21 アイスクリンvsコインコ
21 アイスクリンvsコインコ
アイスクリンの前に突如として立ちはだかったのは、コインコ・チョコ・ゴディバ。
金色の長い巻き毛に、黄金の刺繍が施された、パーティドレスと見まごうほどのゴージャスなローブ。
お嬢様然とした彼女は、アイスクリンと並ぶ魔術師の名門の令嬢であった。
コインコはアイスクリンを一方的にライバル視している。
アイスクリンよりも豪華な杖で、アイスクリンよりも高いローブを何着も持っていた。
「これは、いま王都でもいちばんと言われる宮廷デザイナーに作らせたローブなのですわ。
アイスクリンさんはずっと同じローブなのですわねぇ、お顔だけでなく懐もお寒いだなんて……。
なんてかわいそうなのでしょう、わたくしのお下がりを差し上げましょうか?」
そうやって事あるごとにアイスクリンにチョッカイを掛けていたのだが、アイスクリンは適当にあしらう。
羨ましがったり、悔しがったりしないのがコインコにとっては許せなかったのだ。
「わたくしよりちょっと成績がよくて、殿方にモテるからといって、お高くとまるだなんて……!
わたくしの足元にアイスクリンさんを跪かせないことには、気がおさまりませんわ……!」
コインコは逐一、アイスクリンを観察していた。
何事にも冷めた態度のアイスクリンであったが、ついに見つける。
デュランダルという、男子生徒を……!
アイスクリンは自分から男子生徒に話しかけるようなことはしない。
でもデュランダルだけは唯一、声を掛けていた。
しかも、魔術合戦においてパートナーを申し出るほどの仲とあっては、もう決定的である。
「デュランダルくんをわたくしの下男にすることに決めましたわ!
アイスクリンさんの意中の殿方を跪かせる、それはアイスクリンさんを跪かせているも同然ですわ!
あのお寒いお顔が、極寒になるのは間違いないでしょう! おーっほっほっほっほっ!」
コインコはデュランダル自身はどうでもよく、ただ単にアイスクリンから奪って悔しがらせたいだけであった。
『最初の試練』の入口で、宣戦布告を行なったコインコは、砂金のような光を振りまきながらローブを翻す。
「さぁ、勝負ですわアイスクリンさん! どっちがデュランダルくんにふさわしいかを、今こそ決めるのですわ!」
アイスクリンは過去にも、ザガロを賭けての勝負を何度も挑まれたことがある。
でもその時は「好きにすれば」とにべもなかった。
しかしいまは違う。
アイスクリンは反射的に、コインコの後を追っていた。
彼女自身、自分でもなにをしているのかわからなかったが、いてもたってもいられなくなっていた。
女子側の『最初の試練』のルールはこうだ。
体育館のように大きな一室、中央には飛び越えられないほどの幅の溝が横たわっている。
入口側のほうの淵には、射撃ブースのようなものがいくつも設えられていた。
挑戦者たちはそこに入り、溝ごしに、部屋の奥にある人形に向けて狙いを定める。
人形には6箇所のスイッチがあり、その6つを同時に全て押すと、ブースの前に橋がかかる仕組み。
橋がかかった時点で、他のブースにいる挑戦者たちもその橋を渡っていいことになっている。
橋をわたって試練の部屋を出た先に、この塔の守り神といわれる女神像があり、その像の左手を握りしめた者が1位となる。
右手側は男子が握ることになっていて、ようは女神像の手を取った男女が、学年代表という名の公認カップルとなるわけだ。
人形の的は、備え付けの石か、または持ち込んだ弓矢や魔術などで狙う。
パーティを組んで、複数人で1体の人形を狙ってもよいというルールなのだが、普通はパーティでないと成功はむずかしい。
なぜならば、的となる6箇所のスイッチを同時に押さないといけないためである。
しかしアイスクリンとコインコは他の生徒には目もくれず、単独で射撃ブースに飛びこんでいた。
「……『皎々たる雹薔薇』っ!」
冬の朝のような、ピンと張りつめた声が響き渡り、とある射撃ブースから6本ものツララが射出される。
研ぎ澄まされたナイフのようなそれは、頭と胸のスイッチに命中したものの、あとは狙いがそれて後ろの壁で砕け散った。
周囲で奮闘していた女生徒たちが手を止め、彼女に注目する。
「あ……アイスクリン様だ! アイスクリン様が、ついに来たんだわ!」
「いきなり2箇所も命中させるだなんて、さすがは『氷菓姫』ね!」
「私たちなんて、6人がかりで魔術を撃ってるのに、1箇所当てるのがやっとなのに……!」
「やっぱり女子の代表は、アイスクリン様で決まりね!」
「ま……待って! アイスクリン様の、隣のブース……!」
「あ……あのお方はっ!?」
観衆の期待に応えるように、巻き毛の少女は動き出す。
「……富! 美味! それらは罪! 手のひらに収らぬものを望む、弱輩にして強欲なる者たちよ!」
少女は腰の両側に拳銃のように提げていた袋に手を突っ込む。
「我は黄金の泉なり! 我はすべてを持つ者なり!」
わし掴みにして宙に放り投げたそれは、金貨だった。
見ていた女生徒たちは、思わず手を伸ばしてしまう。
星屑のように降り注ぐ金貨。
黄金の光に包まれながら、少女は言い放つ。
「さあっ、我が足元に跪くのですわ! 『黄金の熱血潮流』っ!」
……シャリィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
黄金どうしが奏でる澄んだ音色。
その美しさとは裏腹に、金貨は凶弾と化していた。
獲物を狙うスズメバチのように飛んでいったそれは、人形の5箇所に命中。
倒れる寸前のように、大きく揺るがしていた。
ひときわ大きな歓声が起る。
「すっ……すごいっ! いきなり5箇所も命中させるだなんて!」
「さ……さすが、コインコ様! さすが『氷菓姫』と並ぶお方だけあるわ!」
そう。魔術の腕においては、アイスクリンと互角とも言われるほどのコインコ。
人は彼女のことをこう呼んでいた。
『金貨姫』と……!
「たったの2箇所だけとは、おハーブ生えますわね、アイスクリンさん!
この勝負、いただきましたわ! ついに……ついにアイスクリンさんが跪く瞬間がやって来たのですわ!
おーっほっほっほっほっ!」
隣の射撃ブースから聞こえてくる高笑いに、顔をしかめるアイスクリン。
――くっ……!
コインコさんの金貨は触媒でもあるから、ひとつひとつがとても高い命中精度を誇っている……!
わたしのいまの腕前じゃ、狙えるのは1箇所だけ……!
それに、そう何発も撃てないから、もっと……!
もっともっと集中して、狙わないと……!
しかし、そう思えば思うほど、思うように狙いが定まらない。
2発目、3発目と続けざまに撃った魔術は、全弾はずれてしまった。
「あ~あ」と残念そうな声がおこり、それがアイスクリンをさらに焦燥させる。
それは生まれて初めてのことで、自分でもなぜここまで心をかき乱されているのかわからなかった。
歯を食いしばる彼女の脳裏に、ふとある人物の顔と、声がよぎる。
『魔術を使うときに、好きなヤツのことでも思い浮かべるんだな
師匠でも、両親でも、恋人でも誰でもいい。その人に手取り足取り教わっているのをイメージするんだ』
その声がしたとたん、アイスクリンの瞼は自然と降りていた。
瞼を閉じながら、詠唱をはじめる。
杖を構えた彼女の隣には、ひとりの少年が寄り添っていた。
『そうだ、そのまま気持ちを落ち着かせて……慌てなくていいから、ゆっくりと唱えるんだ。
そして瞼を開けたときに、目に入ったものだけに集中するんだ。
なぁに、失敗したって気にするな、この俺がついてるんだから……』
声に導かれるように、カッ! と目を見開くアイスクリン。
目に飛びこんできた人形は、まるで目の前にあるかと思うほどに近く感じた。
――いけるっ!
「『皎々たる雹薔薇』っ!」
……シャキィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
玉散る刃のような玉音とともに、6本のツララが飛んでいく。
その軌道はまったくのぶれがなく、いまの彼女の気持ちのようにまっすぐであった。
人形のスイッチすべてを、寸分違わぬタイミングで射貫く。
人形は大きく揺れて倒れ、アイスクリンのいた射撃ブースの棚が一瞬にして降りてくる。
目の前の溝には、床からせり上がってきた石の橋ができあがっていた。
「くっ……!? な、なんでですの!? なんで急に……!?
で、でも、勝負はまだついておりませんわ! 女神像の手を取ったほうが、真の勝者に……!」
アイスクリンは放心しかけていたが、そう言われてハッとなる。
尻に火がついたような勢いで走りだし、石橋を渡った。
背後からはコインコを先頭に、女生徒たちが群れとなって追いかけてきている。
その差がみるみる縮まっているので、アイスクリンはいまさらながらに気付く。
――わたし……足、遅かったんだ……!
生来のクールな性格と、まわりからチヤホヤされてきたせいで、アイスクリンはいままで一度も全力疾走をしたことがなかった。
そして競走などどうでもいいと思っていたのだが、いまは違った。
――か……勝ちたい……! ぜったいに、負けたくないっ!
髪を振り乱し、手と足をしゃかりきに動かし、無我夢中で走るアイスクリン。
ここで一番になれるのなら、もうこのあと一生走れなくなっていいとさえ思っていた。
廊下を走り抜け、女神像の部屋に入る頃には、すぐ隣にコインコに並ばれてしまう。
普段は優雅なふたりの美少女が、いまだけは鬼気迫る表情で競い合っていた。
ふたりとも、絶対に譲れないほどの強い思いを抱いている。
女神は、どちらの思いを受け取るのか……!?
女神像の寸前で、つまづいてしまうアイスクリン。
しかしそれが偶然にもヘッドスライディングのような勢いとなり、
……ガシィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
女神の左手を、ダイレクトキャッチ……!
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