10 はじめての授業
10 はじめての授業
「うっ……ううっ……買ってもらったばかりの魔導人形が……ううっ……!
うわぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」
スローンは泣き喚きながら、スクラップ同然の魔導人形といっしょにタンカで運ばれていく。
その様は哀れとしか言いようがなかったが、俺やミカンはなにもしていない。
ヤツが勝手に魔導人形をけしかけて、勝手に自爆しただけだ。
始業の鐘が鳴り響き、通学路の生徒たちは慌てて校舎に向かって走り出す。
俺もミカンからリュックサックを受け取り、彼らの後に続く。
「いってらっしゃいませです、ご主人さま!
フレー! フレー! ご主人さま! がんばれがんばれご主人さまーっ!」
ミカンの声援に送られながら、俺は初めての学び舎へと飛びこんでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
生まれて初めての学校。生まれて初めての授業。
しかも剣術じゃなくて、ずっと憧れていた魔術の勉強。
授業は1学年全員が入れるほどに大きい、講堂のような教室で行なわれた。
室内は扇のような形をしており、出入り口のある最下段に教壇がある。
階段状に生徒たちの席があり、奥に行くほど高くなっていた。
教壇に立つのは、入学式のときに俺をコウモリ呼ばわりしたダマスカス先生。
彼は座席にずらりと並ぶ新入生たちを神経質そうに見回しながら、手にしているムチをぴしゃりと鳴らした。
「私は魔術師科の学長のダマスカスだます。私はとっても偉いので普段は授業をやらないだます。
でも今日は初日ということで、特別に教鞭を取ってあげただます。
私の授業は厳しいだます。落ちこぼれは容赦なく置いていくから覚悟するだます」
ダマスカス先生の立っている教壇の床は格子状になっていて、その下には水のないプールのような空間がある。
広さはあるのだが、高さは人がやっとしゃがみこめるくらいしかない。
そのためそこに入れられたものは、嫌でも四つん這いになる必要がある。
「あ……あの……」
俺がそう言うと、ダマスカス先生は足元に這う虫を見るかのように視線を落とした。
「デュランダルくん、なんだます?」
そこに入れられていたのは他の誰でもない、この俺だった。
「なんで俺がこんな所に?」
「デュランダルくんがいちばんのおバカだからだます。座学の授業では、いちばんのおバカはそこに這いつくばる決まりだます」
「えっ? でもまだ授業は始まって……」
「やらなくてもわかるだます。デュランダルくんは剣士科のスパイで、どうせ授業を妨害しにきたに決まってるだます。
さっそく授業を妨害した罰として、バッド寮はマイナス10点だます」
生徒たちからどっと笑い声が起る。
これはなにを言ってもムダだと思い、俺はとりあえずは大人しくしていることにした。
そして始まる授業。今日は魔術の歴史に関する授業で、俺にとっては知らないことばかり。
俺はリュックサックから取りだしたノートとペンで、ダマスカス先生の言うことを一生懸命書き留めていた。
しかしダマスカス先生の言うことは、足元にいるとどうしても聴き取りづらい。
そこで俺はふと、魔術を使ってノートを取れないかと思いつく。
えーっと、掃除のときに使った繰返し命令を使えばできそうだよな。
ダマスカス先生に気付かれないように、吐息のような小声で唱える。
「筐裡の第一節に ・ 依代せよ ・ 掌紋の ・ 嚢中を……」
まず、ペンを術式のなかに組み込む。
「筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ ダマスカス」
さらにダマスカス先生の声を術式に落とし込む。
あとは、繰返しの術式だ。
「回帰し・ 筐裡の第一節よ ・ 蠕動し ・ 筐裡の第二節を ・ 雕琢せよ……」
すると、手元にあったペンがひとりでに立ち上がる。
頭上で鳴っているダマスカス先生の声にあわせてノートの上で踊りはじめた。
カリカリとささやくような音とともに文字が刻まれていく。
その字はあまり上手とはいえないものだったが、正確で漏れがまったくない。
ペンがノートの端に来たら手で次の行に持っていかなくてはならないが、自分の手で書くよりは数倍ラクチンだ。
しかしふと、書き込まれている内容に奇妙な文章が交ざっていることに気付いた。
『デュランダルをこれからもっといじめてやるだます。
ザガロのクソガキは気に入らないだますけど、あのガキの父親は有力者だます。
恩を売って味方につけておけば、この学院の校長も夢ではないだます』
……なんだこれ?
ひょっとして、ダマスカス先生の頭の中まで書き出しちゃってるのか?
あっ、そうか、2行目の術式がミスってたんだ。
筐裡の第二節を ・ 依代せよ ・ ダマスカス ・ 其は ・ 喚声なり。
本来は、『ダマスカス先生の声』と指定しなくちゃならないところが抜けてた……。
そうこうしている間にも、ダマスカス先生の考えがどんどんノートに書き込まれていく。
『さぁて、どうやっていじめてやるだますかねぇ?
そうだ、すごく難しい問題を出してやって、みんなの前で恥をかかせてやるだます。
それに、おバカの部屋で問題に答えられないと、足元の柵は少しずつ下がっていくだます。
連続で不正解にさせてやれば、デュランダルは押しつぶされてペチャンコになるだます
デュランダルを馬車に轢かれたカエルみたいにして、いい笑い者にしてやるだます』
それからしばらくして、ダマスカス先生の講義が止まった。
「それでは次は、魔導107傑について学ぶだます。
この魔導107傑には面白い使い方があって、スパイを割り出すのにも使えるだます。
魔術師にとっては誰もが知る107傑だますけど、おバカな剣士はひとりも知らないだますからねぇ。
ではさっそく試してみるだます」
来る。そう思った瞬間、ダマスカス先生はカエルを狙う蛇のように、俺に向かって鎌首をもたげた。
「ここにちょうどいいモルモットがいるだます。モルモットくん、魔導107傑を答えるだます。
この学園のテストでは、107人のうち5人答えられれば満点をあげてるだます。
でもモルモットくんの場合は特別に、ひとりでも答えたらそこから出してあげるだます。
でも答えられなかったら、きつ~いお仕置きを受けてもらうだます」
「ゴーヒョール・クイーン・グラッセ」
「えっ」
俺が即答すると、ダマスカス先生の目が点になった。
「バリアノス・リバー・モストー」
俺が107傑の名を挙げていくたびに、俺が閉じ込められていた床下がせりあがっていく。
「えっ、えっえっえっ? どっ、どどど、どうして? どうしてだますか?」
その上に乗っていたダマスカス先生はどんどん持ち上げられていく。
どうやらこの床下は、不正解になると押しつぶされるが、逆に正解すると天井に向かってせりあがっていくらしい。
俺はずっと床下に沈んでいたのだが、とうとう他の生徒たちを見下ろすくらいにまでの高みまで昇りつめていた。
生徒たちは口をあんぐりさせて、俺を見上げている。
「す……すげ……」
「107傑を、もう50人も答えちまったぞ……」
「俺なんて、1人覚えるのもやっとだったのに……」
「まさかアイツ、107人全員言えるのか!?」
「でも、なんであんなに知ってるんだよ!? アイツ、剣士のスパイじゃなかったのかよ!?」
俺は魔導107傑なんて存在を、ついさっき知ったばかり。
でもなんで、次々とそらんじているのかというと、ダマスカス先生が答えをぜんぶノートに書いてくれていたんだ。
いちど見聞きしたものは忘れないから、俺はもう107傑は体得済み。
俺のいた床下はすでに天井近くまでせりあがっている。
もちろん俺はなんともないが、俺より上の格子に乗っているダマスカス先生は今にも押しつぶされそうだった。
途中で飛び降りることも考えていたようだが、もうかなりの高さになっているので手遅れ。
格子にへばりつき、俺に向かって懇願していた。
「ぎっ、ぎえええっ!? も、もういいだます! わかった、わかっただます!
もうやめるだます! やめるだますぅぅぅぅぅーーーーっ!!」
「そうですか? でもあと5人で終わりですから、全員言わせてください」
「ぎっ、ぎえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
断末魔のような絶叫とともに、天井に押しつぶされるダマスカス先生。
授業が終わるチャイムが鳴る頃には、まるでハエたたきで叩かれたハエのようにペチャンコになっていた。