賢者の塔の主
生い茂る森、晴天の中陽に透ける長い銀の髪を揺らしローブを纏った女性は使い魔と共に困った顔を見せていた。
「あーもー!!! 師匠のせいでしょこれ!」
ローブにはフクロウの羽根がモチーフとなっている刺繍が施されており立ち振る舞いも学者然としていたが、手を休める暇も無いのか慌ただしく動き回っていた。
「そうは言っても……ないがしろにはできませんからね。師匠もおっしゃっていたじゃないですか“来るもの拒み去るもの追わず”です!拒み続けるしかないのですエリ! 頑張ってください! ……んがッ」
フクロウの姿をした使い魔はその場から逃げだそうとしたが、去る物追わず……とはいかずエリとよばれた女性に無言のままひったくるように捕まった。
「拒みたくてもあいつら数が多い上になまじ魔法を使えるから面倒くさいんだよー! なんとかしてよシャルーー」
「やめてください!! 離してください!!」
そんな泣き言を喚き散らしながら現大賢者であるエリは、目下発生している問題に何か良い案は無いか考えていた。
前任の大賢者が亡くなり一番弟子であったエリはその任を引き継ぎ賢者の搭を任されていた。それから6年、一人と一匹の目下の悩みは自身が管理する賢者の搭へやってくる訪問者への対応だった。
大賢者は自ら指定した弟子に全ての知識を注ぎ込む。だが賢者の搭はすべての魔導士に門徒を開いており登ろうと思えば誰でも登ることができる。
大賢者の知識となれば、魔導士としては最先端の研究結果だ、賢者の塔に登り大賢者の紡いできた魔法や術式を魔導書や魔道具を通して一目見ようと足を運ぶ魔導士が居るのだ。
その研究結果を見るためには賢者の塔の上階にある図書室に行く必要がある。その為には幾重にも貼られた結界を解き、門番であるゴーレムと対峙し自らの知恵と力を見せつけない入る事が叶わない。
それは、力無きものに知識を与えないとした大賢者の掟であり、ただの人払いでもあったわけだが……功を奏したのか期待通り賢者の塔を登ろうとする魔導士は物好きと呼ばれる数人程に減り、エリの前任の大賢者が生きている間では図書室に辿り着いたのは両手で数える程しか居なかった。
しかし、前任の大賢者が居なくなってから何故か図書室を目指す魔導士が増えてきたのだ。その大きな理由に前任の大賢者が確立した魔法体系の恩恵があるとエリは考えていた。
前任の大賢者が、知識欲と気まぐれでそれまで世界で行使されていた占星術や呪術、幻術、妖術等のいろいろな魔法体系を調べはじめた。特に魔力へのアクセス方法、術式、変換効率を分析していった結果、異なる魔法体系であっても基礎となる魔力の扱い方は変わらない事を突き止め”基礎魔法”を確立していったのだ。
基礎魔法という体系を立ち上げれば、例えば光属性の術式が存在していなかった魔法体系に光属性を掛け合わせる事が出来るようになり今までになかった新しい魔術が生み出せるのではないかと考えたのだ。それは新たな理を見つける為であり星を理解する為に行われた。
賢者の塔の中で事が終わればよかったが、両手で数える人数の物好きがその基礎魔法を画期的だと世界に広めてしまったのだ。
魔法の基礎部分について書かれたそれは今まで魔法に触れていなかった者でも習得への道筋を導き、そして世界規模で魔法体系の共通化と魔術の発展の底上げが行われてしまった。
その結果、今まで身近になかった魔法が誰でも使えるようになり、大賢者の実力を見た事がない物が勘違いを起こし、我こそが賢者だと賢者の塔を登る後押しをしてしまったのだ。
「師匠の気まぐれがこんな所でめぐってくるなんて……もうやだ……」
エリは泣きそうになりながらも魔導士達が無理やり壊した結界を貼り直し、勝手に野営され勝手に採取された近くの薬草や精霊を保護し、魔物や原生動物を搭に招き入れたバカを懲らしめつつ、結果的に魔導士達を拒み続け、その対応に日々追われていった。
やっと一息つけたのは上階を守るゴーレムを塔の入り口に配置してからだった。
「これで清々したわ」
賢者の塔の門徒を狭める事を避けてきたエリだったが、どうにもここの所、来訪者の大賢者への敬意、知識への敬意が足りないと感じていた矢先、賢者の搭に穴を開けながら外から登ろうとする不届きものが現れた事で我慢の限界を超えた。
ゴーレムへの命令を書き換え、不届きものを摘まみながら賢者の搭入り口に絶対の守護者を配置するという強硬手段に出たのだ。
「いいのですか?」
「いいのいいの! どうせ図書室行くならゴーレムと合うんだし誰も登ってこられなくてやっと自分の事に集中できるわ」
そういいながら横になってくつろぎ始めるエリ
「忙しくて確認できなかったけどね、ここ最近の訪問者増加……理由は他にもあるみたいでさ」
くつろぎながらエリは"情報収集"のスキルを発動する。”情報収集”は自分を中心にして発動するスキルであったがエリはさらにスキルを磨き上げ任意の場所中心で情報収集を行う事が出来るように改良を重ねていた。
こうする事でリソースを裂く範囲を狭める事が出来、未だ到達できていない師匠、前任の大賢者に追いつくべく残りのリソースを知識の獲得と魔法の修行に当てていたのだ。
今エリが”情報収集”を発動させている場所は魔導士ギルドの総本山、王都にある魔導士ギルド本部。
「どうにも師匠が亡くなってから賢者の塔には大賢者は不在と思われているみたいでね。魔導士ギルドが賢者の塔を登った者を魔導士ギルドの名のもとに賢者として擁立する……つまりは魔導士ギルドが賢者の塔を管理しようと考えてるみたいなの」
情報収集で集めたログを見直した結果を後ろに控えるシャルに説明をするエリの口からはため息が漏れだしていた。
「――私ちゃんと魔導士ギルドにも挨拶に行ったのにただの弟子扱い……しかもそこら辺の魔導士と同じくらいに思われてる見たいでさ」
「それは舐められてって事だろ?」
急に会話に混ざった聞き覚えの無い声に驚くエリとシャルはその声の主を探すように研究室の入り口に顔を向ける。するとそこにはまだ幼く線の細い黒髪の少年が立っていた。
「え……? あなた……どうやって登ってきたの?」
普通の魔導士では退けるのが難しいゴーレムを数時間前に塔の入り口に立たせて来たというのに少年が上階、しかも大賢者のいる最上階に立っているという現実を受け止めきれないエリは先ほどまでの疲れが幻覚を見せているのかとほっぺをつねり夢ではない事を確認して尚、目を疑った。
「あぁ! なんでゴーレムが入り口に居たんだ? 普通に通ってきたけど……」
「いや! いや! いや! 普通通れないから! 何を言っているの??? ここどこかわかってる? 私をバカにしているの!?」
さも入れて当然のように答える少年にエリは苛立ちはじめ、賢者の塔を訪れる勝手な魔導士や勝手に賢者の塔を取り上げようとする魔導士ギルドの事を思い出しこみ上げてくる怒りが口から出る音に重なり飛び出て行った。
「どうしたエリ? 何を怒っているんだ?」
そんな身勝手な客人への怒りが充満していた最上階であったが、大賢者に問いかけるように声をかけた少年の一言で一変して空気が静まり帰った。思いもよらない返答にエリは固まっていたのだ。
「え……なんで私の名前を? 私を見て名前で呼ぶのはシャルと師匠……くら……い」
今や"大賢者"よく話す使い魔からでも”ご主人様”と呼ばれており名前を呼ぶ人ほとんど居なかった中で呼ばれた名前に疑問を感じたエリ。そしてその疑問がエリの頭を冷静にしてその分を思考に回していった、だが思いつくのはあり得ないという考え。
しかし確認せずにはいられなかった。
「もしかして……し……師匠……?」
「ん? おう! ただいまだな!」
そしてエリは気が付く。知りたがりで生真面目、世界の知識を読む事だけに集中する”読み専”。
いつもは空気が読めないくせに大事な所ではすべてを見透かすように先回りされている。
憧れの存在だったその人が、いつも通り空気を読まず姿を変え自分の目の前に居る事に。




