14 ダマスカスの企み
14 ダマスカスの企み
絡んでくるヤツもいなくなったところで、俺は女生徒に尋ねた。
「で、この箱はどこに持っていけばいいんだ?」
「そ……そんな……見ず知らずの方に……そんなことを……お願いするわけには……」
女生徒は上級生のはずなのだが、下級生の俺に気の毒なほどに恐縮していた。
そのうえ緊張しているのか、しゃべり方もなんだがたどたどしい。
「気にすんなって。俺はデュランダルだ。お前は?」
「は……はい……グラシア……です……」
「これでもう見ず知らずの仲じゃなくなったな。で、グラシア、これはどこに持っていけばいいんだ?」
俺はグラシアとともに廊下を歩く。
彼女が言うには、箱の中に入っているのは図書館で不要と判断された本で、これから処分されるらしい。
この学園では魔術のかかった備品が多いので、黒板消しひとつとっても勝手に捨てることは許されない。
備品で捨てたいものがある場合、『封印箱』と呼ばれる金属製の箱の中に入れ、処分室というところまで運ばなくてはならない。
ゴミ捨て場や焼却場とはまた違う、専門の部屋で適切な処分が施されるらしい。
俺は感心した。
「魔術師の学校ともなると、本ひとつとっても厳重なんだなぁ。
……あ、そうだ、グラシアは図書委員なんだよな?
俺は原初魔法に関する本を探してるんだが、図書館にあるか?」
すると、打てば響くような答えが返ってくる。
「それなら……『原初魔法中級編』という本が……あるにはありましたが……」
「マジか!? まさにそれを探してたんだ! あとで図書館のどこにあるのか教えてくれよ!」
「あ……いえ……図書館には……もう……ありません……」
「え? 誰かが借りてったってことか?」
「いえ……デュランダルさんがお見えになるちょっと前に……ダマスカス先生がいらして……。
原初魔法の本は……すべて処分するって……おっしゃいまして……。
それで……学院の図書館には……『原初魔法中級編』という本が……一冊だけあったので……。
ダマスカス先生はそれをバラバラにして……処分するように……おっしゃったんです……」
「な……なんだってぇ!? なんだって処分を!?」
「げ……原初魔法は……低俗だから……高貴なる我が学院にはふさわしくないって……おっしゃってました……」
「くそ……! なんてことを……!」
「あ……でも……バラバラになった本の一片だけですけど……そちらの箱の中に……入ってます……」
もっと早く図書館に行っていればと俺は後悔したが、それでも不幸中の幸いだったかもしれない。
俺は運んでいた封印箱を床に置くと、フタをこじ開けようとしたが、びくともしなかった。
「あ……封印箱は……中にものを入れて閉じると……処分室に着くまでは……開きません……」
「なに!? じゃあ、このまま処分されちまうってことなのかよ!?」
「あ……その……処分室の先生に……お願いすれば……本だったら……もらえると思います……。
私も……処分される本は……いつも……もらって帰っていますので……」
中級編の本は、俺が夢にまで見るほどに読みたかった本だ。
それが目の前で処分されるとなったら、自分でもなにをしでかすかわからない。
俺は胸をなでおろす。
「そっか、良かった……! グラシア、お前がいてくれて助かったよ! ありがとうな!」
礼を言うと、グラシアはサッと顔を伏せてしまい、それっきり何も言わなくなってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し戻る。
学院の保健室は療養のために城の上階のほうに位置していて、非常に眺めのよい場所にあった。
新学期初めての授業で天井に押し潰されたダマスカスは、窓際のベッドで外を眺めていた。
晴れた空でも見ていれば気が晴れると思ったのだが、青空に浮かんでいたのは、あの憎き生徒のことばかり。
――ぐぎぎぎぎ……! デュランダルめ、許せないだます……!
私の自慢である、魔導107傑をすべて言ってのけるだますとは……!
私はその特技と、もうひとつの特技だけで、この地位にいるだますのに……!
このままヤツをのさばらせていては、私の沽券にかかわるだます……!
なんとしてもヤツの無能ぶりを証明して、退学にするだます……!
外から歓声が聞こえ、視線を奪われるダマスカス。
そこには、にわかには信じがたいものがあった。
「ええええっ!? デュランダルが飛んでるだます!? しかもホウキもなしに、あんなに高く!?
ありえないっ!? ありえないだますっ!?
ぎゃああっ!? しかもこの学園のアイドルであるアイスクリンさんを、抱っこしてるだますぅぅぅぅぅぅーーーーーーっ!?!?」
これは悪夢だと思い、ダマスカスはバリバリと顔面をかきむしる。
しかしいつまで経っても夢から覚めない。
デュランダルが終業のチャイムとともに飛び去っていったので、すぐさま授業を担当していたフライドを呼びつける。
フライドからの事情聴取で、ダマスカスはデュランダルが原初魔法の使い手だと知った。
――お……原初魔法といえば、すべての魔術の根源ともいえるもの……!
あまりに難解で、賢者と呼ばれるほどの人物でも使いこなせないというのに……!
歴代の賢者たちは、原初魔法はもっとも低俗な魔術であると口を揃えて言った。
なぜならば、自分たちが使いこなせなかったからで、彼らにとって原初魔法はすっぱいブドウであった。
彼らが高貴さの象徴として振りかざしている現代魔術、それも元をただせば原初魔法がベースとなっている。
現代魔術は杖やホウキなどの触媒がなければ術の行使はできないのだが、それは触媒自体に原初魔法による術式が施されているからであった。
現代魔術における呪文の詠唱は、触媒にもともと込められた力を引き出すためのキーワードにすぎない。
原初魔法は言霊自体に力が込められているので、触媒なしでも術の行使ができるのだ。
しかしそれらをひた隠しにして、賢者たちは原初魔法を貶めていたのだ。
その権威に乗っかるものが、ここにもひとり……!
――デュランダルは、低俗な魔術で我が学院の権威を穢そうとしているだます……!
こうなったら……! 私のもうひとつの特技で思い知らせてやるだます……!
ダマスカスのもうひとつの特技、それは『他人を貶める悪知恵』であった。
灰色を通り越して真っ黒になった脳細胞をフル回転させ、ある策略を練る。
ダマスカスは己のことをかなりのキレ者だと自負していた。
そのキレっぷりで、デュランダルが原初魔法の本を図書館で探し求めるのではないかと感づく。
デュランダルがいま以上の力を手に入れさせるわけにはいかない。
そう思ったダマスカスは、天井に押しつぶされたときのギックリ腰がまだ完治していないのに保健室を飛び出す。
図書館で『原初魔法中級編』の本を見つけ、ビリビリに引き裂こうかと思ったのだが……。
ふと、さらなる悪知恵に気付く。
――この本を章ごとにバラバラにして使えば、デュランダルをおびき寄せるためのエサとして使えるだます……!
何度でも、デュランダルに恥をかかせてやることができるだます……!
ダマスカスは分厚い本を章ごとに解体すると、その序章だけを封印箱にしまった。
そして杖を取り出すと、封印箱に魔術を施す。
それは、封印箱を膝から上に持ち上げると、重量がさらに100キロプラスされるというものだった。
処分本の詰まった封印箱は、そのままの重さでも50キロもある。
それをヒザより上に持ち上げた時点で、重さは150キロに……!
――これで、デュランダルを私と同じ目に遭わせてやることができるだます……!
ほくそ笑むダマスカスは、スズメ取りの罠を仕掛けた子供のように、廊下の影に隠れる。
そこで、間抜けなスズメが罠にかかるのを待っていたのだが……。
ここから先の展開は、言うまでもないだろう。
なんとデュランダルは、150キロもの封印箱を、多少の違和感を感じた程度でやすやすと持ち上げてしまったのだ。
それを物陰から目の当たりにしたダマスカスは、心の中で絶叫する。
――ぎっ……!? ぎぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!?
あの封印箱は150キロもあるだますのに、なんであんなに軽々と!?
アイツはゴリラかなにかだますか!?
悪意と驚愕が周囲で巻き起こっているとも知らず、デュランダルは封印箱を処分室まで運ぶ。
そこで箱の中を開け、無事に『原初魔法中級編』の一節を手に入れていた。
デュランダルはグラシアに別れを告げると、スキップするような軽い足取りで帰っていく。
グラシアは耳まで赤くした顔をようやくあげると、その背中をいつまでも見送っていた。
そしてダマスカスは半信半疑の表情で、処分室のなかにいた。
「うーん? 重量増加の魔術が、うまく掛かっていなかっただます……?」
ダマスカスは首をかしげながらしゃがみこみ、封印箱を持ち上げる。
中になにも入っていないそれは軽々と持ち上がったのだが、ヒザの上あたりまできたとたん、箱は突然変異のように重くなる。
直後、稲妻に打たれたかのような衝撃に襲われた。
……ボキィィィィィィーーーーッ!
骨がまっぷたつに折れたような音が背中からして、ダマスカスは声を失う。
「ぐ……! ぐぎ……ぎ……!」
飛び出した目玉、口から吹き出る泡。
蒼白のまま、腰砕けになるダマスカス。
「た……たす……け……!」
しかしもう処分室には誰もいない。
ダマスカスは翌朝になって助け出されるまで、死にかけのミミズのようにひと晩じゅう床をのたうち回っていた。
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