シャズの獣③
ブゼズ洞窟の上層、下層へ向かうための大きな通路の壁際でクシルとフレイはシャズの獣と睨みあっていた。
前に出ているフレイがシャズの獣を伺っており即時対応可能なように防御姿勢を取る。怒りで瞬発力も筋力も上がっているシャズの獣、先ほどは魔法発動に備えて距離を取っていたフレイ達を一蹴りで詰め壁にたたきつけられた。用心して目を離さないようにしなければ先ほどと同様ダメージを負う。
回復薬は数に限りがあるこのまま決定打が無いとなると救援が来る前にジワジワとやられてしまうか……と戦闘を続けながら思考を続けるフレイはピリついた空気を纏っていた。
そんな中フレイのふとした疑問に対して考え込んでいるクシルから今後の方針を提示される。
「魔力を回復させる!?」
「そう! 元々の作戦通り魔法発動の隙を狙わないと僕たちがあいつにダメージを与えるのは難しい」
「あぁ! わかってるよ! 俺は何すればいいんだ!! ……グッ」
作戦は現状を維持、魔力が無いシャズの獣をクシルが何とかするという事になった……が。作戦会議中に敵対している相手が待ってくれるはずも無く縦横無尽に走り周り、振り上げられる爪、襲いかかる牙、シャズの獣を避け防ぎながら互いに最善を尽くすクシルとフレイ。
「まずはこれでッ! 」
フレイに向かっていたシャズの獣にいつもの薄く鋭い魔力針ではなく、太く釘の様な形状に変えた魔力釘を打ち込むクシル。顔の向きがわずかに変わりシャズの獣の口が空を切る。クシルはそこに魔力回復ポーションを投げ込んだ。
爆発物でも毒でもない、何ならシャズの獣を回復させる薬だ。口に放り込まれた物を飲み込むと先ほど変わらず縦横無尽に攻撃を放つ。クシルは避けながらシャズの獣の魔力を確認する、回復薬に宿った魔力はシャズの獣の中で溶けていくが全身に廻る事はなかった。
「回復したか……?!」
「ダメだ! 単純に魔力が無いって訳じゃない見たい。プランB!」
「プランBって?」
「魔力回復させるのにちょっと時間かかるからこのまま継続戦闘!」
-------------------------------------------------------
お昼過ぎ、クシルと同室の魔導士ポワンシーは魔導士ギルドの訓練で知り合い、仮パーティを組んでいるメンバーと食堂で遅めの昼食を取っていた。昨日に基礎訓練の最後である実地訓練が終わり、やっと一息ついている所だった。
「やっと……やっと終わったわね……これで無事に魔導士ギルドに所属だよ」
魔力測定でいかに魔力を持っているかふるいにかけられ、個人実技で各属性の魔術をギルド水準に高めるという名目の中連日魔力がすっからかんになるまで魔法を撃たされ、集団戦闘の訓練で結界や罠にまみれた訓練場を日中日夜放り込まれ……。最後に実地訓練を受け無事に修了認定を貰おうとしている所だった。
ポワンシーはクシルからもらった魔力回復薬を使用できたのも大きかった。魔力に余裕が出来た事でなんとかメンバーをフォローしつつ順当に訓練を終わる事が出来たのだ。
「ポワンシーがフォローしてくれなかったらと思うとぞっとするわ……私の同郷の子魔力瘤が出来たって……」
「それは可哀想ね……」
魔力瘤とは、全身に張り巡らされた魔力の通り道にできるこぶ。魔力を行使し続ける事で魔力の通り道に負担がかかりその箇所にこぶができる。そしてそのこぶが割れてしまうと魔力が全身に行き渡らず霧散し魔法が使えなくなってしまう。
「ええ……まだ破裂する前に見つかって良かったわ」
なんとか耐え抜いた訓練。しかし訓練は訓練、魔導士ギルドに入ったらどうなってしまうのかを考えた時に自らもそうなるのではとメンバー一同暗い顔をしている。
「ほら! 昨日の実施訓練は簡単だったじゃない! 覚えたてだったのに不可視魔法で最下層へも行けたし。あの訓練を終えたのだからギルドの依頼なんて簡単よ」
そんなメンバーの気持ちを変えるようにポワンシーが励ます。実際、訓練の最後どんな地獄が待っているのか怯えながら『ブゼズ洞窟の最奥でシルバーウルフのナワバリの確認と生態調査』という依頼を受けた。
討伐も採取もなくビーコン替わりの魔石を持ってただ最奥へ行き状況確認を行うだけ。しかも匂い消しまで配布されたのだ。戦闘を行う事も視野に入れ気合を入れて準備し向かうもポワンシー達の当ては外れたのだ。基礎訓練で覚えた不可視魔法と匂い消しで戦闘もなく最奥へと踏み入れる事が出来た。
最下層でも特に変わった様子もなくシルバーウルフのナワバリを確認する事ができ、場所や規模をメモし依頼を完遂。
本当にこれで終了認定を受ける事が出来るのか依頼報告をするまでポワンシー達の心は休まらなかったわけだが。
「でも……あれ気づかれてたよね?」
「そうね……群れのリーダよねアイツ、他のシルバーウルフよりも二回り以上デカくて……目が合った時ちびりそうだったわ……もしかしたらあそこで死んでいたかもしれないのよね……」
基礎訓練でだいぶ根性を叩き折られたのかポワンシー以外のメンバーは悲観的になっているようだった。
だがポワンシーも同意見、あのシルバーウルフは自分達に気が付いていた。そして見過ごしてくれたのだ。戦闘になったら魔法の隙を狙ったとしても魔導士のみでは対処は出来なかっただろう。だがそれも終わった事だ。思考の隅に追いやるポワンシーは再度メンバーを励ます。
「いいのよ! 無事完遂したんだから! ほらさっさとお昼ご飯食べて終了認定証もらって夜は打ち上げでもしましょう」
「「「そうね!」」」
基礎訓練という事で、修了認定を受けるまで自制した生活を強いられていたが今日の夜からは違うのだ。その事を考えて気持ちを切り替える面々。しかし明るい気持ちはすぐに折られてしまう。
「オイッ! ブゼズ洞窟の方で救難信号の狼煙が上がってるぞ!」
-------------------------------------------------------
ブゼズ洞窟ではクシル達の戦闘が続いていた、振り下ろされた爪を回避したと思ったら爪を軸に身体が反転、大きくて硬い尻尾がフレイの腹部へ衝撃を与える。防御するも弾き飛ばされるフレイは腰から最後の回復薬を取り口にする。
「まだかクシル」
「よし! 受け入れた……!」
クシルはというとフレイ同様防御と回避を行いながら魔力釘をシャズの獣に打ち込んでいた。その釘には魔力が流れ込んでおり出どころは先ほど戦闘で得たシルバーウルフの魔石。シルバーウルフの魔石と魔力釘を介してシャズの獣に魔力を流し込み魔力を循環させようと試みていた。
これは魔力瘤が破裂した際の治療の一貫で自らの魔力ではなく、他から魔力を供給し通り道を再現する治療法。破裂した箇所の通りを良くし循環を促す。しかし魔力を持つ生き物はそれぞれに魔力の色があり自らの魔力に近づけなければ身体が受け付けない。
どんな色でも適合するという魔物や人間も存在するが、他から魔力を供給するという事は難しい作業で、シルバーウルフの魔石を通して色を近づけた上で調整を行う必要がある。それはクシルを持ってしても少しばかり時間が必要な作業だった。
「ほら! 魔力は準備してやったよ! 魔法はシルバーウルフの誇りだろ!」
自らに異物が流し込まれる感覚で暴れまわるシャズの獣にクシルもフレイも手を焼いたが作業は上出来。先ほどまでは治療為の細かい調整で避けるか防ぐかフレイにかばってもらうしかできなかったが下準備は出来た。
[クシルは”土魔法:ストーンニードル”を唱えた。シャズの獣の”ストーンニードル”]
クシルはあえてシャズの獣の体内に流れる魔力を使って「こうやるんだよ!」と土魔法を発動、岩の針をシャズの獣の足元に生成した。後ろに飛び退くシャズの獣それを合図にクシルとフレイは距離を取る。
「ググググアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ」
クシル達が距離を取ったと同時にシャズの獣はさらなる怒りの咆哮をあげ、怒りから発現した力が体中を包んだ。
――
シャズの獣はシルバーウルフのリーダだった。群れの誰よりも土魔法の扱いに長け、シルバーウルフが脈々と築いてきた魔術に対して誰よりも誇りを持っていた。なぜか魔力が無くなり、魔法が使えなかったその身体から自分の意志と反して魔術が行使された。それは何よりも信じた群れの誇りを踏みにじる行為に等しかった。
――
大きく前足を上げダンッと振り下ろす。発動された魔術は、丁寧に丁寧に自身の身体に流れる魔力を土の属性に変えていく、次は属性を与えられた魔力を丁寧に積み上げ、自身の前方を全てを覆うように展開していく。
[シャズの獣は”土魔法:ストーンニードル”を唱えた ]
「よし! フレイ! まっすぐ喉元をお願い!」
「わかった!」
シャズの獣が手を振り下ろし魔法発動を行う事を確認したクシルはフレイに合図を出す。先行して駆け出すフレイはもう防ぐことも避ける事も考えない。
考えるのは魔力操作の一点。自身にある魔力、相棒の剣士に比べればほんの僅かだろうなとふと意識がよぎるが、その僅かな魔力を自身の腹部に掻き集めるように意識を改める。
この戦闘でさんざん見た魔力で出来た釘、今まで魔法の為の力だという事は知識として知っていたが理解の及ばぬ力だった。自身にも存在する力だがどう扱えばいいか分かっていなかった。だがそれは自由自在に動かす事のできる力という事をこの戦いでさんざん見た。
フレイは魔力を動かす、まだ自由自在とはいかないが、まずは全身の魔力を腹部集め、右胸に、右腕にそして最後には右手の腕輪に魔力を流し込む。
[フレイは”パワーリスト”を使った。フレイに「身体強化:強」の効果 ]
意識は魔力操作のままシャズの獣の喉元に剣を振る。
ザンッ
振りぬかれた剣はシャズの獣の首の皮を裂き肉が見え血しぶきが上がる。だがそこまでだった。
シャズの獣を絶命させるにはまだ足りない……そこにクシルが駆けてゆく。
フレイの作った傷跡めがけクシルが剣を準備する。だがシャズの獣も抗う、準備していた土魔法が積み上がり、フレイとクシルめがけ、いやシャズの獣以外の全ての空間めがけて発動される。
[シャズの獣の”ストーンニードル”]
あと一歩という所で発動されたその魔法は回避不可能な範囲で発動。
「誰がその魔力準備したと思ってるのッ!」
発動するがシャズの獣の中に循環していた魔力は元をたどればクシルの魔力。クシルとシャズの獣の間で作られた魔力パスを使ってクシルは魔術に干渉していた。
シャズの獣の魔法は成功していたが、クシルとフレイの周りには岩の針が生成されなかった。
クシルは魔法の発動を確認して、全ての魔力操作を止める。丁寧に打ち合わせは出来なかったが相棒の剣士は自分を信じ、ただ防ぐことも回避する事もなくその場に佇んでいた。この戦いでも剣聖との手合わせでも見たフレイの果敢さを思い出す。
色んな策をめぐらすが結局は何も考えず自らを信じ前に出るその果敢さは見習うものがあるなと……とその思考も捨てただただ、斬る為だけに前に出る。
[クシルの”一閃”]
フレイの作った傷跡に重なるように描くクシルの剣は剣技となって発動した。
今まで怒りをむき出しにしていたシャズの獣の顔だったが、空を舞うシャズの獣の顔はクシルには最後に誇りを取り戻し安堵したような表情に見えた。
[クシルはアチーブメント”ソードマン:ランク1”を達成しました。]
[クシルはアチーブメント”ネームドハンター:シルバーウルフ(シャズの獣)”を達成しました。]
そして、訓練生からやっと駆け出しの剣士へと認められた記録が残っていた。
今回は更新に時間がかかりました……文字数も多い




