正体
魔導士ギルドの精鋭たち、そして混合属性を持つ特殊な魔導士達が習得してきた魔法を自らのものとしてきたヴォーダン。習得した魔法は数多、そして数多くの魔法を覚えたからこそ効率のいい変換方法や魔力操作を組み合わせる事でオリジナルも超えた魔法へと昇華させてきた。魔導士ギルドの中でも勝てるものは居ない程の強さを得た魔物。
そんな魔物が水魔法で、たった一つの魔法で自由を奪われ拘束。言うに事を欠いて”捕まえるだけ、殺すだけであれば何通りでも用意できる”と言ってのけた大賢者。先ほどまで優勢であったゴーレムとの戦いもヴォーダンの能力を見るための戦いと言い放った。
知識としては持っていた魔法のレベル。分類として簡単な文字で記載されていた項目、広域・巨大と理の操作には隔絶した差があったのだと、目にした理解の及ばない魔法にシェナスは腰を抜かしていた。
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6年前にギルド全体の会議の場で剣闘士ギルドのギルドマスターである剣聖から受けた報告。長年にわたり、それこそ自身が生まれる前から魔法社会を支え世界規模で魔法体系の共通化を行い魔術の発展に尽力してきた大賢者が亡くなったという報告。同時にその大賢者の弟子が後継となるという話を聞いたシェナス。
新たな魔法の象徴となる人物が自分が魔導士ギルドの長を務めている際に擁立された。過去の資料を見るに魔導士ギルドと大賢者は程よい距離を保っていた、だが過去は過去。
大賢者の提唱した基礎魔法が広まった事で更なる力をつけて来た魔導士ギルド。今後は大賢者との繋がりを太くする事でより自らの発言力を強めようと大賢者との関係に対して保守的な人物を排し地盤を固めた上で大賢者との交流を持つべく招待状を送った。
そうした中で実際に目の前に現れた当代の大賢者。シェナスの第一印象は”若すぎる”。
自身よりもはるかに若い大賢者に驚いた。魔導士ギルドで大賢者と同年代はグループのリーダ格レベル、熟練にはまだ早い。
前任の大賢者が選んだのだもちろん稀有な能力を持っている事は明らかだろう。大賢者が師匠という事で同年代とは明らかにレベルの違う授業を受けて来たはずだ。だが、自分の生まれる前から生きている大賢者の知識をこの若造が弟子としてあった時間だけで埋められるはずがない。
魔導士ギルドの精鋭たちよりも実力が上であったとしても魔法の象徴には出来ないだろうとシェナスは値踏みするように大賢者を見ていた。大賢者という称号を前に下手には出ていたが頭の中は”こんな若造が大賢者?”と言う疑惑でいっぱいになっていた。
そしてその後に出会ってしまう事になる大賢者になりえると考えた異形に。
だがどうだ、ヴォーダンは拘束されその隔絶された魔術と突き刺さる様な冷たい眼差しは今や自身に向いている。エリの目線の先にいるシェナスは腰を落としたままジリジリと後ろに下がっていた。
「あら?……そんなに怯えて、もしかしてやっと私の事を大賢者と認めました?」
「クッ……!」
係留場の縁まで追い詰めエリはロッドの先をシェナスに向ける。
「殺す気はありませんので大丈夫ですよ。私のお仕事はこの世界に起きた出来事を読み解く事、雑事は剣聖に任せると致しますのでどうぞ痛い目を見たうえで捕まっててください」
ロッドの先端に魔力が集まるのを見たシェナスは係留所の手すりを乗り越え空へと飛び出した。空に舞った身体に魔力を集め風の魔法を発動させたシェナスは落下速度を軽減させながら塔を降り始める。
「ヴォーダンを前に出すだけで後ろで縮こまってるかと思いきや意外と根性がありますね」
「ですが、そんなに簡単に逃がすとでも?」
エリはロッドの先端にためていた魔力でヴォーダンを捕まえた”生ける錘”を再度発動。手のひら大の水玉は空を落ちていくシェナスの左腕に絡みつきブレスレットのような形で固定される。エリは固定された事を確認すると”生ける錘”の操作を切る。
シェナスの風魔法は自身を浮かせるほどの推力は無い。そこに想定外の重りが付けばなんとか軽減させて来た風魔法も焼け石に水、落下速度は一気に上がり自由落下と変わらない状況に。しばらくしてエリの視界からシェナスが小さく消えて行き塔の下の方から爆発にも似た音が聞こえてくる。
そんな音を掻き消すかのように続いて呑気な声がエリの耳に届く。
「うーん……わからないなぁ」
先ほどまでの冷たさを感じるやり取りそんな空気で満たされた肺の中をため息と合わせて吐き出すエリ。
エリが振り返り辺りを見渡すとアクアが壁際に座らされており使い魔たちは寝かされ、軽症だったものが世話をしている。
シェナスが乗って来た魔獣についても、主人が居なくなったとは言え落ちついているようで係留場にある厩舎に繋がれており、クシルはやる事をやっているのだ何も言えないエリだった。
「その魔物新種ですか……?」
「それに関しては思い当たる魔物が居るんだ」
一通りの処置を終えたクシルは”生きた錘”の中で拘束されているヴォーダンを前にしてまじまじとその姿を伺っていた。接触する事は出来ないが”生きた錘”の中に居る以上出てくる事もなく観察にはもってこいの状況だった。
「人間に化ける事が出来る魔物にこんな特徴を持つ魔物は居なかったと思うのですが……」
「そこは副産物だと思うよ、人化の魔法……魔導士ギルドだけでなく魔物が使う無属性魔法を覚えている可能性は高いから。だけど、エリと使い魔たちの魔力ラインを上書きしたって現象を聞いてあたりはついた」
「では……一体……」
「……ヴォーダンと呼ばれたこの魔物の正体はソウルイーターだと思う」
エリもクシルに並びソウルイーターと呼ばれたその魔物の前に立ち自身の知識の引き出しを開ける。
ソウルイータは5大陸の内、西側に位置するライーカ大陸にある魔獣領域に生息している魔物だった。
魔力を持つ者は魂の色が定まっているがその魔物は違う。特殊な魔力の色を持ち、自身の色をどんな色にも変化させる事が出来たのだ。そしてその能力を活かし捕食対象の魔力の色に自分を合わせその魔力を食べていた。
しかしエリの知っているソウルイーターと呼ばれる魔物は今目の前に居るヴォーダンと大きく容姿が異なる。何より大きく違うのはサイズだ。
その魔物は猫程の大きさで羽をもち音もなく接近すると足や首に取りつき気が付いた時には魔力が食べられてしまう。
一気に失われた魔力よる反応で酔いにも似た症状”魔力欠乏”を引き起こし、運が悪ければ魔獣領域の他の魔物の餌食となってしまう。そんな魔物に対して先人たちは”魂を食べる者”と名前を付けていたのだ。
「なるほど……サイズ差がありすぎて思いもしませんでした……では何がわからないのですか?」
「あぁ……ヴォーダンは明らかにシェナスの言葉を理解していた。記憶に干渉できるとすれば魔導士達の記憶から言葉を理解したというのはわかる」
「だが人化の魔法はあくまで見た目だけの物。言葉を発するには別の手法が必要なんだがヴォーダンが人語を扱う様子はなかった……シェナスはどうやってヴォーダンと意思疎通を図っていた?」
うーんと考え込むクシルはそういえばと言ったような形でエリに問いかける。
「シェナスは良いのか?」
「さぁ……地面にぶつかる前に全力の風魔法で減速してましたから大丈夫だと思いますよ。”生ける錘”で動く事も出来ないでしょうし後は剣聖に任せます。これで賢者の塔に平穏が訪れるなら清々しますね!」
「そっか」
魔導士ギルドにはかなり振り回されたエリを心配しているのかただの確認か。修行中だった時も心を読んでなのか、自分の考えを吐き出させるかのように質問を投げかける師匠に何度か、”あぁ今こういう気持ちなのか”と気づかされたなと思い出すエリ。
索敵の為に使われた魔法の霧。操作を手放した霧は、ただの水にかわり元の天候に戻るようにどんどんと日に溶けて行き、少しづつ晴れて行った。
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もうしばらく楽しんでいるとおもうので更新頻度は下がると思いますがよろしくどうぞ!




