シャズの獣
上層のブゼズ洞窟に丁度日光が一番差し込む時間帯となった。メイン通路から分岐した行き止まりの空間、そこから見えた人物は、魔導士ギルドの訓練参加者が着用しているマントを羽織、その顔は日の光に当たってよりいっそう青白さが際立って見えた。
「たす……助けてくれ……!」
「なにがあった! とりあえずこっちだ!」
「とんでもなく……大きいシルバーウルフが……」
フレイがその魔導士ギルドの訓練参加者の後ろを見ると血の跡が点々と続いていた。一言だけ告げ安心したのか気を失いそのまま前に倒れ込む。
慌てて駆け寄ったフレイが何とか受け止めるがその背中には爪の後がしっかりと残っていた。手持ちの回復薬か治癒魔法で何とかしのいだのだろうが傷は塞がらず血痕を残しながら上層へと上がってきた事が伺えた。ベーヌは慌てて回復薬の準備をしフレイはけが人を抱えて先ほどまで休憩を取っていた場所まで戻る。
「クシル! 下層でなにかあったみたいだ。大きいシルバーウルフを見たようだが……なにかわかるか?」
「今調べてる……!」
休憩場所に戻ると、クシルが考え事をする時の顔をしていた、察するに状況把握の為に索敵を行っているだろうと考えたフレイはクシルに問いかける。
パーティを組む際にお互いに何ができるか情報共有をしていた。そこでクシルからは魔法を使った索敵と、”情報収集”を使える事を聞いた。しかし今まで関わって来た人は誰も所持していないスキルでフレイもベーヌも周囲の状況を把握できて記憶力が上がる程度の認識だった。
しかしいざ集団戦闘での状況を実際に見ると、クシルは自分達が感知できないような範囲で細かい索敵を行えるのだと理解したフレイ。
クシルの邪魔をしないようにけが人をおろし、ベーヌと共に応急処置を始める。
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”情報収集”は出来事を集めるスキル、記録を読めば過去にも戻れる。しかしベーヌの過去を読んだ時同様、”何が起こったか”がわかっていない場合はまず記録を順番にさらっていく必要がある。
魔導士ギルドの訓練参加者に注視していけばある程度は把握できるだろうと、行動記録をさらっていく。
[シルバーウルフ?の”ファストクロウ”]
[メレは”雷魔法1:ライトニングボルト”を唱えた。メレの”ライトニングボルト”]
[シルバーウルフ?の”白銀の怒り”シルバーウルフ?に「瞬発力増強」「筋力増強」の効果]
……
予想通りではあるが魔導士ギルド訓練生はシルバーウルフと戦闘をしているようだった。
音声記録を確認すると、下層に入ってすぐの場所で手負いのシルバーウルフに遭遇、訓練生を見たその手負いのシルバーウルフは一匹でいきなり襲いかかってきたようだった。
シルバーウルフの倒し方は二通りある、一方はクシル達が行った魔法発動前に倒す方法、もう一方はあえて魔法を発動させて倒す。今回遭遇したのは一匹だ距離を取って戦えばシルバーウルフが魔法を発動しようとする、その隙を狙えば難しい相手ではないはず。
ただ“情報収集”の際に目や耳を借りた訓練生は戦っている相手をシルバーウルフと断定していないようだった。フレイから聞いた最後の言葉通りであれば、シルバーウルフよりも体が大きかったからだろう。
そしてログだけを見れば魔導士五人に対して手負いのシルバーウルフ一匹で圧倒しているのだ、少なくとも先ほど戦った四匹とは別次元の強さなのだろう。
(これじゃあケガから推測されるまんまの内容だな……もう少し情報が欲しい)
クシルは更に集中し大賢者時代、“情報収集”と共に併用していたスキルを発動させる。
[クシルの”精霊の囁き”。 ]
スキルを発動させたとたんクシルの耳に、耳を通り越して頭に、膨大な情報が流れ込む。頭がパンクしないうちにチャンネルを合わせて必要な囁きだけを拾う。
この星には薄いマナの層が幾重にも重なっている、魔船はその層と層の間に浮かび、”情報収集”はマナの層を使って他人の目や耳でみた情報を受信している。そして精霊たちはマナの層に暮らしている。
精霊召喚で精霊たちに一時的に自らの魔力を”譲渡”すれば見ることができるその姿。普段は空気が見えないようにマナが見えないように、精霊は認識もできない程超自然的な存在だ。
精霊は、至る所に暮らしておりその目を耳を借りれば賢者の塔から世界の隅々まで情報を集めることができる。
そして精霊たちの会話を聞くことができれば、精霊が感じたマナの微妙な動きをも察知することができる。
だがその囁きを人が聞こえるようにするには周囲のマナに自身の魔力を混ぜて漂わせる必要があり、その上で精霊たちの言語を理解する必要がある。
そのどちらの条件も満たしているクシルは、このブゼズ洞窟に居る土属性の精霊へとチャンネルを合わせて囁きを聞く。
『本日は晴れ! 本日は晴れ! 本日も湿度は一定』
『これはいい肥料だ、分解しようそうしよう』
『オオカミは無くした、シャズの獣は失った』
『芽よ出ろ! 根を張れ!』
精霊たちの言語は複雑で強引に翻訳するしかなく、そうすると情報量が落ちてしまう。だが一通り聴いていくと有益な情報があった。
件のシルバーウルフを精霊たちはシャズの獣と呼んでいるようだ、そしてシルバーウルフたちは何かを無くして、シャズの獣は何かを失っている。
(精霊たちが気にかけていた存在だとすれば、なにか大事が起きている……?)
再度、”情報収集”で過去を遡りシャズの獣について調べることができれば、それが何なのか? なにを失っているのかを知る事ができそうであるが、それはすぐには叶わなくなった。
「おい! おいクシル! なんかやばいぞ……状況は!」
フレイの声ではっとする”情報収集”に”精霊の囁き”の併用、その結果得られた情報の精査に気を取られ発覚するのが遅かった。
シルバーウルフたちは魔力を持つ、魔力感知で索敵を行えば動きがあれば分かる……がおかしい。魔力感知に動きが無いのにフレイがなにかを感じ取り、サブで発動していた動体感知に動きがあったのだ。
それは下層入り口から上層に向かって猛スピードで移動し、おそらく魔導士ギルド訓練参加者の血痕を追ってきたのだろう。
「まずい! その人を襲った奴がこっちに……!」
だが気づくのが遅かった。クシル達が休憩をしているのは分岐した行き止まり逃げるにはメイン通路に出る必要があるが、通路に出れば目が合う、鼻で追われる。そんな距離まで上がってきているのだ。
そしてその鼻は尚も血の匂いを追い分岐した道へと向かう。シャズの獣と呼ばれたシルバーウルフ、通常の個体の三倍近い巨体は奥まではいってくる事は出来なかったがここは行き止まり、クシル達の道をふさぎ佇む。
見逃してくれる気は無さそうだ。
「クシル、ベーヌ、戦闘準備!」
「フレイ、そいつ……シャズの獣は魔導士ギルドの訓練生五人相手で勝てなかった無茶はできないよ!」
剣を手に取り、クシルとベーヌに準備を促すフレイ。先ほどまで戦ったシルバーウルフと全く異なる個体、しかもパーティの主な作戦である奇襲もできない遭遇戦だ。
「だけど、剣聖と戦った時より怖いものなんてないよなぁクシル! ここに居ても魔法撃ちこまれたら終わりだ! 俺とクシルが気をひく、ベーヌは洞窟を出てブレスレット使って狼煙をあげろ! けが人はそこに放置だ!」
訓練生とはいえ魔導士が五人居ても勝てなかった相手だ油断なんて出来るはずがない。
普通のシルバーウルフ相手ではほぼ完封できる、なんとか死ぬまでは行かなくとも逃げる隙は作れるはずだと言い聞かせ、三人はシャズの獣の前で臨戦態勢をとった。
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