12 はじめての合体魔術
12 はじめての合体魔術
ま……まさかこんなに高く飛べるだなんて……!
視線を落とすと、城の校舎の3階くらいから見下ろしているような風景が広がっていた。
高さからして、10メートルくらいはあるだろうか。
しかもゆっくりとではあるが、なおも上昇を続けている。
飛んでみて初めてわかったのだが、地面が無いというのは想像以上に足元がふらつく。
そしていまさらながらに気付いたのだが、この術式だと上昇するだけで、平行移動ができない。
空中で泳ぐみたいに両手を動かしてほんの少しだけ進めるのだが、綱渡りをしているみたいにバランスが崩れてしまう。
俺はサーカスのピエロみたいに、両手をわたわたとやって前に進む。
ピエロが綱の上で落ちそうになるのは観客をハラハラさせるための演出だが、こっちはマジだ。
そしてあたふたしていたのは俺ひとりだった。
眼下のフライド先生はクラスメイトたちは、顔を上に向けたまま石にされてしまったかのように俺を見つめている。
「う……うそ、だろ……? なんで、飛んでるんだ……?」
みんなの瞳孔は、空気を吹き込まれた風船のように膨らんでいく。
そしてついに破裂するように叫んだ
「ばっ……バカなっ!? 触媒なしで空を飛ぶだなんて、ありえんっ! 私は、夢でも見ているのかっ!?」
フライド先生を筆頭に、驚愕が噴出する。
驚きのあまり、ザガロたちはホウキから落ちて地面に叩きつけられ、「骨が折れたーっ!」とのたうちまわっていた。
ヤバい、このままだとまた保健室送りが続出するかもしれない。
とりあえず高度を下げないと……と思っていると、下のほうからひとりの女生徒が浮かび上がってくるのが見えた。
それはホウキに横乗りしているクリンで、彼女はフライド先生の高度を追い抜き、とうとう俺と並ぶくらいの高さまであがってくる。
表情はクールなままだが、ホウキを握りしめる手には力がこもっていて、かすかに震えていた。
「こ……これ以上、あなたに好き勝手にさせるわけにはいかない……!
あ……あなたみたいなデタラメな魔術師を野放しにしたら、大変なことになるわ……!」
どうやらクリンは混乱しているようだった。
俺は身体のバランスを取りながら、彼女を刺激しないように言葉を選ぶ。
「俺がデタラメかどうかよりも、いまは落ち着け。お前は高いところにいるんだぞ」
するとクリンは自分では気付いていなかったのか「え」と声を漏らす。
そして吹き抜ける風の冷たさに気付き、「えっ、あっ、わっ」と揺れはじめた。
その揺れがだんだん大きくなってきたので、俺はとっさに手を伸ばす。
「あぶねっ!」
ホウキから落ちかけたクリンを間一髪で抱きとめた。
お姫様抱っこのポーズのままもろとも落ちかけたが、俺はなんとか踏みとどまる。
クリンはホウキにギュッとしがみつき、キュッと目を閉じていた。
どうやら墜落したと思っているらしい。
俺も墜落を覚悟していたのだが、ひとりで飛んでいる時よりも安定していることに気付く。
どうやら、クリンのホウキがまだ飛ぶ力を発揮しているのだろう。
「大丈夫か? クリン」
彼女はなにが起ったのかまだ理解できていないのか、俺の腕のなかで呆けていた。
ゆっくりと目を開け「う……うん……?」と、白昼夢のなかにいるような返事をする。
不意に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
俺はホウキの推進力を利用し、フライド先生の真上を旋回しながら呼びかける。
「せんせーっ! 今日の授業はこれで終わりですよね? このまま帰ってもいいですか?」
フライド先生は「あ……ああ……」と呻くので精一杯のようだった。
なんにしてもお許しが出たので、俺は帰ることにした。
水平移動するための力がクリンのホウキから出続けているので、身体を傾けるだけで空中をスイーッと滑るように移動する。
「……なにをしているの?」とクリン。
「せっかくだからこのまま帰ろうと思ってな。お前の寮に送ってやるよ」
彼女は不思議そうな顔をしていたが、しばらくして空中にいることに気付き、顔を強ばらせていた。
「お、降ろして……!」
「そう言うなって、こんなチャンス滅多にないぞ。ほら、見てみろよ、すげーいい景色だぞ」
両手が塞がっていたので鼻先で示してやると、俺たちの目の前には大きな湖が広がっていた。
湖は鏡面のように空を反射して輝き、なんとも幻想的だった。
クリンも「きれい……」と見とれている。
「こうやって空から見ると、この学院ってかなりでかいんだなぁ。せっかくだからひと回りしてみるか」
「デュランくん、あれ……!」
クリンが指さす方向を見ると、街のほうにある家が燃えていた。
どうやら火事のようで、遠雷のような悲鳴が聞こえてくる。
俺は無意識のうちにその方角に向かって飛んでいた。
歩くとかなりの距離がありそうだったが、空からだとほんの数秒でたどり着く。
火事になっていたのは二階建ての家で、二階には小さな子供が取り残されていた。
燃え上がる炎にまかれて泣き叫んでいる。
周囲の住民たちが手分けしてバケツリレーをしているが、火勢は増す一方だった。
「あんなに燃えてるってのに、火消しはどうしたんだ!?
この街じゃ、魔導装置の消火設備があるんじゃないのかよ!?」
俺の胸にいたクリンが冷徹につぶやく。
「この街の火消しは魔術師で構成されている。あそこは剣士の家だから、火消しはこない」
「くそ! この街のヤツらはなに考えてんだ!?
こんな非常時だってのに、剣士とか魔術師とかこだわってる場合じゃねぇだろ!
おいクリン! 俺たちで消すぞ! 嫌だなんて言わせねぇからな!」
「手伝うのはかまわないけど、どうやって? バケツリレーに参加しても、焼け石に水」
クリンはさっきまで震えてたくせに、こういうときは憎たらしいほど冷静だ。
しかし言うことはもっともなので、俺は空中で思案する。
「そうだ、クリン! お前、ツララを出してくれ! それを俺がなんとかするから!」
「わたしの氷結魔術は着弾して数秒後に消滅する。それで火を消すのは無理」
「いーから! 今は説明してるヒマはねぇ! 俺の言うとおりにしてくれ!
お前がいりゃ、こんな火くらいなんてことねぇ! 俺にはお前が必要なんだ!」
クリンは驚いたように目を見開いていたが、俺の訴えが通じたのか、無言で頷き返してくれた。
お姫様だっこしていた彼女を下ろし、腰だけを抱いて身体をささえる。
これは、俺の片手を自由にするためだ。
その自由になった片手で、そばに立っていた街灯に腕を回し、街灯の段差に足を置いた。
これは、これから別の魔術を使うにあたって、空を飛ぶ魔術の効果が切れてしまった際、落下を防ぐためだ。
「クリン、反動があるかもしれないから、もっと俺に抱きつけ」
クリンをさらに抱き寄せると、彼女も俺の腰に手を回し、ぎゅっとしがみついてくる。
そして、腰に携えていた杖を取り出し構えた。
「……震え! 凍え! 怖れよ! すべての生命絶えし大地、そのただ中にわたしはいる!」
その詠唱を合図として、俺は即興で術式を組み立てる。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ ゴルルファ。
筐裡の第二節に ・ 依代せよ ・ アイスクリン ・ 其は ・ 鋭鋒なり……」
「五指は棘となりて一生、四象を貫く!」
「變成せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 喚声から ・ 具現に。
奔出せよ ・ 筐裡の第一節を ・ 掌紋より……」
クリンの杖と、俺の手のひらが突き出されたのはまったく同じタイミングだった。
「皎々たる雹薔薇っ!」
「筐裡の第二節を ・ 窺狙え!」
杖先から迸る結晶。
それはいつもならツララの形をなし、レーザーのように飛んでいく。
しかしいまは空中で氷解し、散弾のような水飛沫となっていた。
クリンは目を剥き、ハッと俺の手を見た。
俺の手からは煌々とした炎があふれ、吸い込まれるように結晶と融合。
そう……!
俺はザガロから学んだ火炎魔術をクリンのツララに融合させ、水に変える荒業をやっていたんだ……!
とっさの思いつきでやってみた魔術の合わせ技だったのだが、これが効果バツグン。
天から降り注ぐ水で、燃え盛る火はあっという間に鎮火した。