01 原初魔法へようこそ
01 原初魔法へようこそ
絶対感覚
五感で受け取る情報が劣化しない
また感じたことは鮮明に記憶される
これが、俺に与えられた天賦の才だ。
ようするに、感受性が人より豊かになる、ということらしい。
物心つくまでは、風に吹かれる花と草が違う音を奏でるのは、誰もが感じる当たり前のことだと思っていた。
でも木々のざわめきは、普通の人間にはみんな同じ音に聞こえるらしい。
もし俺が芸術家の家にでも生まれていたら、この才能も少しは役立ったかもしれない。
でも俺が生まれ育ったのは、剣士の家だった。
この家では力がすべてで、食べものは奪い合い、寝床も奪い合い。
俺は大家族の兄弟の下から2番目だったが、いつも兄弟たちにやられてロクなものを食べさせてもらえなかった。
今夜も寝床の争奪戦に敗れ、俺はひとり、家の外にある犬小屋に寝そべっていた。
我が家には犬なんていない。
この犬小屋は、家族で最弱の者に屈辱を味わわせるためにわざわざ作られたものだ。
幼少の頃はこの犬小屋に身体がすっぽりおさまっていたが、いまでは半分くらいはみ出している。
俺は星空を屋根に、月を明かりにして本を読んでいた。
「えーっと……。繊翳せよ ・ 筐裡の第一節を……」
そう唱えると、目の前に文字が浮かび上がる。
『原初魔術の世界へようこそ』
と。
「おおっ! うまくいった! これが、原初魔術のなかでもいちばん初歩といわれる術式かぁ!」
我が家は、ヒマがあったら筋トレをしろという家柄なので、本を読むことは許されていない。
この本は、剣士たちに潰されたという村の図書館のゴミ捨て場から拾ってきたものだ。
俺は一家でもっとも非力で、虐げられ続けていたので、自然と魔術に憧れるようになる。
そして今日ついに、初めて魔術を使うことに成功したんだ。
「デュラン、なにしてるん?」
不意に頭上から降ってきた声に、俺は大慌てで本を腹の下に隠す。
見上げるとそこには、妹のストームプリンがいた。
「あーあ、また本なんか読んじゃって……。バレたらまたオヤジにボコボコにされるし」
「そ……それよりなんだよ、こんな夜中に」
するとプリンはしゃがみこみ、俺の両脇をガッと掴む。
そのまま立ち上がり、俺を軽々と持ち上げた。
「ほーら、たかいたかーいっ!」
俺の家族は、俺以外はみんな身長が2メートル以上ある。
妹のプリンも俺より背が高く、俺の頭にアゴを乗せられるくらいの身長差があった。
しかも妹は発育が良すぎて、最近ではトレーニングの最中にビキニアーマーの胸がばいんばいん揺れまくるようになった。
兄として目のやり場に困っていたのだが、妹はそんなことはおかまいなし。
抱きすくめて胸で窒息させようとしたり、こうやって赤ちゃんみたいに持ち上げてはからかってくるようになったんだ。
「お、おい! やめろ、プリンっ! 下ろせっ!」
「悔しかったら力でほどいてみるし! 歳下の女にいいようにされて悔しいっしょ!? あはははっ!」
何がそんなに楽しいのか、プリンは弾けるように笑っていた。
捨てられていた子猫を拾ったかのように、俺を抱え上げたまま家へと戻ろうとする。
「おいおい、なんのマネだ?」
「今日は寒いっしょ? とりま、あーしのベッドでいっしょに寝るし。
弱っちいデュランは、あーしの抱き枕になるのがお似合いだし!」
「ならねーよ! なんでこの年になって、妹といっしょに寝なきゃなんねーんだ!」
するとプリンは急にぶんむくれて、俺をすとんと地面に下ろした。
「なら、好きにするし! せっかくあーしがやさしくしてあげたのに……このバカデュラン! 風邪ひいて死ね!」
そのままいかり肩で家へと戻っていく、我が妹。
まったく……アイツはいったいなにをしたかったんだ?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数ヶ月後。
俺たちが家を出る日がやってくる。
オヤジは家の外に、俺たち兄弟全員を集めて一列に並ばせた。
俺たちの前を、鬼軍曹のように行った来たりしながら言う。
「お前たちは立派な剣士となった! その証として、これからミドルネームを授けよう!」
この国では、親や師匠から一人前だと認められると、ミドルネームを与えられる。
それから家を出て、大人の仲間入りをするんだ。
実をいうと俺は、そのミドルネームを貰うのを楽しみにしていた。
しかしオヤジはミドルネーム授与の前に、長々と演説をする。
「……今日まで、お前たちが厳しい修行を積んできたのは他でもない!
すべては『王立高等魔術学院』に入学し、すべての剣士たちの悲願を成し遂げることだ!」
『王立高等魔術学院』というのは、俺たちの住む山奥からだいぶ離れた都会にある、職業養成学校のことだ。
名前こそ魔術学院だが、すべての職業の養成学校である。
オヤジはただでさえでかい声を、さらに大にして叫んだ。
「お前たちはこれから学校に入学! 学校生活のなかで、邪悪なる魔術師たちを完膚なきまでに叩きのめす!
そして学校の名を、『王立剣士こそ最強学校』に変えるのだ!」
王立学院は、いちばんの功績を残した職業の名を冠するならわしがある。
この国での二大職業は『剣士』と『魔術師』のふたつ。
お互いいがみあっていて、何事においても争いあっているという。
俺たちはこれから学校に入り、さらに剣士としての腕前を磨いていくのか……!
と思ったのだが、次の瞬間、俺は顔面が歪むほどの強烈な衝撃を受けていた。
それはオヤジからのパンチで、気がつくと地面に叩きつけられていた。
「ぐっ!? い……いきなりなにすんだよ、オヤジっ!?」
俺はいままでさんざんオヤジに殴られてきた。
だがここまで理不尽な殴られ方をしたのは、生まれて初めてのことだった。
しかしオヤジは当然であるかのように、俺の抗議を鼻息であしらう。
「フンッ、デュランダルよ! 貴様は今日をもって、我が一族から追放とする!」
俺は愕然としたが、それ以上に妹のプリンのほうが驚愕していた。
「ちょ、オヤジ!? な……なんでだし!?」
「デュランダルが隠れて魔術の本を読んでいたことなど、このワシにはとっくにお見通しだ!
魔術などという邪悪なものに取り憑かれおって! この、一族の面汚しめ!
それに、ずっと気に入らなかったのだ! 貴様の痩せ細ったその身体が! 優男のようなその顔が!
見るだけで虫唾が走るわ! さぁ、どこへなりとも行くがいいっ!」
俺は兄弟たちとは別の理由で、家から出ることになってしまった。