邂逅
僅かな切り傷、両断とはいかないその切り傷は”剣魔”としては失敗を意味し剣技として成立していなかった。だが妖異とマナとの境界に穴が開いた事に意味がある。
傷口にピンポイントで針を刺すのは難しいと考えたクシルは闇属性に変化させた魔力で手の形を作り出し妖異に向けて魔力の手を伸ばす。
かすり傷とは言え自らの身体に傷をつけられたのだ相手の出方を見るためにクシルの魔力を避ける妖異。だがかつて精霊であった自身を攻撃する者など今の今までおらず、攻撃してきたとしても魔力でしか触れる事が出来ず、かつ魔力密度の差によりほとんどの攻撃が無意味。攻撃を避けるという行動自体初めてとった妖異。マナ揺れを見ながら器用に避けて行くが魔法戦で魔力感知は基礎の基礎、相手の裏をかく戦い方はクシルに分がある。
「とったッ」
大きく派手に動く魔力の手に細く伸ばした魔力の糸を添わせていたクシル。直前まで同じ動きで操り魔力の手を避けた妖異を糸で絡めとる。動きを止めればこちらの物と魔力の手で妖異をがっしりと掴み離さない。すかさず魔力の手から闇属性の魔力が幾筋か立ち上り妖異の傷口に入り込む。
「GUAAAAAAAAAAAAAA」
精霊の囁きをオフにしていたにも関わらずマナの震えが、人語として表現のしきれない妖異の悲鳴がクシル達の耳をつんざく。他人の魔力をそのまま自分の物とする回復行為ではあるが魔力の色を整えてこその回復方法。闇の精霊であった妖異に純粋な闇属性の魔力を送り込んだが妖異は悶え苦しんでいる。
「拒否反応? すでに魂の色が混ざっているのか?」
魔力を持つ生き物はそれぞれに魔力の色がある。そしてその色は魔力が身体の中で自然回復する際の起点、魔力の発生源によって決まっていると言われている。魔物で言う魔石がその部分に当たるはずなのだが人間が死んだ時には魔石は発生しない事がわかっている。
魔物と人間の違いは未だ謎に包まれており魔力の発生源がどこなのか諸説ある中、一般的な説となっているのが”魂”が魔力の発生源という説だ。その為、便宜上魔力の発生源の色を”魂の色”と呼んでいるのだが闇の精霊から変異した事で魂の色が変色してしまい拒否反応を起こしていると考えられる。
現在クシルが行っている闇属性の魔力を送りこみ色を整えるという行為は恐らく対処療法。根本的な治療法は今の時点では思いつかず妖異に変異した原因を解明するしかない。
魔力を送るのをやめてしまえばまた妖異として活動する事を考え手持ちの道具で風の魔力のみを吸い続けるような魔道具を作れないか魔力を送りながら自身の荷物を漁るクシル。
拒絶反応が出ているからといって原因を解明する為にも魔力を送る手を止めるわけにはいかない。最初は抵抗を続けていた妖異も次第に動きが鈍くなっていき徐々に拒否反応が薄れ始めてくるのが掴んだ魔力から伝わってくる。最後にはぐったり魔力の手に寄り掛かるようになった妖異を見てクシルは再度声をかけ始めた。
[クシルの”精霊の囁き”。 ]
「もう一度聞く! どうした! なにがあったのか教えて!」
『あ……あぁ……人の子よ……夢見る子よ』
再度精霊の囁きを発動したクシルの声に応えるように意識を取り戻した妖異に先ほどまでの敵意はなさそうだった。魔力の手を緩め手のひらに乗せた妖異をのぞきこみ、少なくなった風の魔力の色を何とか傷口から押し出そうと試みる。
「聞こえてる!」
『どうか……ジェヴォーダンを救ってやってくれ』
「ジェボーダンって!? どうしたらあなたを救える!?」
屋外演習場そして今目の前に居る妖異が口に出した言葉。恐らく魔導士ギルドのギルマスシェナスと行動を共にし剣聖を行動不能にした人物の事なのだろうが一体精霊とどういう関係なのか、魔力の色がほぼ闇の色に染まったにも関わらず反応が薄まっていく妖異に必死に声をかけるクシル。
『あの子は私達に近すぎたのだ……だから……心を持たぬ私達に心通わせる為に……』
「わかった! そっちは何とかする! あなたを救う方法は? 魂の色が変わった原因は!?」
『意識を取り戻せたのだこれでいい。私はもうここに居られない……マナに戻る事が救いなのだ』
その言葉を聞いてクシルは自身が作った切り傷が広がり始め妖異とマナとの境界が薄れ始めている事に気が付く。クシルが注ぎ込むよりも多くの魔力が流れ出ている、意識を取り戻した事で闇の精霊として自ら生を手放そうとしているのがわかった。
「待って! ジェボーダンを救うためにも何があったかを……!」
『私にも……だがジェヴォーダンは理から外れてしまっているのだろう……』
『あぁ……これが哀しみであり心残りという物なのだな……』
そうやって妖異であった闇の精霊はぽつぽつと言葉を述べると意識を手放したのかもうクシルの声にこたえる事はなく、精霊とマナの境界であった精霊としての表皮はみるみる萎んでいき最後には結晶となってクシルの手の上に収まってしまった。
[クシルはアチーブメント”精霊との邂逅”を達成しました。]
そして周囲にあった闇の精霊から漏れ出た魔力も霧散していき、地下の通路、光も無い闇の空間の中新たなアチーブメント取得の記録がクシルの中に刻まれた。
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(失踪人たちの精神干渉はあの妖異同様に魂の色に干渉があったって事? 精霊に近い存在って? 理から外れているってどういう事だ? なんで今まで”情報収集”にも引っかからなかったんだ?)
「クシルさん」
(そもそもこのアチーブメントもなんなんだ、取得条件が”精霊と心からの会話をする”だって? そして最後の一言が”心残り”……?)
「クシルさん!!!!」
「あっ……あぁごめんなんだっけ?」
「分岐通り過ぎました!!」
失踪人の件について探りを入れに来ただけだったはずが、今まで大賢者として過ごした期間に発生しなかった出来事ばかり、大賢者として死んだ際に星の代行者についてを聞かされた、あの時と同じように目を白黒させながら思考の世界に入っていたクシル。
闇の精霊が消え残った結晶、今まで先代や先々代から聞かされてきた”おとぎ話”の中に出てきた結晶、”精霊石”を手にクシル達は剣聖の魔力反応がある位置へと進んでいた。
まずは目の前の事を! と意識を切り替え速度を上げるクシル。
「ここです!」
剣聖の魔力反応が目前の小部屋だという事を使い魔がクシルに告げる。他の失踪者や妖異のような存在がいないかどうか念入りに魔力感知で確認を取るが何の反応も無い。精霊たちも居るには居るが何も語る事はなく静かなものだった。
意を決して扉を開けるクシル。ぎぃと音を立てる扉の向こうには剣聖が倒れ込んでいた。
「剣聖ッ!」
倒れ込んでいる剣聖に駆け寄り回復魔法、異常回復魔法を重ねがけを行い、魔力感知でも弱々しかった魔力に対して魔力回復薬を取り出し剣聖の口に流し込む。
かなり上から滑り落ちて来たようで派手な擦り傷を作っていた剣聖だったが、身体的な問題は全て回復し魔力も徐々に回復が見えてきた。
ここまで出会った魔導士達の精神干渉の事を考えて縄で縛り、名前を呼びかけるがそれでもなかなか目を覚まさない剣聖に業を煮やして頬をぺちぺちと叩き始めるクシル。
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不気味な人物と相対した後、魔力が無くなり、引き出しの中全てを強引に出されて、すぐに整理もされないまま強引に詰められるそんなような事が頭の中で行われた感覚に陥っていた剣聖。
頭の中をかき回され握りつぶされる感覚に力が魔力が抜けて行った所までは記憶にあるそこからが曖昧で朦朧とした頭の中にあるのはシェナスが言った一言だった。
なんとか身体を動かしたくも身体がどこにあるかもわからない。温度も重さも時間も感じられない中しばらくすると暖かさが戻ってくる。
次に戻って来たのは身体の感覚、と言っても身体の中を何か熱が……おそらく魔力が循環するような感覚。そして思考も少しづつクリアになっていく。だがまだ身体のコントロールが効かない。少しづつ瞼の裏の光を感じられるようになった時目の前に誰かが居るのを感じた。
(誰だ……エリちゃん……?)
なんだか懐かしい気配を感じた剣聖が頭に浮かんだのはエリ。しかし
ぺちぺちぺちぺち
自身の頬と思われる場所を叩かれる感覚に別の人物の顔が頭をよぎる、自身の先生でありそのハードな講義に意識を無くしては頬を叩いて起こしてきた人物。
(大賢者……!?)
自分の先にずっと居ると思っていた相手、久しぶりに訪れるとぽっくり、死に目にも会えなかった。だがその裏表もない知識の権化に剣聖自身が心を許した相手。そんな自身の先生が目の前に居ると感じハッとした剣聖は一言いってやろうとガバっと起き上がる。
「大賢者! なんで私に一言言ってくれないんですかッ!」
と目の前の人物に文句を言うと想像した人物ではなく最近よく顔を合わせていた人物の顔が目に入る。
「ここに師匠は居ないよ? ハァ……やっと起きた、大丈夫? 僕の言葉わかる?」
「クシルくん……?」
「応答オーケーだね、よかったーーー」
だんだんと意識が覚醒し色々な情報の処理が落ち着いてくる。着衣の破れに対して身体に痛みが無い事からクシル君が回復魔法をかけてくれた事、なぜか身体をロープで縛られている事、エリの使い魔が自身の胸でオイオイと泣いている事。
「エリちゃん! そうだエリちゃんは!?」
「ここは魔導士ギルドの地下だよ、師匠にはシェナスともう一人の居場所を探ってもらって……」
クシルの回答を遮って剣聖が声を荒げる。
「あいつらが向かっているのは賢者の塔だ!」
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やっとこさ剣聖救出です!




