急ブレーキ
エリと別れ剣聖を助けるために再度ギルドマスターの部屋に向かうクシル。
剣聖の魔力が感知できない今、闇雲に進むよりすでに把握している隠し部屋へ入り妨害装置の内側で魔力感知を行うのが最短だと最高速で戻るクシル達。
図書館から屋外演習場に出る際に追いかけて来た魔導士ギルドの職員の上を通り過ぎ再度図書館の中を駆け抜ける。
クシルが行使する雷魔法による高速移動は身体強化を行った上でさらに筋肉の収縮を強制的に行う事により一歩で爆発的な速度を生み出す移動方法。その一歩を踏み出してしまうとまっすぐにしか進めず、障害物を事前に認識して避けておかねば衝突してしまう。そのため同時に神経伝達の速度も上げておき、さらに方向転換や障害物をよけるために風魔法で空気を圧縮し極小の足場を生成する事で不測の事態に対応できるようにしていた。
まわりに与える影響もそれなりにあり図書館にいた魔導士達は音速に近い速度の物体が通り過ぎその影響で吹き飛ばされ、その何かが方向転換した場所では圧縮から解放された空気が弾けさらに吹き飛ばされるという体験をしていた。
図書館を駆け抜けギルドマスターの部屋につながる廊下に出たクシル。そこで想定はしていた不測の事態が起こる。
次の一歩を踏み出した瞬間にクシルの目の前に壁が迫り出してきたのだ、しかもその壁は光を捻じ曲げ目視出来ないようになっていたため気づくのが少しだけ遅れ方向転換もできない。なんとか躱して強引に進むにしても迫り出した壁は進行方向の至る所に迫り出している。
反射的に壁とクシル自身の間に風魔法による圧縮空気を差し込んだ上で解放し進行方向に対して逆風を作り出し減速と姿勢を制御、壁に対して着地するような形で衝突の衝撃をいなし何とか止まる事が出来た。
廊下に降りたクシルはペタペタと壁を触る。するとはっきり存在している事がわかるのだが目の前にはただの廊下が広がっているだけ。魔力感知を使うと前面にびっしりと壁で何重にも囲まれており、後方にも壁が迫り出していくのがわかった。
壁を触り調査しているとクシルを足止めしている壁に新しく魔力が流れ込み始める。魔力感知で魔力の流れを追っていくと見えない壁に術式が刻まれた魔法陣が描かれていたようでその陣に沿って魔力が流れ込んでいた。
「二段構えとは!」
陣に魔力が行き渡った瞬間、壁から見えない針が何本も飛び出してくる。陣の内容から術式を判断したクシルは壁から離れ腰の剣を振りぬき針を切り落とすことで防ぐ。斬られた針は術式の範囲を超えた変形により構成していた魔力が消費されていき魔術は停止。自身を中心に剣が届く範囲で周辺の針を切り落とし空間を作ったクシル。
「時間がないんだ、押し通らせてもらうよ!」
[クシルは”土魔法3:クリエイトウェポン”を唱えた。クシルの”クリエイトウェポン”]
剣を両手で持ち上段で構えたクシル、土属性の魔法で鋼を生成し片手剣に纏わせ刀身を自身の二倍ほどに伸ばしていく。同時に高速移動の時と同様に身体強化と雷魔法を併用し瞬間的な筋力を増幅する。
薄く軽くそして、目の前の範囲を両断するという目的の為に片手剣をベースに練り上げられた大剣。剣魔というスタイルは武具という外部装置を正しく用いるスタイル、本来はどんな剣であろうとも扱えて然るべきスタイルなのだが、今のクシルには隙が多くなりすぎる。停止した物体だからこそ扱えたその大剣クシルはスキルに乗せて振り下ろす。
[クシルの”一閃”]
天井と目の前の見えない壁が両断され、斬られた壁は針同様に術式の範囲を超えた事による負荷で構成されていた魔力が消費され停止、壁はことごとく消え去っていく。だが剣の届かぬ前方にはまだ壁がありクシルは再度剣を構え一歩跳躍して壁を斬り伏せ、また一歩跳んで進み前進を強行する。
三歩目の跳躍の時にやっとの事で目的の場所に到達。クシルは魔力感知の際に光を捻じ曲げる壁で四方を囲んでいる空間を見つけていた。
その前面の壁を取り除くと中には壁を作り上げたであろう魔導士が立っていた。ローブをかぶり顔は見えないが、左右と後ろは自らが作り上げた壁、前方はクシル、逃げ場はない状態の魔導士。壁を消したとしてもクシルが捕まえる方が早い。
見えない壁だけであれば魔導士ギルドに入って来た”不審者を拘束する”と言われても理解できるが、見えない針は明確に殺意がこもっていた。
「僕を殺すつもりだったでしょう? なぜですか?」
目の前の魔導士はクシルの問いに対して黙り別の形で応える。手に持っていたロッドで床を叩き魔術を展開し始める魔導士。
「させないよ!」
魔法を発動させるわけもなくクシルは魔導士に対してクリエイトウェポンを解いた片手剣の峰で剣を振り意識を”斬る”。意識を刈り取られた魔導士はその場にどさっと倒れ込み準備していた魔術も廊下の壁もすべてが消える。
いったい誰なのか、シェナスと関係がある者なのかローブを下げ魔導士の顔を覗き込むクシル。
そのローブの下から出てきた顔にクシルは見覚えがあった。それは剣聖に見せてもらった資料の中で賢者の塔挑戦者の失踪届に添付されていた似顔絵で見た顔であり、失踪届に記載された名前は隠し部屋で見たリストの中で光と土魔法の混合属性を得意とする魔導士として記録されていた。
不審な点がもう一つあった。先ほど目の前で発動された魔法、魔術の流れを読むに土属性の魔法である事がわかったが属性変換を先に行い魔力操作まで進んでいなかった。どんな魔導士でも属性変換と魔力操作を同時に行うものなのだが混合属性を扱える魔導士にしてはあまりに丁寧過ぎる。
そしてその特徴のある発動方法についても最近見覚えがあった。
「シルバーウルフが使う魔法と同じ手順……?」
最近見た内容だから思い込みや見間違いという事も考えたが魔導士達が研鑽してきた魔術に対して逆行するような発動方法には疑問しか出てこない。内職用に作っていたロープを取り出し拘束した上で気つけの為に顔に水をかけ話を聞こうとするクシル。
「ねぇ! なにがあったの!?」
クシルの声かけに目を覚ます魔導士だったが、相変わらずだんまりで目の焦点があっていない。
[クシルは”異常回復魔法5”を唱えた。クシルの”異常回復魔法5”]
混乱等の状態異常である事も考慮し、毒や混乱等外部から干渉を受けている部分を感知して反転させる事で状態を戻す異常状態回復の最上級魔法を行使。これで異常状態からは回復しているのだが。
「クシルさん!? 治ってませんよねこれ!」
魔導士は変わらず焦点の合わない虚ろな目をし微動だにしない。ローブから出てきたエリの使い魔がその状態を目にし声をあげる。
「あぁそうだね……だけど肉体的にはこの状態が通常という事になる」
「いやいやいや! 明らかにおかしいですよ?」
「おそらくは精神的な干渉があったんだと思う。異常状態回復はあくまで外部から肉体的に干渉を受けている部分の回復。精神的な干渉というのは根が深くてね……干渉を取り除いたとしても自身に落ちた陰は治らない」
「治しておいてなんだけど……」と睡眠魔法を行使して魔導士を眠らしたクシルはため息を漏らす。精神に干渉するという行為は、肉体的、精神的な負荷をかけ相手を追い込む事で行う。それは魔術的にも可能ではあり物理的にも可能であるのだ。現在囚われている剣聖が同じような状況に追い込まれる可能性は0ではない。
「とにかくすぐには話が聞けない、彼は置いておいて先に進むしかない」
眠っている魔導士の横を抜け再度廊下を進むクシルは更に一つギアを上げ隠し部屋へと向かうのであった。
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