ジェヴォーダンという魔物①
賢者の塔の足元にある賢者の森。つい今しがたそこにできたであろう地面のひび割れを前に、フレイとベーヌは困惑しながらも亀裂を目で追い、その中心を探していた。
賢者の塔から落ちてきた何かが立てた音は、周囲の警戒をしていたフレイを驚かせ、木陰で回復を受けていた剣聖の焦りを加速させた。
塔の上の状況がわからない今、状況把握の為にも……と警戒の上でフレイとベーヌ、そして大賢者の使い魔が落下地点へ急いで向かう事になった。
ベーヌは大きく割れた地面から少し距離をおいた場所にある樹に登り、落下地点の様子を確認している。樹の下で警戒を強めていたフレイは、向かう途中、大賢者との連絡がついたのか連絡を取り合っている使い魔に肩を貸しながらベーヌに声をかける。
「なにかみつかったかベーヌ?」
「ちょっとまって……あれは……なにかしら……」
一際抉れた部分を見つけその中心に何かを見つけたらしいベーヌは手持ちの望遠鏡でさらに様子をうかがう。
レンズ越しに最初に目に入ってきたのは、亀裂の入った地面と焼け焦げている雑草。そこから目的の場所に向かうように望遠鏡をすこしづつ調整していく。
「見えた……あれって……? フレイ周囲に何も居ないのよね!? 確認に向かうわ」
落下地点の中心を確認したベーヌは急いで樹から飛び降り駆け出す。
「なにが見えたって言うんだ?」
「あれは……」
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「クシルくんは大丈夫でしょうか……剣聖が直接出向くほどの魔獣なんでしょう? フレイとベーヌも何事もなければいいのだけれど」
ポワンシーが剣聖に回復魔法をかけながら問いかける。クシルと別れた後、状況確認をしていた所に賢者の塔からの落下物の気配と轟音だ。
もともと魔導士ギルドで受けていた”賢者の森での採取と、賢者の塔の確認依頼”の状況からは大幅に変わった事態に不安を見せるポワンシー。
回復魔法をかけては休み、かけては休みとポワンシー自体の負荷を考えて長時間の治療を行っているが一番頼りにしたい剣聖の調子はそれでも戻らない。
「あぁ……だが大賢者もいらっしゃる。問題は魔獣を討伐したり捕まえたりした後なのだが……」
例え魔導士ギルドが束になろうとも、全ての属性を極め扱う大賢者との実力差は天と地ほどある事を知っている剣聖。ポワンシーのおかげで万全とはいかないが徐々に動けるだけの気力は戻りつつあり頭の冴も戻って来た。
クシルが状況を説明し注意するべき項目がわかっているのだ、恐らく調査の為に能力を測ったり無力化する事に苦心するのだろうがいざ処分するとなるとすぐに形が付くだろうと冷えた頭で考えを巡らせる。
どちらかというと、ヴォーダンではなくシェナス、魔導士ギルドのギルドマスターについての方が頭が重い。処分や対応は恐らく丸投げなのだろうとせっかく冴えて来た頭がまた重くなるのを感じていた。
だがヴォーダンは剣聖にとっても未知の魔獣だ、不安要素は残る為に気が抜けない。
「それにしてもクシル君はすごいですね……剣聖とも大賢者とも知り合いなのでしょう? 訓練場で一緒になりましたが彼の作る魔法回復薬は今まで服用してきたものとレベルが違いましたし……彼の剣術は剣聖が教えたものなのですか?」
自身の不安を払うように剣聖に話題を振るポワンシー。その姿を見て剣聖もポワンシーに付き合うように会話を進める。
「いや……彼の剣術は私のスタイルを真似たと言っていたが独学のようだよ。初めに見た時は本当に見様見真似、いや魔法の方を優先して剣術がおろそかになっていたが……少し前に手合わせした時はだいぶものにしていたよ」
「え! クシル君剣聖に直接指導いただいたんですか!? いいなぁ……剣聖の講義も受けられてないですしギルマスに会っても……そのギルマスってギルドマスターのクセに魔法が苦手って事で知られているでしょう? だから教えてもらう事なんてほとんどないのです……」
「……ん? 君はシェナスと面識があるのか? 彼は……その……忙しくしてギルド幹部としか話をしていないイメージだったが……」
シェナスへの疑惑に対して情報収集を行うもギルド内でも限られた人物としか話をしていないようで、魔導士ギルドのギルド員達からはギルドマスターの話は上辺の話しか得る事が出来なかった。
だからこそギルド内での動きが見えず証拠集めが難航していたのだが、ポワンシーはその限られた内に入っていたようだ。
「そうですね、基礎訓練が終わってからでしょうか、何度か声をかけてもらえて……そうそう、この依頼の時も直前にお守りを渡してもらいましたよ」
「お守り……?」
限られた人物としか話をしていなかったからこそ、大賢者への攻撃や魔導士ギルドの精鋭たちに行った人の道を歪める行為はポワンシーの様なギルド員に知られていない。
今後シェナス自体の取り調べなどで沙汰も決まるだろうが、今回の賢者の塔で起きている騒動はヴォーダン――魔獣の襲撃とポワンシーには話をしておりあえてシェナスの関与は口にしていない。
だが今日この日、魔導士ギルドを通して賢者の塔の監視依頼を受けたポワンシーの口から逆にシェナスの名前が出た事で剣聖はなにか嫌な繋がりを感じた。
しかし、その考えもガサッと近くの低木が揺れた事で中断される。
『――――――』
同時にポワンシーと剣聖の耳に聞き覚えの無い、言葉とも認識できない音が入り込んでくる。瞬間、さっきまで回復し始めていた剣聖の調子が再度泥沼に落とされる。起き上がり周りを見渡すが身体を維持する事も辛くなっていた。
なんとかポワンシーの方を向くが変わらず時魔法による回復をかけ続けている姿が見えた、だが様子がおかしい。
「ポワンシー君ッ……君は大丈夫か……!」
なんとか絞り出した声も、ポワンシーには届いていない。
『――――――』
またも聞こえてきた音、今度は回復魔法を止めたポワンシーが自身の鞄から何かを取り出し、魔力を流し込む。すると音のした方角から人影が現れる。
「……これで少しは時間が稼げるか……?」
「シェナスッ!」
「なぜ魔導士ギルドで眠っている君がこんな所に居るのか……先ほど上に居た君の弟子の仕業か? なんにせよその状態では何にも出来なさそうだが」
半日ばかり前に魔導士ギルドで出会ったシェナスがゆっくりと姿を現す。
魔導士ギルドで出会った人物と同じとは思えない程ボロボロに傷つき、最も大きく違うのは左腕の肘から先がなくなっている事だろう。その傷口には火傷が広がっており、傷口を強引に焼き、止血の処置をした事が伺えた。
「どうだ我が魔導士ギルドのギルド員は…? 彼女の回復魔法には驚かされただろう? 魔力は使うが任意の時間に状態を戻せるのだ」
「お前の仕業か……」
シェナスの目線の先に居るポワンシーを見て、今この状況を理解した剣聖。
身体が動かせるまで回復していたのにも関わらず、再度泥沼に入り込んだ身体は逆向きに回復していたのだ。
任意の時間に戻せる、それは回復を受けていなかった状態に戻す事も可能なのだという事に気が付いた剣聖はシェナスを睨む。
『――――――』
シェナスの口から発される人語とは思えない音を聞いたポワンシー。
今度はシェナスの傷口に向かって回復魔法を行使する。同時にポワンシーの鞄を漁り魔力回復薬を見つけたシェナスは口に流し込む。
「だが、欠損を治すまでにはいかないか……まぁそれでもいい……」
「ポワンシー君に何をしたッ!」
「私の努力の成果を披露したのだよ」
「努力だと!?」
回復を受けていなかった状態まで逆戻りに回復魔法をかけられたが、魔導士ギルドの地下で目覚めた時の感覚とは違う。恐らく逆転の回復魔法を受ける時間が短かったのだろう。沼に浸かっている事には変わりないが、気力を振り絞り剣を握りチャンスをうかがう。
「その通り! 君もご存知の通り私は魔導士ギルドのギルドマスタ―だが魔法は苦手でね。魔力を上手く操作できないのだ、火を使えば自らを焼き、風を使えば自らが吹き飛ばされ……だが、唯一私に向いている魔法を見つけたのだ」
剣聖の剣を警戒し回復しているポワンシーを剣聖と自身の間に立たせ、残った右腕で抱きかかえるとシェナスは雷魔法を発動する。
それはシェナスの家では家長が息子に覚えさせる秘伝の魔術。クシルが使った身体強化に合わせて反応速度を上げるようなものではなく、己の身を雷電として変化させ稲光のように移動する魔法。
その雷魔法がシェナスの奥の手なのかと注意を向けるが違うらしい。
本当に魔力操作が苦手のようで雷電と化している部位とそうでない部位がまだらになり、雷電が持つエネルギーで自身が焼かれている姿が見えた。
『――――――』
「それではごきげんよう剣聖、まだ大賢者に用があるのでね」
またもシェナスから発せられたその音は剣聖の身体を硬直させる。雷電と化した身体に抱きかかえられたポワンシーはうめき声をあげ、そのまま強引に抱きかかえられ空に向かって雷が落ちていった。
「剣聖ッ!」
その雷を見てか大慌てで戻って来たフレイとベーヌ。硬直は一瞬だったようで、二人の無事に安堵とポワンシーと大賢者、そしてクシルに対しての不安が剣聖を奮い立たせる。
「賢者の塔から落ちて来た場所にあったのは、人間の左腕でした」
「あぁ……わかったフレイ、ベーヌ君、すまないが手を貸してくれ……賢者の塔を登りたい」
奮い立たせた気力で何とか立ち上がった剣聖は賢者の塔の最上階を見上げた。
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終わらないです……ここからです!次回、再度舞台は賢者の塔の係留場へ




