18 塔開きの儀
18 塔開きの儀
授業終わりのチャイムが鳴り、ダマスカス先生とザガロたちがタンカで運ばれていく。
どちらも手加減したつもりだったが、ダマスカス先生もザガロたちも今にも死にそうな顔をしていた。
ダマスカス先生のほうは持病? の腰痛次第ではあるが、ザガロたちは軽い火傷くらいだろうからすぐに保健室から出てこられるだろう。
次の授業は『塔開きの儀』で、この学園にある塔の前で行なわれるらしいので、俺はクラスメイトたちと教室を出て廊下を歩く。
みな俺の顔をチラチラみてはなにか囁きあっていたが、ふと俺の隣にクリンが立った。
「……いろいろ言いたいこととか聞きたいことがあるんだけど、ひとつだけ聞かせて」
「なんだ、あらたまって?」
「どうして、あそこまでされて黙ってるの?」
「あそこまでされてって?」
「さっきの授業に決まってるでしょ。
あんなインチキな『魔法合戦』をやらされて、しかも負けたらずっと落ちこぼれ扱いだったのよ?」
「ああ、そんなことか」
「そんなことって……!」
家を出てわかったのだが、俺は他人の悪意に対しては鈍感なところがある。
たぶんだけど、幼少の頃からオフクロ以外の家族から理不尽な目に遭わされて続けてきたせいだろうな。
オヤジや兄弟からされたことに比べたら、ダマスカス先生のすることなんて子供の遊びに付き合うようなもんだ。
しかし俺の返答が気に入らないのか、クリンは苛立っているようだった。
「デュランくんはどうして怒らないの?
ダマスカス先生があんな理不尽な授業をするだなんて許せないでしょう? 校長に報告して……」
「なんでお前が怒ってるんだよ?」
するとクリンは「えっ」と、自分でも知らないツボを突かれたみたいな声を出していた。
いつもは雪のように白い肌が、かぁ~っと赤くなっていったかと思うと、
「べ……べつに怒ってなんかない! なんでわたしが、あなたのことで怒らなきゃいけないのよ!」
ぷいっとそっぽを向いて、どこかへ行ってしまった。
「なんだありゃ?」と思ったが、考えてもどうせわからないと思うので気にしないことにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
この学院の、いやこの街の中心にそびえる白い塔。
天を衝くようにそびえ、いや天から降り注ぐ光のようなそれは、神界に続く道といわれている。
この塔から得られた超文明によってこの世界は発展したが、昇り詰めた者はいまだかつていないという。
いま塔のまわりには学院の全校生徒が集められていた。
周囲には観客席が設えられ、そこにはこの国の有力者や記者たちが着席している。
そのメンツはそうそうたるもので、この国じゅうが注目しているといっても過言ではなかった。
塔のそばにあるステージの上では、看護婦たちの手によって支えられたダマスカスがいる。
地獄の苦しみで正装に着替えた彼は、魔導拡声装置に向かって高らかに叫んだ。
『……「塔開きの儀」を、始めるだますっ!』
ダマスカスの声が鳴り渡ると、空には一斉に魔術が打ち上げられ、花火のように空を彩る。
拍手喝采が巻き起こり、誰もが期待に胸を弾ませていた。
なかでも特に気を吐いていたのは、学院の生徒たち。
彼らは4つのグループに分れ、4つある塔の入口の前に、それぞれ集結していた。
『それでは、閉門!』
ダマスカスがそう宣言すると、城門のように巨大な門たちが、ゆっくりと閉じていく。
その重厚なる様は、眠りにつく巨人の瞼のようであった。
4つの扉は同時にその口を、ひとつの時代の終わりを告げるように、重鎮なる音とともに閉じる。
さらなる拍手が沸き起こり、ダマスカスはそれが自分の手柄であるかのように両手をあげて応じた。
『白き塔は昨年も、大いなる恵みを我が国にもたらしてくれただます!
その口を閉じたことで、この塔はほんのひとときの眠りにつき……そしてまた、新たなる息吹によって目覚めるだます!』
ダマスカスは4つに分れた生徒たちに向かって告げる。
『新たなる息吹を与えるのは、新入生を加えた我が学院の生徒たちだます!』
前述のとおり、生徒たちは東西南北の門に対して、4つのグループに分けられていた。
東は魔術師たち『ウィザーズ寮』の生徒たち、西は剣士たち『ウォーリア寮』の生徒たち、北はそれ以外の職業の寮に属する生徒たち。
それぞれ寮の生徒たちの前には、寮の名前が書かれたプラカードを持った女性がついている。
しかし南には、そのプラカード嬢はいなかった。
たったひとりの少年がボロボロに朽ちた『バッド寮』というプラカードを持って突っ立っている。
少年の困惑ぶりが、ダマスカスの腰痛を温泉のように癒やしていた。
『ムホホホ……! 諸君たちは寮ごとに分れているだますが、これから競いあって、白き塔の門を開けるだます!
開けるためには、どんな手を使ってもいいだます! 力や魔術で開けようが、道具を使おうが、自由だます!
そしていちばん最初に開けた寮にはご褒美として、1000点あげるだます!』
「おおーっ!」と生徒たちから歓声がおこる。
『それだけではないだますよ! いちばん最初に開けた寮、その立役者となった生徒の名前が、1年間のあいだ、門の呼び名となるだます!
これは大変名誉なことだますよ!』
これには生徒たちだけでなく客席も「うぉぉぉぉぉーーーっ!!」と沸き立った。
『そして今回は罰もあるだます!
もし、門を開けることができなかった寮は、卒業までの間、白き塔に立ち入ることを禁止するだますっ!
塔に入れないとなると、なんのためにこの学院に入ったのかわからなくなるだますねぇ! かわいそうだますねぇ!』
どっと爆笑する生徒たち。
彼らが笑っていられるのは、そのペナルティを科せられるのが自分たちではないとわかっていたから。
このペナルティどう見ても、ひとりぼっちの少年を狙い撃ちにしたものであった。
城門ほどもある鉄門を、ひとりで開けるのは不可能に近い。
少年は人並み以上の力はあるが、それでも門はびくともさせられないだろう。
ダマスカスは人知れずほくそ笑む。
――ムホホホ……! とっさに考えた仕返し案としては、我ながら名案だっただます……!
この学院での成績は、白き塔での功績が大半だます……!
その塔に入れないとなれば、デュランダルの万年最下位は約束されたようなものだます……!
そうすれば退学させるだけの口実も作れ、この学院は再び平和が訪れるだます……!
今度こそ、完璧な作戦だます……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は、クラスメイトたちと離され、ひとりでこんなところに立たされている理由をいまさらながらに理解した。
門が開けられない俺を、ダマスカス先生は大勢の観客たちの前で笑い者にするつもりなんだろう。
笑い者になるのは別にいいんだが、塔に入れなくなるのは嫌だなぁ。
だって俺はこの塔を見たときから、ずっと中に入ってみたいと思ってたんだ。
開けるのが最下位になるのはいいとして、開けられないのだけはなんとしても避けたいところだ。
『それでは「塔開きの儀」、スタートだますーっ!』
なんてことを考えている間に、塔開きが始まった。
剣士たちは、えいえいえおーと気合いを入れている。
「長きにわたり、塔開きの儀の1位の栄光は、魔術師たちに奪われてきた!
今年こそは、我ら剣士が1位を奪いとるぞっ! 全員、死ぬ気で門を開けるんだ! いけぇーっ!」
丸太を抱えたむくつけき男たちが、蛮声とともに門に体当たりする。
その一団には、俺の兄弟たちの姿があった。
魔術師たちは今年も1位を取るべく、門に向かって魔術で総攻撃をかけている。
その先頭集団のなかには、クリンの姿があった。
剣士と魔術師以外の寮は、盗賊や弓術師、商人や鍛冶職人などの集まり。
人数でいうと最大派閥であるが、やはり門を開けるとなると剣士や魔術師よりも劣るようだ。
「みんな必死だなぁ……そんなに1位になりたいのかな……?
って、ノンキに見てる場合じゃなかった。俺はひとりぼっちなんだから急がないと」
俺ひとりの腕力では開けられないのは目に見えていたので、原初魔法に頼ることにする。
たしか初級編に、『開ける』命令があったはずだ。
それに俺は、ついさっき門が閉まるときの音を聞いた。
この音を利用すれば、門を開けられるかもしれない。
さっそく、術式を組み立ててみる。
まずは、扉の音を代入。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ ヴィルガルストアゴルデラングシュ……」
それから、音を動きに変換。
「變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 蠕動せよ……」
そして、動く方向を指定。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ 6 ・ 其は ・ 羅針なり」
よし、これでいいはずだ。
あとは……と思っていたら、いつの間にかダマスカス先生が壇上から降りてきていた。
点滴スタンドみたいなのによりかかり、魔導拡声装置を手に、門の前で俺をからかっている。
『ムホホホ! みなさん、ご覧くださいだます!
我が校きってのおちこぼれ、デュランダルくんだます!
彼はどうしようもない落ちこぼれだったので、バッド寮に入れられてしまっただます!
門を前になにもできずに突っ立っている様を、みんなで笑ってやるだます! ムホホホホーーーッ!!』
俺は門に向かって手をかざし、最後の一節を叫んだ。
「筐裡の第一節よ ・ 筐裡の第二節を ・ 窺狙え……!」
……ずどばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
それは予想外の挙動だった。
門は一瞬にして全開となり、その前に立っていたダマスカス先生をホームランボールのように吹き飛ばしていた。
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