蜘蛛の糸
潜入作戦を行う下準備の為、剣聖が魔導士ギルドへ講義の話を持ち込んで日程を決める必要がある。その後も揺さぶりをかけたり”情報収集”で秘密の会談が行われている場所を調べるたりと剣聖と大賢者はやる事が多い。クシルはというと魔導士ギルドに顔を売れないように注意するくらいで逆に潜入までは特にする事もないのだ。
賢者の塔から戻りしばらく王都で過ごす事となったクシル。宿は剣聖が押さえてくれており特に不自由はない。王都であれば戦闘ギルドも生産ギルドも全部そろっている。訓練場は訓練場で一つの施設の中に各ギルドがあったので便利ではあったがいろいろと制限もあった。
「クシル君、今日もよろしくね」
一日の始まり、まず戦闘ギルドを巡る。早々に規定の依頼回数をこなし低ランクでの”依頼完了から次回依頼までの時間制限”という縛りを無期限としていたが、その後も毎日剣の修行の為に各ギルドを訪問して依頼を受けていた。
海洋ギルドでは斧や槍、森林ギルドでは弓や短剣をメインウェポンにしているメンバーが多いが武器の制限があるわけではない。まずはソードマンとしてランクが上がっている剣の感覚を覚えようと午前中に各ギルドでの討伐依頼を受けお昼には討伐証明をギルドカウンターに持ち込んでいた。
時間短縮の為に王都周辺の依頼に絞る事と各ギルドで似たような依頼を受けて移動の時間が短くしその分早く依頼が達成できるように調整を行っていたクシル。午後からも予定は詰まっているのだ。
午後からは生産ギルドを巡る。前日に仕込んだ服飾ギルドの糸や、薬学ギルドの水薬、細工師ギルドの木工用品、調理師ギルドの食料品、鍛冶ギルドの金属加工、それぞれを納品していきギルド内でのランクを上げて行く。毎日毎日行っているのだ、実績も生産ギルドではそれぞれの職種ランクを取得していた。
[クシルはアチーブメント”ドレッサー:ランク1”を達成しました。]
[クシルはアチーブメント”クラフトマン:ランク1”を達成しました。]
[クシルはアチーブメント”コック:ランク1”を達成しました。]
[クシルはアチーブメント”ブラックスミス:ランク1”を達成しました。]
毎日のように納品していくと顔なじみのギルド職員もできるという物。特に薬学ギルドでは納品の際に次の依頼を直接指名してくる職員も出てきた。どこかで見た顔だなと思って居たら訓練場で働いていた一人だったらしい。
「クシル君の魔力回復薬はファンが多くて店頭に出す前に売れてしまうんです……コッソリ販売しようにも問い合わせも多くて……だから是非次回もよろしくお願いします……!」
一日に何件も同じ問い合わせが来るようで何とか安定供給――精神を安定して供給――できるようにクシルに頭を下げる職員。こういう所から噂が立つんだろうなと空を仰ぐクシル。
訓練所ではしばらくの間”特殊な品を毎日大量に納品する少年。怪しい事に手を染め、ギルドを介さずとも顧客をつかみその品には依存性がある。”とかいう噂が立っており食堂へ行くとどんどん尾鰭の付いた噂が広まっていたのだ。積極的に否定はしなかった訳だが納品時のクシルを見て何人かは怪訝そうな顔で納品の様子を伺っていた。
「素材にも限りがありますし、僕も色んな依頼を受けてますので期待はしないでくださいね」
と念を押して次の納品先へと向かった。
クシルが次に向かったのは服飾ギルド。ギルドカウンターの前に納品用の糸を並べる、その数は通常の納品数よりも少し多い程度。
「いつもありがとう! だけど毎日余剰分も納品してくれるからウチの布製品ほとんどがクシル君の糸で出来てるかもしれない位糸余ってるんだよね! ウッ……次からは布で納品してよーッ! 」
「いやぁまだ見習いですからね」
いつもいつも糸を大量に納品するクシル。布を作るには機織り機が必要で製作できる量が決まっている。その為布の製作数に対して糸の供給数が上回っていた。
クシルが布で納品すればいいのだが納品用の布となると品質を揃える必要がありランクが低いうちは納品も受け付けてもらえない。
”転移魔法”で作った空間に機織り機を置いておけば暇を見て転移空間で内職もできるのだがとりあえずそれまでは……と糸を作りまくっていたクシル。そんなやり取りを隣で見ていた服飾ギルドのギルマス、シシエはクシルに声をかける。
「ほんと規格外だねぇ……クシルあんたは”徒弟”はすっとばして”下級職人”として今後は布で納品しな! それとそんなに糸を作るのが好きなら今度からはこの糸を作って納品するように」
そう言って渡されたのは、レイニースパイダーが得物を捕獲するために吐き出した網。微量だが魔力が流れているその網で作られた糸は”雨糸”と呼ばれその糸で織られた布、縫われた刺繍は魔導士には重宝されるのだ。
「下級職人って事は、布はもちろん簡単な装備であればうちで取り扱うわよ。クシル君程の実力ならすぐにパトロンが付くかもしれないわね」
納品を対応してくれた受付嬢が冗談交じりでクシルに伝える。ギルド内のランクで素人、見習い、徒弟、下級職人、中級職人、上級職人、匠とあるうちの上から四番目、一気にやれる事が広がったクシル。
「という事はいろんな装備のパターンとかも見れるんですよね? 今から見てきてもいいですか!?」
「全くあんたは気が早いね……見せてあげな」
「わっかりました! これで糸地獄から脱却だ! ありがとうクシル君」
「そのお礼はギルマスに言うべきでは?」
と足早に資料室に連れて行ってもらったクシルはシャツやパンツ、コートやローブといった服飾ギルドで扱っているパターンや刺繍の図案、そして実物を見せてもらう。
知識としては持っているものの実物を見る事で技術を噛み砕いて理解しようと穴が開くほどパターンと実物を見比べ今後の納品物を作るための下地を作っていくクシル。
「あ、これは」
「あぁ……クシル君は見た事あるか。それは魔導士ギルドの御用達なの、今のクシル君なら作れるんじゃないかしら?」
そのページには魔導士ギルド御用達の”魔導士のローブ”のパターンが描かれていた。
(剣聖は潜入に当たって準備するって言ってたけどどうせなら自分で作ってみるか)
こうして魔導士ギルドの潜入までの期間、戦闘ギルドでの依頼、生産ギルド共に納品に明け暮れたクシルだった。
そして、王都でも毎日のように納品に明け暮れた事で”訓練場での化物新人が王都に来た”と新しい噂が立ち始め、その事でエリに笑われている事を知るのはすぐだった。
水曜日更新が出来ず金曜日更新になってしまいました……
これからもちょい遅れ等は出てきますが、月、水、金目途で更新していきたいと思います。
次回は月曜日の予定……




