情報収集
大賢者は鏡に移った自分の姿をまじまじと見ていた。そこには生前の姿は無く少年の姿が映されていたのだが、その少年が自分自身だという事に疑いはなかった。
容姿にこだわりがないのか面倒が要らない黒髪の短髪で外に出ていない事が伺える白い肌。着ているものは裾の調整された古着、だがつぎはぎも無く一般的な街の子供と言った感じだろうか。
まるで違う姿ではあったが見慣れた感覚もあった、いきなり6歳の少年に転生した、というわけではないらしく6歳より前の記憶も思い出せばあるのだ。
魂には記憶、そして記憶と経験と思考によって形成された”心”が刻み込まれていると言われている。大賢者の膨大な記憶は生まれたての身体に組み込むには大きすぎたのだと考えられる。
大きすぎた魂を扱える器になるまでの間、魂へは新しく書き込まれた情報をもとに活動していたと大賢者は推測していた。
姿にも見慣れた頃、感覚ズレを直そうと手や足を動かす。特に困る事もなく身体を動かすことができた大賢者はもう一つ確認を行った。
魂には記憶だけでなく覚えたスキルや獲得した魔法も刻まれていると言われている。前世のスキルと魔法が使えるのか試す必要があったのだ。
大賢者は呼吸を整え、生前一番使っていたであろうスキルを発動させる。
[クシルの”情報収集”。 クシルは「情報収集」を開始した。]
スキルを発動すると頭の片隅にログが流れ始めていく。”情報収集”というスキルでは指定した範囲で起きた出来事に対して名前、行動、それによって起こった結果、合わせて音声がログとして収集されていく。
人の目や、人の耳に入る事で処理された事実がログとして記録されていく。未来の予測は行えないし名前が不明な物は代名詞に置き換わる。人の目が無く、誰も聞いていないような出来事はログには残らないのだが、それも大賢者の場合は精霊の眼や耳を借りて行使される。本当に防ぎたい場合はそこまで対策が必要であった。
スキル発動後に出てきたログを眺める大賢者は初めて聴いたようで、それでいて馴染みのある奇妙な名詞に意識がいった。そこに表示されるべき文字は名前、転生した先ではクシルと名付けられたようだった。
「クシル……」
自分の名前と思って声に出すとしっくりする気がしてくる。まぁ6年の間、自分自身を呼ぶときに使われていたのだからしっくりも来るかとクシルは少し照れくさそうに自分の名前を噛みしめた。
その後もログがどんどん流れていく。現在はテスト運用という事で自身がいる建物内のログを集めていた。
[ミリーは”トマトのペースト”の作製をはじめた。]
[モンマンの”精神統一” モンマンに「魔力微上昇」の効果。]
スキルの発動は問題ない様で両親の行動がログに流れて来た。母親のミリー、父親のモンマンどちらも生前は身近にいるような名前ではなかったが違和感なく理解できていた。
スキルの発動が問題ない事を確認したクシルは本腰を入れて”情報収集”を使用する。発動範囲を広げ自身から数km程度に範囲を広げた。
生前と変わらず星を覆う程の範囲で使用はできそうだが、それでは”情報収集”するだけでクシルのリソースが割かれてしまう。この程度であれば自動処理でログを収集しつつ、自身は別の事が出来る。そんな事を考えていると一つのログに目を奪われた。
[クシルはアチーブメント”監視する者:ランク1”を達成しました。]
生前でも見た事がないそのログにクシルは考えを巡らす。唯一引っかかったのは、転生前に星の声がスキルをくれると言っていたスキルだが、それの恩恵だろうかと考えた。
今までに習得してきたスキルを確認していくクシルはその中に身に覚えもなく、見た事も聞いた事もないスキルを見つけた。改めて意識してそのスキルを使用してみる。
[クシルの”アチーブメントリスト”]
すると頭の中にアチーブメントの一覧が出てきた。ほとんどの項目が”????”で埋まっている中、取得の文字が付いて居る者を見つけたクシルはそのアチーブメントに意識を向ける。
"監視する者:ランク1"→スキル情報収集で1km先の情報を集める。
次に出てきた内容は、取得したアチーブメントの取得条件だった。そしてランク1を取得した事で解除されたのであろうランク2の取得条件が開示されていた。
"監視する者: ランク2"→スキル情報収集で10km先の情報を集める。
情報収集は特殊なスキルであり10kmとなると扱える人間は絞られてくる。一般的には監視能力の高い斥候役が覚えていくスキルであり魔法ではないため魔力を必要とはしない。だがログを読み取り処理をするための技術が必要であった。
アチーブメントリストの確認をする為にもクシルは効果範囲をランク2の取得条件に合わせて広げてみる。
[クシルはアチーブメント”監視する者:ランク2”を達成しました。]
今度はランク2に取得の文字が付きランク3の取得条件が開示される。前世では20%と言われたその内容がここに詰まっているのかと新しいおもちゃを貰った子供のように胸を躍らせたクシルは他に取得できそうなものがないかリストを全て確認していく。
いくつか取得できそうなものを見つけたがほとんどが”????”。まだ取得条件を満たしていない為開示されていないようだが、確かにこれがあれば100%も夢じゃない。
(なんと便利な物を贈ってくれたのだ……それだけ100%達成してくれるチャレンジャーを求めていたのだろうか……)
クシル自身も、本当の意味での星の代行者になる事を夢見ての転生であった。便利なスキルは大歓迎と取得できそうなアチーブの取得条件を再度確認していく。
(とりあえず取れる所から取っていこう。まずは色々と確認したい……)
そう考えたクシルは魔力を練り込み魔法を発動させる。すると目の前の空間が歪み扉が現れた。
魔法も問題なく扱えるようで魔法に関係するもの魔力の質や魔力量、それに出力量等は記憶やスキルと同じように魂側に紐づいているようだ。
そんな事を考えながら目の前の扉を開く。中に入ると無数の扉が置かれた空間につながった。
[クシルは”転移魔法”を唱えた。]
使用した魔法は転移魔法。現れた扉で異空間に入り世界各地に設置してあるアンカーポイントから出る事で転移する魔法であった。
目的の扉を見つけたクシルは扉を開ける。光の射さない異空間から眩しいほどの光を放つその扉の先に一歩出たクシルは目の上に手を置き陽の光から目を隠す。
その目に映ったのは6年前に自身が死んだ最期の場所”賢者の塔”。
自身が死んだ時と大きく違うのは6歳の姿であるという事、だがそんな自分の変化の事をアチーブメント取得という新しいおもちゃに気を取られすっかり忘れて塔へと向かった。




