23 カップル誕生
23 カップル誕生
時は少し戻る。
アイスクリンが女神の左手を掴んだ途端、女神像の背後にあった壁の模様が光り出す。
光は打ち上げ花火のように天へとのぼっていき、壁にはめ込まれた巨大な水晶球を輝かせる。
そこには、アイスクリンが女生徒の代表となったことを示すように、彼女の顔が浮かび上がっていた。
その様子は、塔の外に設えられた魔導装置によって中継されていて、スクリーンのような巨大な水晶板にはアイスクリンの顔が映し出されていた。
しぶとくステージへと復帰していたダマスカスが魔導拡声装置を手に叫ぶ。
『今年の新入生代表は、アイスクリンさんに決まっただますぅぅぅぅ~~~~~っ!
みなさま、拍手っ! 拍手拍手、拍手ぅぅぅぅ~~~~~っ!
そしてご覧下さいだます、アイスクリンさんのあのお顔を!
「氷菓姫」と呼ばれるほどのクールな彼女が、全身全霊を出し切ったかのようにヘトヘトになってるだます!
きっと、よっぽど男子代表の生徒と、カップルになりたかったんだますねぇ!』
アイスクリンほどの名家の生徒が代表となれば、権威主義のダマスカスにとっては申し分ない結果であった。
『あとは気になる男子代表だますけど、きっとザガロくんが1位になるだますねぇ!
だってそうでなければ、婚約者のアイスクリンさんがあんなに必死になるわけがないだますから!』
それはほとんどの者たちがそう思っているようで、観客たちはマスゲームのように揃った動きで「うんうん」と頷いていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃アイスクリンは、生まれて初めての一所懸命に、すっかり抜け殻になっていた。
汗で張りついた前髪をかきあげることもせず、女神像の手を握り閉めたままくずおれ、ぜいぜいと肩で息をしている。
タッチの差で敗れてしまったコインコは、ショックのあまりへなへなとその場にへたり込んでしまった。
「ま……負けて……しまいましたわ……! こ……この試練こそは、わたくしが勝つはずでしたのに……!
アイスクリンさんの氷結魔術よりも、わたくしの黄金魔術のほうが、命中率では上回っていたはずなのに……!?
どうして、どうしてですのぉぉぉぉぉ~~~~っ!? うわぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」
人目もはばからず、わんわん泣き出すコインコ。
彼女はアイスクリンとは真逆で、何事にも全力で負けず嫌いである。
ゴージャスで派手でもあるので、負けたときのリアクションもひと一倍であった。
「うわぁぁぁぁんっ! 今度こそ、今度こそアイスクリンさんを跪かせることができたはずですのにぃぃぃーーーっ!
悔しい悔しい悔しいっ! 悔しいですわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」
コインコは高価なローブが汚れるのもかまわず、駄々っ子のようにその場を転がりまくる。
そこに、足音が聞こえてきた。
それは、男子側の出口。
何者かが『最初の試練』をクリアし、部屋を出たのだ。
その場にいた女子たちは悲喜こもごもだったが、誰もがパッタリと静かになる。
長い影を伸ばして歩いてくるその人物を、固唾を飲んで見つめていた。
それは、彼女たちだけではない。
塔の外にいる観客たちも、食い入るように水晶板を凝視する。
そして……現われた少年に、心臓を貫かれたような絶叫をあげていた。
特に、ステージ上の司会者が。
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!? でゅ……デュランダルくぅーーーーーんっ!?!?
なんで!? なんでだます!? 最初の試練は、ひとりでは絶対に無理なはずなのに!?
溝に落とされて夕方までひとりぼっちになっているはずざますのに!?
なんでなんで、なんでざますぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
点滴スタンドごとブッ倒れるダマスカス。
騒然となる観客席。
「と……撮れ! 水晶板を撮りまくれ! カップル誕生の瞬間を、絶対に逃すなよ!」
思わぬダークホースの出現に、大興奮の記者たち。
「あ……ありえない……! あんな馬の骨のような、下品な生徒が学年代表になるだなんて……!」
悪夢を見ているように、頭を抱える賢者たち。
水晶板に大写しになっているアイスクリンは、足音に顔を上げていた。
憧れの君を見上げるような潤んだ瞳で、「デュランくん……」とつぶやく。
コツ、コツ、コツ……と、普段となんら変らぬペースの足音で近づいてくる少年。
女神像の前で立ち止まると、「おお、これが噂の女神像かぁ」と感慨深げに見上げている。
しかし少年はこの直後、天地がひっくりかえるような行動に出る。
彼は女神像を破壊した、と言われたほうがまだ納得できるほどの、とんでもない暴挙に。
なんと……! そのまま女神像を、スルーするっ……!
ガラ空きの女神の右手には目もくれず、「あっちが2階への階段だな」と歩きだしたのだ……!
アイスクリンもコインコは、唖然とその背中を見送っていたのだが……。
やがて同時に我に返り、ふたりして猛然と立ち上がっていた。
「でゅ……デュランくんっ!?」
「お待ちなさい、デュランダルくんっ!」
ふたりの姫に呼び止められ、「なんだ?」と少年はノンキに振り返る。
「な……なんで、女神の手を取らないの!?」
「そうですわ! あなたは1位になったのでしょう!?」
「いや、俺、そんなの興味ないから。
別に1位になったからって、女神の手を取る必要はないんだろ? 次に来るやつに譲るよ」
「「なっ……!?」」とハモる姫君たち。
そして今更ながらに気付く。
通常、この『最初の試練』では、ひとりの生徒が目的を達成したら、他の生徒も続いて溝を渡ることができる。
そのため、女神像までの通路はいつも集団による競争が繰り広げられるのが常となっていた。
アイスクリンとコインコの激走がいい例であろう。
トップのデュランダルが現われた以上、本来ならばこの通路は他の男子生徒たちでごったがえしているはずである。
しかし男子側の通路は、誰ひとりとして後続が来ていない。
これは、この学院が始まって行なわれてきた『最初の試練』のなかで、過去に例がない事態である。
あまりにもデタラメな出来事だらけだったので、コインコは激昂した。
「ふ……ふざけるんじゃありませんことよ! デュランダルくんは、ダントツでぶっちぎりの1位なのでしょう!?
そんな、わたくしがもっとも憧れる勝ち方をしておいて、1位になろうとしないだなんて……!
そんなの、このわたくしがぜったいに許しませんことよっ!?」
「……お前誰だ? っていうかなんでお前が怒ってるんだよ?」
「怒って当然ですわ! わたくしとアイスクリンさんは、死ぬ気で試練をくぐり抜けてきたんですのよ!
なぜならば1位になって、(デュランダルくんと)カップルになりたかったからですわっ!
それなのに、それなのにっ……! あなたは、それを踏みにじるようなマネをしてっ……!!」
コインコが拳を握りしめながら訴えてようやく、少年は納得がいったようだった。
「なんだ、そういうことだったのかよ。なら、早く言ってくれれば……」
と踵を返し、女神像の前に戻る。
その姿に、アイスクリンの胸は高鳴った。
「デュランダルくん……本当に、いいの……?」
アイスクリンは暴れる心臓を押えるように、胸に手を当てながら尋ねる。
すると少年は「ああ、もちろんだ」と頷き返してくれた。
そのやさしい笑顔に、
……トゥンク……!
アイスクリンの胸は、さらにときめいた。
しかし少年はこの直後、この世界の常識がひっくり返りかねないような行動に出る。
彼が「うそだよバーカ!」と姫君ふたりを冒涜した、と言われたほうがまだ納得できるほどの、とんでもない暴挙に。
なんと、デュランダルは……。
そばにいたコインコの手を取って……。
彼女の手を、女神像の右手に置いたのだ……!
「えっ……えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」
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