に堕ちる人は……多く……見てきましたが……もう……堕ちているだなんて……!」
「そういえば剣士たちにも『地獄に堕ちる』って言っていたな。俺の結果はそんなに酷いのか?」
するとグラシアは、今にも泣きそうな瞳で俺を見た。
「酷い……なんてものでは……ありません……! デュランダルさんが……こんなに辛い……人生を送って……いるだなんて……!
私だったら……とっくの昔に……自殺……しています……!」
「そんなに酷いのかよ!? たしかに恵まれてるとは思わねぇけど、そこまででも……!」
……あるのか? とは思ったが、いまの俺は幸せだとも思う。
その酷い結果で未来はどうなるのか気になるところだが、グラシアはショック状態でそれどころじゃなかった。
彼女の気持ちを落ち着かせるためにも、俺は話題を変える。
「占い魔術ってのも面白そうだな。ちょっと俺もやってみていいか?」
「はい……。あ……でも……過去を見るには……触媒として……自分専用の……水晶球がないと……」
「そうなのか? まあダメ元で、触媒ナシでやってみるよ」
俺はホウキなしでも空を飛べたから、案外こっちもいけるかもしれない。
さっそく術式を組み立ててみる。
えーっと、まずは対象を指定。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ グラシア」
そしていきなり躓いてしまった。
……『過去』を現すにはどうやればいいんだろう?
そんな術式、本には無かったし……。
悩みかけてふとある単語が頭をよぎったので、それを術式に組み込んでみる。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 其は ・ 星霜」
2階の魔法陣に書いてあったやつだから、なんの意味もないかもしれないけど……ダメ元だ。
でも、結果を出力するにはどうやればいいんだ?
あ、それなら『原初魔法初級編』に、それっぽい術式があったな。
俺は少し離れたところにあった塔の壁に向けて、手をかざす。
「繊翳せよ ・ 筐裡の第一節の ・ 筐裡の第二節を ・ 掌紋より」
次の瞬間、放射状の光が手のひらから放たれる。
魔導映写装置のように、壁に映像のようなものが映し出された。
「え……? 私……?」
それだけで、グラシアは言葉を失う。
映像の風景は寮の部屋のようで、グラシアは机に向かっていた。
鼻唄混じりに羽根ペンを走らせ、ノートに絵を描いている。
それはどうやら、男子生徒の顔のようで、やたらとイケメンに描かれていた。
映像のなかのグラシアは楽しそうだったが、どうやら無意識だったようで、ハッと我に返る。
『あっ……!? わ、私ったら……! また、あの人の顔を……!』
グラシアはいつも、いまにも消え入りそうな、途切れ途切れのしゃべり方をする。
でもひとりきりのときは、普通にしゃべれるようだ。
映像のなかのグラシアはかあっと赤くなった顔を押え、いやいやをしていた。
『ああっ……! あの人に会ってからというもの、あの人のことばかり考えてしまいます……!
だってだって、あまりにも素敵すぎるんですもの……! デュラ』
「ひ……ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
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