22 最初の試練
22 最初の試練
女子のほうでは大激戦が行なわれているとも知らず、俺は『試練の部屋』の入口にあるルール説明の掲示板を読んでいた。
どうやら、部屋の真ん中にある溝を渡って向こう岸に行き、その先にある女神像の右手を取った者が学年代表になれるらしい。
俺は「ふーん、大変そうだな」と他人事のような感想を漏らしながら、問題の部屋へと足を踏み入れる。
そこは、戦場のような有様だった。
家みたいに巨大なブロックがそこかしこにあり、角砂糖に群がるアリのように生徒たちがたかっている。
「おい! もっと力を込めて押せ! ひ弱どもに負けるな!」
「ありったけの火力をぶつけろっ! 脳筋どもに思い知らせてやるんだ!」
飛び交っていたのは怒号と魔術。
どうやらこの試練は、巨大なブロックを押して溝に落として道をつくり、向こう岸に渡らなくてはならないらしい。
部屋の中央に横たわっている溝は大河のような広さがある。
深さはそれほどでもないようだが、いちど落ちたら這い上がるのは苦労しそうだ。
魔術師ならホウキを使って飛び越えることもできそうなのだが、それは生徒にはできない。
なぜならば特殊な免許を取らなければ、室内でホウキに乗ることは違法だから。
ホウキの免許はいくつか種類があって、運送業用とか……。
と、そんなことはどうでもいいよな。
俺はとりあえず淵のそばまで行ってみようとしたのだが、生徒たちのそばを通るだけで突き飛ばされてしまう。
「どけっ、邪魔だ! 落ちこぼれはどっかいってろ!」
「テメーはコウモリ野郎か! 近づいたらブッ飛ばすぞ!」
どうやら試練は妨害もありのようで、ブロックを運ぶ係、ブロックを守る係、ライバルのブロックを妨害する係、と役割分担がなされていた。
そのせいでみんなピリピリしており、俺はボールみたいにあっちこっちに突き飛ばされて、ようやく淵までたどり着く。
背後から嘲笑が聞こえた。
「おい、見てみろよ! あの落ちこぼれ、あんな所でひとりでボーッとしてやがる!」
「そりゃそうだろ! ブロックを動かすには剣士でも魔術師でも、5人はいなきゃダメなんだ!」
「ひとりじゃなんにもできねぇだろうからなぁ! 門のときと同じで、アイツの最下位は間違いなしだぜ!」
「そうだ! ブロックを運び終えたら、みんなでアイツを突き落としてやろうぜ!」
「そりゃいい! 落ちたらひとりで出られる高さじゃねぇからな!」
「先輩によると、夕方の鐘が鳴ったら床がせりあがってきて、外に出られるらしいぜ!」
「ってことはあの落ちこぼれは、夕方までずっとひとりぼっちってわけか!」
「俺たちが1階をクリアしたら、アイツはひとりだけ取り残されて、永遠に2階にあがれなくなるってわけだな!」
「コウモリ野郎にはちょうどいいお仕置きじゃねぇか、ぎゃははははは!」
悪口が丸聞こえなのだが、もう慣れっこだ。
俺は溝の向こう岸までの距離を目測で測ったあと、これならイケるかもと思う。
踏ん張るように腰を低く落とし、溝に向かって手をかざし叫ぶ。
「アイスクリン、レベル3っ!」
どごおんと大きな音がして、俺の手から氷の柱が飛び出てくる。
これは、この街のゴミ捨て場で、俺が生まれて初めて使った攻撃魔術だ。
俺はアイスクリンから教わった『皎々たる雹薔薇』を、威力の段階に分けてスキルとして登録していた。
レベル1が、アイスクリンのと同じツララ。
レベル2が、ザガロを押しつぶした氷のブロック。
レベル3が、いま使った氷の柱。
レベル3は相当な反動で身体が大きくノックバックする
しかし姿勢を低くしていたおかげで、ずざざっと後ろに滑るくらいで倒れずにすんだ。
そして俺の目の前には、ひとすじの氷の道ができあがっていた。
ちょうどピッタリサイズで、向こう岸まで届いている。
「これでよし、っと」
俺は足を滑らせないように注意しながら、慎重に氷の上に乗った。
初めてのアイススケートみたにバランスを取りながら、ゆっくりと歩き始める。
背後は、さっきまで怒声と魔術の音、そして俺への悪口が止まなかった。
しかし今は、誰もいなくなったかのように静まり返っている。
「な……なんだ……あれ……?」
「こ……氷の……柱、だと……?」
「あんなデカイ氷……初めて見た……!」
「うそだろ!? なんであんな氷を出せるんだ!?」
「いやいやいや、ありえねーって! 疲れてヘトヘトだから、幻覚を見てるんだ!」
「そ……そうだ! そうに違いない!」
そうこうしているうちに、俺は対岸まで渡り終える。
ほっぺたをつねりあっている同級生たちに「おさきー」と声を掛けてやると、誰もがハッとなっていた。
「ゆ……夢じゃねぇ! あの氷は、マジモンだっ!」
「そ、そうだ! どうやって出したかわかんけねぇど、きっと隠しスイッチかなんか踏んだんだ!」
「だったら急ごうぜ! あの氷で、俺たちも渡るんだ! 剣士どもよりも早く!」
「い……いそげーっ! 魔術師どもに、遅れをとるなーっ!」
同級生たちは一転、「うおおおおおおーーーっ!」と蛮声とともに向かってくる。
俺は慌てて制止した。
「あ、ちょっと待て!」
「誰が待つかっ!」「たまたま一番に渡ったからって余裕かましやがって!」「テメェ、そこを動くなよっ!」「ブッ飛ばしてやらぁ!」
「その氷はそんなに長くは……」
そう言った途端、同級生たちでひしめきあっていた氷は消え去り、乗っていた者たちは落とし穴に落ちたみたいになる。
しかも後から来ていた者たちも勢いがついて止まることができず、みんな溝に向かって落ちていった。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?」
気付くと、俺以外の生徒たちは全員奈落の底にいた。
「だから待てって言ったのに……大丈夫か?」
しゃがみこんで覗き込んでみると、罵声が返ってくる。
「テメェ、ふざけんなよっ!?」「いますぐここから出せっ!」「でねぇとブッ飛ばすぞっ!」
「そう言われても困るんだがな……」
ちょうどいい踏み台の高さになる氷結魔術は俺は持っていない。
レベル2の威力を調整すればできなくもなさそうだが、こんな態度ではやる気が起きるはずもない。
「助けてほしいんだったら、もっとお願いのしかたってもんがあるだろう」
そう言うと剣士たちは「ウガー!」とぶち切れていたが、一部の魔術師たちはすがりついてきた。
「は……話を聞いてくれ! 落ち……じゃなかった、デュランダルくん!」
「キミは誰からも相手にされないぼっちなんだろう!?」
「だったらここは、クラスメイトである僕たちを助けておいたほうがいいんじゃないかな!?」
「そうそう! そしたら挨拶くらいはさせてやってもいいよ!」
「名も無きキミが、名家の僕たちとお近づきになれる、またとないチャンスだよ!」
「やっぱ、助けるのは止めにする」
そう言い切ると、魔術師たちは「なんで!?」と心底信じられないような顔をしていた。
どうやらこのお坊ちゃんたちは、家柄だけでチヤホヤされ、家柄のない者を見下すのが当たり前になっているようだ。
「それに、俺の助けなんかいらないだろ。それだけ人数がいるんだから、みんなで協力すれば這い上がれるはずだ」
そう言うと、「その手があったか!」とばかりに奈落の同級生たちは動きはじめる。
地上にいた頃は剣士と魔術師でいがみあっていたが、奈落では力をあわせて……。
と思ったのだが、さっそく妨害しあっていた。
肩車をして這い上がろうとする剣士たちに、魔術師たちは魔術を撃って妨害する。
剣士たちは剣士たちで、魔術師たちのピラミッドを横から体当たりして壊していた。
その様はあまりにも醜く、まるで一本の蜘蛛の糸を巡って争う餓鬼のよう。
俺はさすがに呆れ果てる。
「夕方までには出てこられるといいな」
その言葉だけを投げかけて、試練の部屋の出口へと向かった。
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