保護者
ギルド所属の為に必要となった保護者のサイン。思って居た以上に自身の行動に制限が有るのだと再認識したクシルは6歳としての行動をと考えを改める為に、6歳らしからぬしわを眉間に作っていた。
とにかく目の前の保護者のサインが最優先となる訳だがどうするか……と眉間のしわを深めていた所、先ほどの恰幅の良い女性が戻ってきて一枚の紙を受付嬢に手渡していた。
「親が一緒に居ないんだ、そんな事もあるだろうとは思ったけどホントに保護者のサインももってないとわねぇ……ホラ」
「マスター! これは……いいのですか?」
そういって受付嬢は驚いた表情を恰幅の良い女性に向ける。どうやらクシルに話しかけてくれた女性はこの服飾ギルドのギルドマスターだったらしい。6年前の時点では白髪のすらっとした麗人だと記憶していたがどうやら大賢者同様代替わりがあったようだ。
「マスター……ギルドマスターとは知らず先ほどは失礼しました」
「何を今さら畏まっているんだい! そうさね……こちらも挨拶が遅れたんだ気にしなでおくれ」
先ほどとなんら変わらない空気の女性は歯を見せ大きく笑いながらクシルに向き直した。
「私は服飾ギルドのギルマス、シシエって言うもんだ。師匠がぽっくり逝っちまってね。ま……年だけで選ばれたような名ばかりのギルマスだけど今後ともよろしくたのむよ!」
「よろしくお願いします。クシルといいます」
「まだ固いよ!」とあいさつを返したクシルにシシエはばしんばしんと背中を叩いて歓迎を現してくれた。
この短時間で分かったのは前ギルマスとは違いあっけらかんとした態度でさっぱりした性格である事。だが後から聞いたところ展示されていた黒天鵞絨のローブはシシエのお手製だそうで染色から織物の丁寧な処理、そして大胆で緻密な刺繍が王都では評判だそうだ。
「それでその紙はどういった?」
クシルは叩かれた背中をさすりながらシシエが受付嬢に渡し、受付嬢が驚きを見せた謎の紙に話を戻す。
「ええ……簡単に言うとうちのマスターがあなたを保証するとこの書面に書いてあります……」
「私はどんな年齢だろうとやる気がある奴は構わないけどね、ケツの青いガキに仕事をお願いする事になるんだ。保護者のサインって言うのは過失があった時の保証人って意味さ。クシル……お前さん保護者のサインを持ってないんだろ? だから私が変わりに保証人になってやるよ」
“情報収集”は他人や精霊の眼と耳を借りて起きた事実を集めるスキル。自分で見たもの聞いたものは詳細にログとして残すことができるが他人の情報はそうはいかない。
目と耳が届く範囲は人それぞれ、広範囲の”情報収集”を行うためには複数の情報源でお互いの範囲を補うように情報を集める必要がある。
しかし情報源が増えれば増える程処理しなければいけない情報量が多くなっていく。特に眼からの情報量は重く、細かな行動や書類の内容まで記録するとなると情報量が多すぎて処理しきれなくなり脳の許容量を越えれば意識を失う事になる。
そこで開発されたのが情報の簡素化と圧縮という技術。
他人の眼や耳を借りた時に必要な情報のみに絞り、視覚情報は["誰"が"何"をして"どうなったか"]といった簡潔な情報へ、聴覚情報は文字列へと簡素化。さらにそこから圧縮を加えて記録されていく。
圧縮された情報は瞬時に確認したいもののみリアルアイムで処理し、残りの情報は圧縮状態のまま記録だけを行い必要となった際に解凍して確認を行う。
星を覆う程の規模で行使される大賢者の”情報収集”は歴代の大賢者によって蓄積されたデータベースを使った簡素化と磨き上げられた圧縮技術によって実現されているのだ。
つまり、ギルドカウンター裏でシシエがサインをしていた行動は記録としてクシルは把握していたが、その内容……ただの子供にギルドマスターが保証人として名前を貸すというとんでもない書類を作っていた事まで知らなかったし、想像もしていなかったのだ。
ただ、知らなかったし想像もしていなかったが、これで保護者のサイン問題は解決したとクシルは胸を撫で下ろしシシエに一礼する。
「ありがとう 何から何まで助かった。それでは早速手続きを……」
「おや何も聞かずに受け取るとは……なにか裏があるとか思わないのかい?」
頭を上げるクシルを見ていたシシエの口角が上がりクツクツと笑みをこぼす。そんなシシエの事など意に介さずクシルはシシエに問い返した。
「裏があるんですか? まぁ馬車馬のように働けと言われてももともとただ籍を置くだけじゃなくちゃんと働く気だったし問題ありませんよ」
例え裏があっても“情報収集”や隠密魔法の魔法で裏の裏をかくのは容易いし、何があっても大抵の事はなんとでもなるとクシルは気にしていなかったからだ。
シシエとは今日この時間で初めて会話をした人物ではあるが、そもそもクシルは彼女が何か裏を持っているとも思っていなかった。
「ははっ! その心意気さね! あんたを気に行ったから理由はそれだけ裏なんかないさ! ただまぁあたしのサインを貰ったからって甘えんじゃないよって位は言いたかっけども……それも言う必要はなさそうだね」
「ほら、今時間あるんだろ?受けたいって言ってるんだ、受けさせてやりな」
「わ、わかりました!」
ひとしきりクシルの顔をみて笑ったシシエは受付嬢に向き直り試験の準備を促す。ギルドマスターからの指示に先ほどまで驚きの顔を見せていた受付嬢だったがそれならばと準備の為にギルドカウンターに戻っていった。
「じゃぁあたしも行くけど! また顔を出すんだよ! 」
「はい、早めにランク上げて行きたいですからね。また納品に来ますよ」
「まずは試験だろ? といってもあんたの事だ、ホントにすぐ来るんだろうね。まぁ楽しみにしてるよ」
そういってシシエもギルドの奥へ戻っていく。入れ替わりで手招きをする受付嬢に案内されギルドの中にある小部屋に移動すると、ここで試験を行うという事だった。
試験といっても簡単な物で裁縫や革細工の際に使う道具の名前を答えるだけ。ある程度の知識があれば答えられるようなものだ。ギルドに入るのだからそれくらいの知識をつけてからじゃないと受け入れないという事なのだろう。
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試験も終わり満点で解答を終え受付嬢がギルドカードの最後の手続きを進めてくれていた。
ギルドカードには魔石が埋め込まれており氏名や年齢どのギルドに所属しているかランク等が“情報書込”の要領で記載されている。
またこのカードは全てのギルドで共通して使われており他のギルドでも今回受け取るギルドカードに情報が上書きされていく事を受付嬢に教えてもらった。
「簡単な問題とは言え満点を取るとは将来楽しみね! ハイこれが今後のあなたの身分証よ。服飾ギルドへようこそ! 歓迎するわ」
「ありがとう」
受付嬢から簡単な注意と説明を受けてカードを受け取るとログに反応があった。
[クシルはアチーブメント”仕立屋の針子”を達成しました。]
次の更新は月曜日を予定
情報収集スキルについて少し説明を変更。
眼で見た情報は行動ログが、耳で聞いた情報は本人と文章が紐づけされて、後で読める形になるというイメージです。




